52. 架空の祝日
フローラはとても機嫌が悪かった。
今まで細心の注意を払って、好感度を調整してきた。初日に掃除していたため敵はいなかったが、ドリス以外特に気にかけている使用人などは作っていなかった。全てを片付け、立場を築きあげるまでは自由が欲しかったからだ。
それが今や、歩くだけでこっそり拝まれるまでになってしまった。神……特に優しい春の女神は、悪趣味な絵画を満面の笑みで鑑賞しないし、人々を怖がらせることもしない。牢屋にだって行かない。
人道的なアーサーに代わって脅すだけで済むというのに、おかげで子爵の件が滞っている。
「はぁ……」
甘露のような吐息が、本当は不機嫌のため息などと誰がわかるだろう。廊下をふわりと歩きながら、フローラは書庫へ向かっていた。執務室に行ってもいいが、フローラが処理できる仕事は全て終えてしまった。
ちなみにアーサーはジョシュアにしこたま叱られ、クマは鍋になった。
「フローラ様!!」
「なぁに、どうしたのドリス。そんなに急いで」
ドリスが走って駆け寄ってくる。視認した時には豆粒大だったが、瞬きの間にはもう側にいた。
話を聞くと、なんでも部屋に戻って欲しいらしい。何事かと思いつつ頼まれた通り部屋に戻ると、そこには大量のプレゼントボックスが置いてあった。
「……これは、一体」
「全てあの方からです」
「アーサー様が?」
部屋の中だからと遠慮なく怪訝な顔で、一つずつ開封していく。ふわふわドレスに帽子、髪飾り。ブランケットやクマのぬいぐるみは手作りだろう。わざと既製品のようにタグなどをつけてあるが。他にも羽ペンやら便箋やら……全身ふわふわなパジャマまであった。女性に服を贈る時は、脱がせたいという意味があるが、いかんせんそれにしては色香に欠ける。というよりも、あのヘタレアーサーがそんなことをできるとは誰も思えない。
「この後は玄関へ来られるように仰せつかっております」
「……とりあえずこれ着ればいいかしら」
アーサーの選んだドレスは当たり前によく似合っていた。フローラの美貌の元では常に服の方が霞むのだが、上質なドレスらしくそれもなかった。
「アーサー様、素敵なプレゼントをありがとうございます」
「……綺麗だ」
玄関ではアーサーが待っていた。街とは逆方向、連れて行かれた先は、森の中の真っ白な花畑だった。まだあちらこちらに雪は残っているが、あの劇の通り、フロスト領に春がやってきたのだろう。
アーサーは傅いて、フローラの手を取る。そして見上げ、
「誕生日おめでとう」
と微笑んだ。冷血伯の珍しい笑顔である。
「……誕生日」
誰のだろうか。いや、ここにはフローラしかいない。話の流れ的にもフローラで間違いないだろう。そうわかっていても、フローラは理解できなかった。そもそも今日が誕生日なことを忘れていた。出生日なんて個人情報としてか思っていなかった。
「ありがとう、ございます?」
祝われたことがなかった。祝われるものだと知らなかった。王族や特別に仲のいい家族のみが行う、基本フィクションのことだと思っていたのだ。
「嬉しくなかったか?」
「いいえ、ただ、驚いてしまって」
何を思って誕生日なぞ祝ったのか問い出したい、が正しいが嘘でもない。ここで尋ねるのはあまりにもマナー違反なことくらい、フローラにだってわかっていた。
「貴女が生まれてきた日を、これからは俺が毎年祝う」
顔をキラキラされても、フローラには響かない。一応嬉しそうに笑みを浮かべてはいるが、なんとも思っていない。この人がフローラの名前の由来を聞いたら、どんな反応をするだろう、と想像の中で弄ばれてまでいた。
フローラが女だとわかった途端に親娘共々本邸を追い出され、雨風凌げぬ離れで母が失意のうちに窓の外を見ていた時、たまたま花が目に映ったから、フローラ。なんとも暗いエピソードであり、書類の締切ギリギリでのやっつけ。女神とは程遠い。
きっとアーサーは傷ついて悲しみ、伯爵家への怒りは増すことだろう。当の本人はなんとも思っていないのに。フローラは鼻で笑いたくなった。
「そうですか、ありがとうございます」
「今日は何が食べたい? 誕生日なんだ、夕食は好きなものを頼もう」
「ではとびきり甘いケーキを」
まるで子供のような会話でも、フローラは嘘をつく。
夕食では話した通りのケーキも出たが、メインは香辛料たっぷりで、アーサーは甘すぎた。フローラは神格化されてしまったことへの溜飲を下げ、部屋に帰る途中に絵画で驚かす程度にしてあげた。アーサーの魂は抜けた。
好感度は上げるより下げる方が面倒くさいが、フローラの手にかかればできないわけではない。




