33. 辺境伯の災難
「アーサー、と……あ、いや応接間に着きましたから、中へ」
「はい、アーサー様」
「!?」
フローラは艶々していた。中央貴族には滅多にいない、純粋無垢で初心な反応をとても楽しんでいた。
辺境伯……アーサーはそんなことも知らずに、せっせと暖炉に薪を焚べる。フロスト領は秋でも割と寒い。そのうち老練なメイド長がやってきて、もてなす用意をするよう言いつけた。アーサーは小声で話しているつもりなようだが、地獄耳なフローラには聞こえている。
『お紅茶の銘柄はどうされますか? スミレの砂糖漬けとお気に入りのティーコゼーは?」
『ばあや、それではフローラ嬢にバレてしまうのではないか?』
『そうやって変に怯えている方はバレますよ。奥方となられる方なのですから、いっそ正直に言ってしまいなさいな』
『それは嫌だ。引かれたら俺は泣く』
要するに、割と乙女チックな人らしい。なんともまぁ……見た目と中身が似合わない人間だろうか。フローラは割と驚いた。が、自分も見た目詐欺な自覚はあるので、割とすんなり受け入れた。
「アーサー様、私もメイド長にご挨拶を……」
「!!」
割とめんどくさくなってきたフローラが声をかけると、アーサーはカチンコチンに固まった。フロスト領の名産品、純氷といい勝負だ。ダメだこりゃという顔でアーサーの腕を叩くメイド長。
「初めまして奥方様。私は本邸のメイド長を務めております、グロリアと申します」
「初めましてグロリアさん。私はフローラと申します。不束者ですが、末長くよろしくお願いいたします」
メイド長は白髪を後ろできっちりまとめ、腰が曲がっているのにキビキビと動く、とても有能そうな人だった。またメイド長も、フローラの強者のオーラを感じ取った。フローラとメイド長は、にこやかに挨拶を交わし、氷像となったアーサーは放置された。そして、メイド長は紅茶を取りに行き、フローラはまたソファに座る。
「アーサー様」
フローラがほんわかと声を掛けて、ようやく意識を取り戻したくらいだった。
ギシギシと音を立ててソファに戻り、深呼吸をしてフローラと目を合わせた。意地悪なフローラはまっすぐ見つめ返し、アーサーはまた死ぬ。そんなことを何度かしている間に紅茶が持ってこられ、スミレの砂糖漬けをつまみ、アーサーは落ち着いた。
「……ゴホン。それにしても、随分と早い到着だが」
少しの世間話をした後、本題だというように、頬が緩みっぱなしだったアーサーの表情が固くなる。フローラのように肝が据わっていないとなかなか耐えられない、冷たい視線だ。
「……そうですね」
フローラの予想していた通りだった。到着までひと月以上かかる領地とのやり取りが、たった三日で終わるわけがない。大方向こうが断らないのを見込んで、正式な婚姻の手続きが終わる前に追い出したのだろう。
わかっていてもなお、腹が立つことに変わりはなく、フローラは心の中で伯爵に向かって、腐った脳みそしか持たないお大便野郎と吐き捨てた。
「アーサー様がどこまでご存知なのか、私にはわかりません。ですが、聞いていただきたいと思います」
アーサーに嘘は通用しないであろうことは、フローラにだってわかっていた。可愛くたじろぐ人ではあるが、これでも一国の主と同じ権力を持つ辺境伯だ。流石のフローラでも、アーサー相手に嘘をつき通すのは骨が折れる。ならば、取るべき道は、正直に話して同情を誘うことだ。
「私が、元婚約者に不当な理由で婚約を破棄されたのをご存知でしょうか?」
アーサーは小さく首を横に振る。結構重要な情報なのだが、伯爵は隠蔽していたらしい。これは詐称に近くなってきた。
「私は……」
そこからは長々と、実家での自分の扱いを話した。自分がどう思っていたのかは伝えていないが、これだけ善良な人なのだ。傷ついた可哀想な令嬢だと勝手に思ってくれるに違いない。実際のフローラは、生まれた時からの扱いに慣れていて、割と好き放題やっていたのだが。ムカデ然り、悪趣味然り。
「こうして、私はアーサー様の元へ嫁いで参りました」
……話は終わり、黙り込んでいたアーサーが口を開く。
「それは、今からでも全員、雪山に埋めるべきではないか?」
フローラは珍しく目を丸くした。
この男、なかなか物騒なことを言い出した。




