37. 気づかれた
その後も幾人かの使用人に挨拶していると、いつのまにか夕食の時間となっていた。
頭の良い使用人は凄く良く、愚者はとことん愚者だった。うまく頭の良い使用人だけを残し、よくも悪くも平凡な使用人を新しく雇えば、きっともっと効率が良くなるだろう。
「部屋は、何か不便はなかったか」
「ええ、フロスト領の伝統が表れていて、とても素敵でした。ありがとうございます」
食堂ではアーサーが既に座っていた。本来なら待たせてしまったと思うべきだが、これはアーサーが待ちきれずにいただけだろうと、フローラはわかっていた。本当に、なんでこんなに好かれているのかわからない。
「雪国の食事は初めてなので、楽しみです」
サーモンとクリームチーズの前菜やビートスープ、などなどどれもこれも雪国らしく、興味深いものだった。アーサーはやはり顔に似合わず上品で、一口も小さかった。食前酒だけで顔が上気し、二、三秒見つめただけで爆散した。
「こちら、鹿肉のローストでございます」
また美味しそうだと喜んで、フローラは口に運ぶ。
明らかに、香辛料の入れ過ぎだった。うまく隠していて、見た目はアーサーの物と変わらない。アーサー自身もまた、先ほどと変わらない。つまりは、嫌がらせだ。
「とても柔らかくて美味しいですね」
フローラはフォークの一つも震わせない。ふわりと微笑み、迷いなく食べ進める。
「このソースはなんの味ですか?」
「……ああ、これは赤ワインと香辛料だろう」
やった者がこの場にいるかどうか炙り出すためだったが、フローラは少しやりすぎた。
アーサーが目を細める。いじめについてではなく、一番重要なフローラの嘘について見抜かれた。
「いつからだ?」
「なんのことかは分かりませんが、昔から、とだけ」
アーサーからの問いかけに、フローラは優雅にワインを傾けた。
なぜ激辛ソースでも、顔色ひとつ変えずにいられたのか。もちろん、フローラが辛味を愛しており、慣れているのもある。だが、それだけではない。
フローラには、味覚が存在しない。これは物心ついた時からずっとそうで、少食による華奢な体もきっとこれに起因している。甘いものが好きだったのは、脳が喜ぶから。辛いものが好きだと気づいたのは、味が分からずとも舌が痺れる感覚がわかるからだ。
いくら不味いものを作ろうと、異常に辛いものを作ろうと、フローラには無意味だ。
「……そうか」
その後の料理から、フローラのコメントは変わる。ただ無邪気に美味しいというのではなく、文化的背景や、特産品などに切り替えた。アーサーはフローラの知識量に驚きながらも、丁寧に答えた。
デザートのクレープや果物のザクロなども食べて、食後のコーヒーが運ばれてきた。スパイス香る湯気の中、フローラが尋ねる。
「いつ頃お部屋に行けばよろしいでしょうか?」
アーサーはコーヒーを吹き出した。最終的には咽せて床に蹲った。フローラが慌てた風に立ち上がり、背を撫でると余計に死んだ。どうにか宥めて落ち着かせる。アーサーは顔にモザイクがかかったまま復活した。
「……性急に事を運ぶつもりはない。長旅だったんだ、貴女も疲れただろう」
「私は平気ですが……」
少しはしたないだろうか。しかし、妻としての地位を確立する一番手っ取り早い方法がこれだ。フローラには恋や愛がよくわからない。義務のある仕事のように思っていた。
アーサーの顔がやっと元に戻る。
「俺が嫌なんだ。初恋の人に無体を働くような男にさせないでくれ」
フローラはとても納得した。アーサーがここまで容易かったのは、勝手に初恋を拗らせていてくれたからなのだ。やはり自分の容姿は優秀なのだと、フローラは改めて感じた。
「アーサー様は、お優しいのですね」
チョロいのですね、の間違いである。
……フローラは知らない。この男の拗らせ具合は、そう簡単に表せるものではなく、また愛がどれだけ重いのか。
顔だけでなく、色々と惚れに惚れているのを知るのは、また後日の話。




