44. 彼らはデートがわからない
義父母が帰ってきても、フローラの生活はあまり変わらなかった。たまに視線を感じることはあったが、それ以外はあまりなく。というのも義父母は別邸に住んでおり、食事など全て別だった。
フローラは都合の良さに驚きながらも、生まれて初めての庶民の服に身を包んでいた。ワンピースのスカートは一枚で軽く、靴下は暖かい。その上から帽子を被り、ケープコートを着る。
「庶民らしくなっているかしら?」
「流石フローラ様です。どのお召し物でも絶対的主君の雰囲気が漂っております」
「……そう。この服でもまだ雰囲気から変えないといけないのね」
フローラは常時ほんわか美少女だが、学園に通っていた頃のように、意図的に隠すことはできる。一瞬で変わったその姿にドリスは忠誠心をより深くした。
「今日は貴女も一緒なの?」
「いえ。大人数では視察とわかられてしまうでしょうし、この国であの方以上に強い方はおりませんから」
「そう」
準備も終え、正面玄関へ向かうと、アーサーが待っていた。アーサーはロングコートとマフラーで、確かに服装は庶民と同じだが、この身長と体格では、どう忍んでも忍びきれず、一目で誰かわかる。これはお忍びであってお忍びではないのだと、フローラは理解した。
「お待たせしました」
「いや。行こう」
「行ってらっしゃいませ」
辺境伯邸に一番近いこともあり、街はよく栄えていた。冬でも露店が出ており、マーケットは賑わっている。子供は薄着で走り、大人は皆帽子とコートを着ていた。民は皆気を遣って、気づいていないフリをしてくれている。
フローラは誘拐された街以外を歩いたことがなく、興味深そうに観察していた。アーサーからの熱視線を感じながら。
「……デートって一体何をすれば良いのでしょう」
「……すまないが、俺もわからない」
痺れを切らしたフローラが尋ねても、アーサーは目を逸らすだけ。どちらも本当に何をすればいいのかわからなかった。
フローラはアーサーを気に入っている。だが、それだけだった。例えるならば、犬に悪戯をする子供の気分だった。あまりにも精度の高いほんわかと完璧な会話によって誤魔化されているが、フローラの情緒というのは誰にも育てられなかった結果、この年になっても幼子と同等だった。
「とりあえず、視察しましょうか」
「ああ」
ただ歩き、民の生活を見る。舗装した方がいい場所や治安の悪いところなどを確認していれば、普通に時間は過ぎていた。おそらくデートというのはこういうものではない。
「どうかなさいましたか?」
ふと、アーサーが足を止めた。ショーウィンドウのアクセサリーをじっと見ている。決して高価なものではないとはいえ、人目につく場所に飾るのは盗難の元だと、フローラはそう考えた。
「いや……フローラ嬢につけて欲し……」
アーサーはそんなことなかった。初恋を拗らせすぎて、何を見てもフローラを思い浮かべる癖が出ていた。自分の瞳と同じ青い蛍石のブレスレットを見て、フローラがつけている姿を想像していた。
思わずそれを漏らしてしまい、アーサーは口元を押さえる。
「っなんでもない」
「……つけましょうか? そんなに高い品ではないでしょう」
アーサーの独占欲などつゆ知らないフローラは、何も考えずに店内に入り、ブレスレットを手に取った。義父母にデートの証として見せられる上に、アーサーが喜ぶなら安いものだと考えていた。
「あ、いや……」
「お金なら自分のがありますか……」
「せめて買わせてくれ」
慌ててアーサーも入ってきて、ブレスレットを奪い、会計へ向かう。フローラは誰かに物を買ってもらうことがなかったため、こういう時は買ってもらう流れだと知らなかった。
店を出て少し歩き、人気の無い広場へ出る。
「俺が、つけさせてもいいだろうか?」
「? はい、どうぞ」
冬の夕焼けの中、アーサーは膝を突いて、フローラの細い腕にブレスレットを通した。蛍石が夕日に照らされ、きらりと光る。
「不甲斐ない夫ですまない」
「……よくわかりませんが、私は楽しいですよ」
爆散するアーサーの姿を思い出し、フローラは笑った。その顔を見てアーサーは散った。




