48. 少し変わったふたり
「……ん。んん」
アーサーがあまり心地良くはない眠りから覚めた時、目の前のフローラは自分の眉間の皺を伸ばしていた。
「あ、起きた。……おはようございます?」
朝日に照らされるフローラは美しい。光に包まれた天使のようだ。アーサーは素晴らしい夢に目を閉じ……たのだが……。
夢にしては詳細すぎた。小さな呼吸、シーツの擦れる音。なんと表せば良いのかわからないほどの、花のような果実のような良い匂い。もう一度目を開ければ、フローラと視線が合い、彼女の目尻はとろける。
「二度寝ですか?」
アーサーは現実だということに気づいた。
文字通り飛び起きて、人とは思えないスピードで後退する。あいにく存在した壁に勢いよく張り付き、その衝撃で自作のタペストリーが頭に落ちた。
冷や汗ダラダラで、アーサーは放心状態となる。もはや散ることもできない。
「大丈夫ですか?」
「ヒッ! あ、いや、その、どうしてここに……」
わざとらしく心配するも、辿々しく情けない声にフローラの悪戯心が疼く。混乱しているアーサーはそのことに気づく暇もない。
フローラはわざと頬を染め、恥じらうように目を逸らした。
「アーサー様が、無理やりベッドに連れ込んだのではないですか」
……嘘ではない。実際は抜け出そうと思えば抜け出せたし、恥じらうようなことは何も起こっていないが。
「アーサー様は途中で寝てしまわれましたが……」
健全な意味で、アーサーの体力が限界だっただけだ。途中というのも説教の途中である。
ちなみに、フローラは悪夢を見ているアーサーでひとしきり遊んだ後、普通に気にせず寝た。そしていつも通りの時間に起きて、アーサーの部屋を漁った後、何食わぬ顔でベッドに戻った。ただそれだけのこと。
「……!?」
だが、アーサーは、本当に手籠めにしてしまったのだと思い込んだ。実際脳内で想像しなかったかと言われたら嘘になる。アーサーはとても普通の男だった。フローラが異常だった。
書類上は婚姻を結んでいるが、まだ式は行なっていない。このことが知れたらどうなるか。奥方は悶えるが、前当主はアーサーを雪山に埋めるだろう。いや、その前にアーサーは自分で自分の首を切る。
「剣……剣はどこだ……」
「……剣で何を?」
「己の首を切る……俺は……俺は……」
フローラは悪戯をして初めて後悔した。物理的に死なれてはたまったもんじゃない。しかし錯乱したアーサーは本気で剣を探している。真っ白な頭で探していて、目が節穴になっているのが不幸中の幸いか。
「アーサー様、なぜそんなに思い詰めているのですか?」
「俺は……責任を……」
「添い寝のどこに責任があるのですか?」
首を傾げ、純粋に尋ねるフローラ。とても白々しい。
アーサーは立ち止まり、言葉の意味を理解し、脱力して倒れた。フローラは安心した。
「よ、かった……」
「改めまして、おはようございます。アーサー様」
「おはよう……」
フローラが美しいのはこの世の理として、寝起きのアーサーも色香が凄かった。乱れた衣服の隙間からはち切れんばかりの胸筋が露わとなり、銀髪は光に透けて輝いている。涼やかな目元は少し浮腫んで、憂いを帯び、少し寝ぼけた雰囲気は淡かった。
フローラはこれを絵画として売れば、特定の層にかなり売れると思った。
「では、私は部屋に戻りますね。きっとドリスが心配していますから」
「あ、ああ」
部屋に戻るとドリスはやはり心配していたが、何もなかったことを伝えると逆に怪訝な顔をした。何やら不能、情けない、拗らせなどと呟いている。その後、朝食でまた顔を合わせたが、アーサーは普段の冷血伯に戻っていた。フローラが微笑むと、咽せてしゃがみ込むのは常として。
「アーサー様。お仕事、頑張りすぎないでくださいね」
「っぐ! ああ……」
ただ、二人の間に少しの会話が増えた。揶揄うだけではなく、本心から気遣ったり、話しかけたり。フローラはほんの少しだけ普通の人間になった。
「……ただいま戻りました。これ報告書で……ってあのさ、何々どうしたわけ?」
アーサーといえば、戻ってきた側近に指摘されるほど様子がおかしかった。




