39. 可愛い顔にはご用心
フローラの朝は早い。
暗躍という言葉があるように、まだ日の出ていない時間にしかできないことがある。まずはトランクの中のコレクションを確認し、うっとりと眺める。この時間さえあれば、フローラはなんだってできる。
「ふふ、やっぱり貴女は美しいわね」
暗闇の中で呪いの人形を抱き上げている令嬢。今ここに誰かが入ってくれば、恐怖で漏らすだろう。フローラはしばらくコレクションを眺め、また仕舞い、ベッドに戻る。今起きたように寝癖もつけて、ベッドサイドのベルを鳴らした。
「おはようございます、フローラ様」
「おはよう、ドリス」
そうして数分すると、早歩きの上限の速さでドリスが入ってくる。カーテンを開け、顔を洗うお湯を持ってきた。
「数人が自主的に仕事を辞めまして、少々遅くなりました」
「そうなのね、ご苦労様」
まるで言い訳のように、ドリスが報告する。
その仕事の早さに、フローラは感心した。メイドとしては、お湯が熱湯だったり、ただ櫛を持っただけで粉砕したりしたが、猟犬としては素晴らしい腕だ。
「ああ、それとシェフが一人辞めました」
「まぁ、美味しかったから残念だわ」
ドリスは世間話をし、フローラは何も知らないように相槌を打つ。……全く、とんだ茶番だ。
前当主である義父母は、現在旅行中らしい。なんでもアーサーに妻が見つかりほっとしたからとかで。血濡れた悪魔の地の領主夫婦とは思えないほどの和やかさだ。
「ドリスは本当に、掃除が上手なのね。屋敷が輝いているわ」
「恐れ入ります」
本来不安な状況だが、フローラからすればちょうどいい。そもそも無礼者はこちらであり、呼び戻すのも忍びない。それまで式はできないが、書類上ではもう妻だ。何も問題はない。この間に全て終わらせてしまおう。
「アーサー様に側近はいらっしゃるの?」
「はい、昨日は所用で外していましたが、ジョシュアという者がおります」
「そう……」
使用人の掃除、統率と並行して、辺境貴族のリストを確認しておかなければならない。フローラの見立てだと、この辺境領において一番邪魔な存在は、辺境貴族だ。圧倒的力を持つフロスト家の邪魔をし、その立場に成り上がろうとしている。
「朝食は食堂に用意してありますので」
「わかったわ」
食堂までの道中で、人員の確認をする。昨日関わらなかった者もいなくなっていたが、そこはドリスを信用することにした。
「おはようございます、アーサー様」
フローラの美しさに当てられたアーサーは、自らビンタした後、爆ぜた。おそらく夢か何かだと思っていたのだろう。フローラは一応心配しておきつつ、もう見慣れた。
朝食には特に異変はなく、異常な香辛料を入れた者が排除されたことを確認する。メイド長とふと目があったが、申し訳なさそうに目を伏せられたところ、気づいているらしい。対立することにならず、何よりだ。フローラはニコリと微笑みで返した。
結局ジョシュアは昨日の用事によって長期で忙しくなってしまったらしく、アーサーから直にリストを見せてもらった。
「お義父様方がお帰りになる前に、妻として相応しい知識をつけたいのです」
さりげなく他の書類を確認し、近年の動向や税収からいくつかの目星をつける。
領地を巡ることで妻として挨拶をしたいと伝え、アーサーの険しい顔で答え合わせだ。
「ただし、俺もついていく」
「……お時間は大丈夫なのですか?」
「問題ない」
準備している数日の間に、使用人の統率は完了した。仕事が滞っているところをフローラが助け、労わることにより、懐柔も簡単に済んでしまった。メイド長と補充する人員の相談をしつつ、領地を巡る準備も進めていた。
巡る日になって、異民族の襲撃が発生した。馬車から降りたアーサーは急いで邸宅に戻り、フローラ一人で行くこととなった。
フローラからすれば好都合であり、実際食えない狸と仮面の令嬢の挨拶はつつがなく運ばれていた。
「本来ならこちらから参上すべきこと、奥方様に出向いていただき恐れ入ります」
「いいえ、私が早くお会いしたいとわがままを言ってしまったの。お会いできて光栄ですわ」
さてどう潰そうかと考える余裕まであったほどだ。挨拶と社交辞令の応酬を終え、何事もなく子爵邸を出て、街を見て回る。ぴったりと離れなかったドリスが、酔っ払いに絡まれ、ほんの少しの隙が出来る。
「フローラ様!!」
それが誘拐事件に発展するとは。全くフロスト領は血の気が多い。




