43. 帰ってきた義父母
フローラはジェイダンを手のひらで転がし、インク瓶がなくても文字が書けるペンや、朱肉がなくても押せる印章など、怠惰な中央貴族たちが少し不便に、つまりは喉から手が出るほど欲しい製品を開発中だった。本来かなり難しいが、アルバーン家の人間からすれば簡単なようで、フローラはほくそ笑んでいた。
誘拐の件もいよいよ情報が出揃ってきて、さてどうやって子爵に責任をとってもらおうか……という時だったのだが。
「「「おかえりなさいませ」」」
「ただいま帰りました」
「……」
正面玄関が開き、使用人たちが並ぶ。フローラにとっての義父母、前当主とその奥方が帰ってきたのだった。二階にいたフローラは急いで下へ降りる。
前当主はアーサーによく似ていた。白髪に碧眼、眉間の皺は谷のように深く、何をしていても殺気が放たれている。奥方も銀髪に青紫の瞳と冷たい印象で、少し第一夫人に似ていた。
「おかえりなさいませ……。お初にお目にかかります。不束者ではございますが、末長くよろしくお願いいたします」
フローラは完璧なカーテシーと共に深々と頭を下げる。こういう相手には、下手にほんわかするのではなく、礼儀礼節をわきまえた者なのだと証明しなければならない。なにしろ親がなっていないせいで、家主に挨拶をしていない状況で住んでいたのだ。
「……ん」
「お土産ですって」
感情の読めない声で目の前に出されたのは何やら箱だった。罵倒でも、冷笑でもない。フローラが箱をよく見ると、旅行先の名産品が入っているらしいかった。フローラはひとまずお礼を言って受け取る。前当主は相変わらず喋らない。
「……」
「アーサーからの手紙で色々と理解しているわ」
冷めた顔のままな奥方に、フローラは真意を掴めずにいた。同情されているのなら気丈に笑い、怒っているのなら最大限に落ち込んだ様子で謝ればいい。しかしこの場合は一体どうすればいいのか。良き嫁としてうっすらと微笑みを浮かべつつも戸惑っているところにアーサーがやってきた。
「……帰ってきていたのですか」
「……」
「負傷者はいません。その……誘拐の件は……」
高身長で恐ろしい顔面の二人が、会話になっていない会話をしている。前当主は何も話していないが、どうやらアーサーを責めているらしい。それを気にせず旅の片付けをしている奥方。癖のある家族を前に、フローラは心底混乱した。わかったことといえば、アーサーの冷血伯との二つ名は完全に遺伝だったことくらいだった。
「いつまでも玄関で話していないでください。その話は後です。居間へ行きますよ」
後片付けがひとまず終わったらしい奥方が声をかけると、前当主とアーサーは二人して目を泳がせた後、静かに居間へ向かっていった。フローラは、その背中が見えなくなってから、部屋に戻って子爵の処分について考えようと思っていた。
「貴女もです」
奥方に言われ、なぜかフローラも家族団欒の場に行くこととなった。居間は暖炉が焚かれていて暖かく、お茶も用意されていた。
フローラはカップに紙がついていることに気づく。さりげなく開いて読むと、メイド長の字で『奥方様は誤解されやすいお方です』と書いてあった。
「それで、二人は今まで何をしていたの」
「……普段通り、仕事を」
「私は挨拶回りなどをしておりました」
問い詰めるような口調だが、そんなものに怯えるフローラではない。アーサーの返答を待った後、自然に答えた。ただ穀潰ししていたのではなく、しっかりと嫁として働いていたということだ。
「そういうことじゃないわ。二人で、よ」
しかし、奥方が求めている返答ではなかった。フローラは少し考える。
お互い忙しいこともあり、アーサーとは食事などで顔を合わせた時に反応で遊ぶ程度で、他に関わることはなかった。
「……アーサー。後で貴方に話があるわ」
奥方は淡々としているが、ほんの少し怒っているようだった。アーサーが少し震えたのを、フローラは見逃さない。これは説教されるのだろう。
「まずはデートに行ってきなさい」
「……ああ、街の視察をしてこい」
デート。そんな言葉が奥方の口から出てくると思うだろうか。
真面目な顔で言われ、アーサーは固まり、フローラは少し気が遠くなった。
デートやら恋愛というものは、フローラとは無縁の存在だった。他人の恋心を利用することはあれど、フローラ自身には存在せず、時間の無駄だと思っていた。




