49. 猫被りは有能だが
「顔がモザイクとか怖いんだけど。てかモザイクって教会の宗教画くらいじゃねえの。なんで人の顔がそんなことになってんの?」
側近……ジョシュアは呆れた様子で机に調査書を置く。
そこでノックの音がした。帰ってきたことを聞きつけて、フローラがやってきたのだった。アーサーはモザイクから人間の顔に戻った。
ジョシュアは爽やかな笑みを浮かべ、フローラもまたほんわか雰囲気を醸し出す。
「初めまして、アーサー様の側近を務めておりますジョシュアと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
「そんな……お仕事が大変だったのでしょう。この度アーサー様の妻となりました、フローラです。不束者ですが、よろしくお願いしますね」
フローラとジョシュアは、目が合った瞬間に「あ、こいつめんどくさいやつだ」と互いに感じた。つまり同類だった。
「俺の乳兄弟で……側近であり、我が家唯一の諜報部員だ」
「……まぁ。確かに、髪や目の色が北の特徴ではありませんね」
アッシュゴールドの髪に赤い瞳。金や茶の髪色は北以外に多く、赤い瞳に関しては中央にしかいない。その上、フロスト領に嫁ぐ者など滅多にいない。フローラの脳裏にある事件が思い浮かんだ。大罪を犯し、フロスト領に送られた……。
「公爵令嬢の子孫ということ?」
「……御名答」
ほんわかも忘れ、フローラが思わず呟いてしまうと、猫を脱いだジョシュアが答える。数世代前の公爵は一家しかなく、公爵令嬢もまた一人娘だったため、罪によって後継者を得ることもできず、そのまま没落することとなった。それが、北の地で子孫を残していたとは。フローラはとても楽しくなった。
「だから、中央で活動しててもバレないんだよな。こいつとか北の地出身なことが丸わかりすぎるだろ?」
確かにそうだ。フローラは同意する。
銀や白髪は北の地にしかいない。深い青の瞳ならどこにでもいるが、ここまで透き通った瞳もまた、北の地特有だろう。見た目だけで身元がわかってしまうのに諜報なんてできない。
「オレはあんたの家にも行ってきたぜ。一ヶ月くらい使用人として働いてきた」
「……気づかなかったわ」
「そりゃあんたと入れ違いだったからな。婚姻が決まってから、こいつがあんたのこと調べろってうるさくて」
急に降って湧いた伯爵家との婚姻。何の思惑があるのか調べない方がおかしいだろう。まさか、娘への嫌がらせだとは誰も思わないが。
初日で気になる点にはちゃんと問いただしたように、アーサーは領主として英雄として、ちゃんと仕事をしている。よく爆散していたとしても。
「おい、ジョシュア!」
それをなぜか照れているが。ジョシュアは聞こえていないフリをし、フローラは仕事が早いことに感心していた。
「で、やっと終わったと思ったら追加だろー。勘弁してくれよな。オレ帰りの途中で手紙受け取ってまた戻る羽目になったじゃん」
「……仕方がないだろう。その分手当ては出したはずだ」
「足りねえよ。マダムだまくらかして金増やしてきたわ」
フローラに似たタイプ、というのは自分の顔の良さを理解し、それを最大限活かすという点がある。実際ジョシュアは絶妙に顔がよかった。時としてどこにでもいる優男に、時として庇護欲をそそる美青年に。……その代わり様は、とても誰かに似ていた。
「で、オレ今日は流石に休んでいいよな?」
「ああ、ご苦労だった」
去り際、フローラとジョシュアの間にバチバチと視線が交わされる。
『あのゴミ共を片付けるわけ? 牢屋の子爵、あんたの仕業なんだろ?』
『ええ、そうだけれど……そう聞くってことは手伝ってくれるわけ?』
目は口ほどに物を言う、とはいうがこれは高等技術すぎる。アーサーは何を話しているのかなんて分からず、慌てて立ち上がってフローラを引き寄せた。
「……おい、俺の妻だ」
そして盛大な勘違いをした。火花の散る視線の交差が色恋なわけがない。ジョシュアは呆れ、フローラは腰を抱くアーサーの手が大きすぎて驚いた。フローラの倍以上だ。
「……お前、これはちげえよ」
「ただ、確かに諜報向きだと思っただけです」
これだけ大きいなら、ベッド代わりにアーサーの上で寝れるのではないか、フローラはそんなことを思っていた。




