59. 解放されてしまった…
また長い馬車旅を終えて一行はフロスト領へと帰ってきた。
────行きに色々あったように、まあ帰りにも色々あった。
自覚したフローラは嬉々としてアーサーをいじめた。生まれてこの方熱など出したことはなかったというアーサーは、フローラから手を繋がれ、耳元で愛を囁かれ、キスをされたことで知恵熱を出して倒れた。フローラも流石に少し反省……して欲しいものだが、アーサーを徐々に慣れさせていく方法を考え始めた。
またアーサーが自分に対して好感度を下げないとわかったからといって、堂々と呪物や悪趣味品を買い漁った。ドリスは遠いところを見て、ジョシュアはドン引きしていた。フローラの自費……慰謝料や来る時に巻き上げたお金から買っていたため文句は言えなかった。買った後の馬車ではどこが美しいのか、希少なのかを語られ、アーサーは涙目で震えることとなった。
関所を通る時に変な言いがかりをつけられたこともあった。アーサーでは手ぬるいと、フローラが対応した。関所を通った後、言いがかりをつけた者は一文無しで真っ裸となっていた。フローラに喧嘩なんて売るからだ。フローラは笑っていた。アーサーとドリスは惚けて、ジョシュアは怯えていた。
旅の間で、フローラは自然体でいることが増えた。アーサーはその度に死んでいた。
「やっと着きましたね……」
「冬になる前に帰って来れてよかった」
辺境伯邸の前で、アーサーは大きく伸びをした。体の大きなアーサーにとって、馬車ほど窮屈なものはない。フローラもつられて腕を抱えて伸ばす。その姿にアーサーは嬉しくなった。
「……あどけない顔が好き、なんでしたっけ? よかったですね」
「ああ、俺は嬉しい」
「そうですか。いつまでも玄関先にいないで中に入りましょう。お土産も渡しに行かなくては」
二人が荷馬車から荷物を下ろす指示を出したところで、書類を抱えたジェイダンが大声で話しながら駆け寄ってくる。
「んんん? あ、おかえりなさいませ! いやー、注文が殺到してるんですけどこれって一体どういう……アダ!」
途中で転んで書類をぶちまけ、風に飛ばしかけ、ドリスが全てを回収した。「ありがとう〜」とか抜かしているジェイダンの頭にドリスの拳が落ちた。
「あてて……これでも貴重な脳みそなんだけどなぁ」
「こんなので悪くなるならそこまでということでしょう。次やらかしたら腹です」
「ドリス君は相変わらず酷いなー。あ、フロー……奥方様、もう送っちゃってますけど大丈夫ですよね?」
何事もなかったかのようにジェイダンは尋ねる。いつものようにフローラ様と呼ぼうとしたが、後ろのアーサーの顔が怖かったため、奥方様呼びに変えた。
「ええ、大丈夫よ。ふぅん……ジョシュア、冬は帳簿管理で忙しくなりそうよ」
「ゲッ!」
フローラは注文書をめくって満足そうに鼻で笑った。領地にとっては嬉しく、側近にとっては大変な未来に、ジョシュアはあからさまに肩を落とした。
そんなジョシュアを放っておいて、フローラはお土産を渡しに別邸に向かう。アーサーはジョシュアの肩に優しく手を置いた。
別邸では王都で流行りの香水やタイなどを喜んでもらえた。会議の方では現状維持だったことに前当主は眉を顰めたが、フローラが今後莫大な利益が入ってくることを説明すると、怖い顔の前当主が珍しく真顔となった。可愛らしい嫁に見えるフローラがそんな策略家だと思っていなかったのだろう。しばらく王都での話をしていると、いつのまにか今後についての話となっていた。
「それで、結婚式はどうするの? 家の件が落ち着く目度が立ったなら、早く決めなければいけません」
厳しい母のように言っているが、実際は早く晴れ姿が見たいだけである。奥方は幸せそうな恋人や夫婦を見て悶えるのが好きだった。愛読書はロマンス小説だった。
「ああ、とりあえずフロスト領で一番腕のいい服飾師にドレスを作ってもらいたい。それと街の飾り付けについてだが……」
アーサーと奥方が真剣に話し合う。興味のないフローラはただニコニコと聞いているフリをした。一生に一度の晴れ舞台に浮かれているのはアーサーの方だった。
「アーサー様、そんなに大々的にやらなくても」
本邸の談話室にて、フローラは口を尖らせる。フローラは面倒ごとは嫌いだった。アーサーはその顔にときめきながらも、首を振る。
「……すまない、俺は全ての領民に自慢し、俺の妻だと牽制したい」
フローラは、式どころか旦那様の方がめんどくさいことを思い出し、些細な嫌がらせとして血塗れの絵画について解説し始めた。アーサーはキュッと耳を塞いだ。武功を形として残した先祖の気がしれないと嘆いた。




