45. 興味がない
散ったアーサーを置いて、フローラは普通に帰った……というデート未満から数日後。フローラは執務室に呼ばれていた。
「失礼します」
アーサーが深刻な顔で座っている。後ろにいるドリスは今にも人を殺しそうな目つきだ。
フローラは自分が呼ばれた理由をなんとなく理解した。
「貴女は、実家に思い入れはあるか?」
「いいえ。それで、どの書類にサインすればよろしいでしょうか?」
アーサーの気まずそうな問いに対し、フローラはカラッと即答する。
「そう簡単には答えられな……は? いいのか?」
「ええ。……私はもうフロスト領に身も心も捧げておりますから」
ほんわかと良いように言っているが、実家に興味なぞないという意味である。アーサーは驚き、耳を疑った。話が早すぎる。これでサインしてもらったら終わりだ。
アーサーは大きく咳払いをし、どうにか冷静になった。
「……まずは話を聞いて欲しい。貴女の実家からの手紙は俺が全て目を通し、渡せるものだけ渡そうと思っていた」
しかしフローラは今まで一度も渡されたことがない。つまり碌でも無い手紙しかなかったということだ。心労しか増えないようなゴミなんて燃やしてくれてよかったのに、とフローラは内心呆れていた。
「俺は本格的にあの家を潰そうと思う。そのためには、貴女があの家と縁を切る必要がある」
「わかりました。ですが、潰されるのは困ります」
「……愛着があるか?」
愛着。フローラにとって、その感情は悪趣味コレクションのみに生まれるものだ。そんなものがあるはずもない。
フローラはあの家に十八年間もいたのだ。手紙の内容だって想像がつく。父からは金の無心や権力の口添え、母からは逆恨みだろう。実際、第一夫人との取引ではフローラが嫁に行くまでだった。つまり、母はもう第二、悪くて第三夫人まで落とされている。そこでフローラの功績によって良い立場にいたのだと気づかないあたり、どうしようもない親たちだ。
「そういうことではなく、父と母のせいで使用人が路頭に迷うのは嫌なのです」
うるうると目を輝かせているが、使用人に対しても思い入れなんてものはない。正確には、それで逆恨みなどされてはたまったもんじゃ無い、ということだ。フローラは無駄に敵を増やすようなことはしない。人の恨み嫉みが恐ろしいことを、フローラは趣味で知っている。
「わかった。どうにか二人だけを……いや第二夫人も含めて潰せるよう調整しよう」
「アーサー様、ありがとうございます」
話がまとまり、書類にサインをしたところで、フローラはドアの方へ視線を向ける。バッチリと目が合った。アーサーもそのことに気づき、ドアを開ける。
「んん! ……たまたま通りかかっただけよ」
そこには奥方がいた。済ました顔をしているが、先ほどまでがっつりと聞き耳を立て、なんなら覗いていた。そしてその姿を二人にしっかりと見られている。
「二人で執務室で話すなんて、何かあったのかと思うでしょう?」
一見息子を心配しているように見えるが、少し声が震えていた。頬はほんの少し上気しているようにも見える。
「まぁ、何もなかったようだけれど」
奥方は恋人や夫婦が好きだった。見た目と似合わず、恋愛を見て、読んで、悶えるのが好きだった。フローラはそういう気質なことをなんとなく察した。
つまり、息子夫婦に浮ついた話がなく、飢えていたのだ。
「アーサー様」
「ん?」
呼ばれて屈んだアーサーのタイを引っ張り、フローラは頬に口付ける。
「はぅわ!!」
「!?」
奥方は口元を押さえ、アーサーは倒れて成仏した。享年二十五歳だった。
しばらく奥方の機嫌は素晴らしく良く、フローラはアーサーの頬の硬さに驚いていた。アーサーは全てを忘れるように、伯爵と第二、第三夫人を潰す準備を進めていた。そうでないと叫びそうだった。




