4. お人形遊びが得意な子
「おはようございます、お嬢様」
今朝は違うメイドがやってきた。新米メイドは、おそらく別邸メイド長に叱られてでもいるのだろう。結局、昨夜はフローラの部屋で寝落ちてしまっていた。
フローラはぼんやりとそんなことを考えながらも、普段通り挨拶を返し、天気の話をし、純粋なお嬢様らしく朝の支度を始めた。
「せっかくですし、三つ編みのハーフアップにしてもよろしいでしょうか? お嬢様に似合うと思うのですが……」
「まぁ! 貴女は髪を結うのが上手なのね。お願いするわ」
フローラは心底嬉しそうに装って、髪を梳かされていた。実際はふわふわな髪など邪魔くさく思っていたし、考えていることはこの別邸とおさらばする方法だったが。
……現在、伯爵家は30家ほど。その伯爵家の中でも暗黙の序列があり、フローラの家は中堅といったところだった。つまり、狙うは上位層であり、となるとかなり絞られてくる。
「いかがでしょうか?」
「とっても素敵だわ。ありがとう」
身なりを整え終えて、朝食へ向かう。今日もドレスのために一日中立ち続けることになるだろう。フローラの自由時間はあまりない。
「……ねぇ、お母様が作っていらっしゃるドレスは、大丈夫かしら?」
「と、言われますと?」
「黄緑色のドレスは皆よく初夏に着るでしょう? もしも、お姉様も同じ色のドレスだったら……」
フローラは、母が独り言のように黄色いドレスを着てくるらしいと呟いていたのを知っていた。が、何も知らないメイドは起こりうる修羅場を想像して、表情は変えないものの固まった。
「今ならまだ間に合うかしら。私、本邸を覗いてくるわ!」
不安で必死そうな表情で、メイドに縋るフローラ。行くつもりはサラサラなかった。そもそも別邸から三、四キロも離れていれば、行く大義名分もない。何より、フローラがいなくなれば母が怒り狂うであろう。
「だ、大丈夫ですよ。私がなんとかして見せますから、安心してください」
メイドは綺麗に、フローラの思う壺に嵌った。幼子が酷い大人のせいで不安になり、無茶をしようとすれば、まともな大人は助けてくれることを、フローラは知っていた。
「ほんとう?」
トドメにあざとく上目遣いだ。メイドは頷くしかなかった。
「でも、不安だわ。この夏だけで、何度お茶会があるのかしら。もしかしたら、お姉様のように他家のお茶会も……その時もお母様は……」
「第二夫人が催されるものは分かりませんが、公的なものでしたら、私が確認して来れます。お嬢様は大丈夫です」
「っありがとう、マーサ!」
人は名前を呼ばれると、無意識に親近感や好意を抱く。フローラはそのことも知っていた。
今日ばっかりは、新米メイドの失態に感謝した。代わりに有能なメイドが来てくれてよかった。おかげで事がスムーズだ。
「さあ、食堂へ参りましょう」
「ええ」
そのまま朝食を食べ、フローラはまたトルソーとなった。脳内で婚約者候補の選別をしながら。
夜には、メイドは戻ってきて、腹違いの姉のドレスが黄色なことを再度確認し、王女様主催のガーデンパーティーがあることを知った。
フローラは狩場をガーデンパーティーに定めた。
「安心しておやすみしてくださいませ、お嬢様」
翌日はガーデンパーティーにどう出席するかを考えた。異母姉の補佐として出れるよう、伯爵を誘導する方針に決めた。
「糸くずも、切り忘れた糸もないわね……さ、行くわよ」
「ええ、お母様。素敵なドレスをありがとうございます」
そして、茶会の日がやってきた。フローラは後ろから着いていきながら、何を気合を入れているのだろうか、と冷めた目で母を見ていた。
フローラからすれば、こんなマウントの取り合い……茶会など序章にも過ぎない。王女様のガーデンパーティーに出席し、婚約者を得て、夫人の序列を入れ替える。全てはイベントに過ぎず、本邸で知的好奇心を満たすことが目的なのだから。
本邸の敷地に入る前、フローラはいつも以上の笑顔を貼り付けた。




