3. 腹を括らねばならない
フローラは立ちながら考えた。
母の位を上げるには、自分が鍵になってくる。女どもは馬鹿の一つ覚えのようにマウントを取り合っているが、それは何も生まない。結局、夫人の位を決めるのは、伯爵家当主である父だ。
「後はここのレースをどうするかね……」
フローラは父が嫌いだった。
亜麻色の髪を持つ伯爵は、確かにフローラの父だった。が、貧乏性で金と権力が大好きで、全体的には中肉中背なのに、腹だけ出た怠惰な小太りだった。何より、鼻をかんだナプキンを乾かしてもう一回使っていることが生理的に無理だった。
「動いたら承知しないわよ」
「……」
こういう時は返事するだけで動いた判定されるため、フローラは何も言わない。そもそも、返事をしなくていいなら、その方が良い。
フローラは、生まれた時から他人への興味がなかった。父は会うたびに自分の顔を品定めし、どの家との結びつきに使おうか考えていたが、フローラとしては猫を被る人間が増えると同義であり、御免だった。貴族の娘として生まれた以上避けられないことではあるが、まだマシな人間を自分で見つけてきたかった。
「よし、今日はここまでにするわ。あーー、疲れた」
もう夜もとっくに更けて、母は節々をバキボキ鳴らしながら部屋を出ていき、フローラもやっと体を動かす。足の感覚は無くなっていたが、慣れたことだ。ゆっくり時間をかけて戻していけばいい。
「……さて」
婚約者なんて嫌だとしても、母の位を上げなければならない状況というのは、婚約者の位が同等、またはそれ以上の時だ。腹を括る時がきたのかもしれない。
「お嬢様、お疲れ様でございます……スピィ」
ドアが開いて、半分くらい寝ているメイドが入ってきた。
「まぁ……眠いなら帰って寝てもいいのよ。私は自分で寝支度をできるから」
気遣った風だが要するに、寝るか働くかどっちかにしろ、そんなメイドに世話を焼かれても迷惑だ、である。
「ふわぁ……じゃ、そのお言葉に甘え……ってダメですダメです! 私はメイドですから!」
「そう……?」
フローラは心の中で舌打ちをした。このメイド、馬鹿だが薄らバカ程度だったようだ。
母に虐げられ疲れた令嬢らしく、時折ため息を吐きながら、軽食を食べ、体を拭かれ、ネグリジェを着せられ、ベッドへ入る。
「あのね、今度のお茶会で本邸に行くでしょう」
わざとらしく俯き暗い顔でいれば、メイドは案の定、気遣うような声をかけてきた。
「お父様に、会えないかしらって考えていたの。私、あまりお顔を見たことがないから……」
お茶会でお花を摘みにいく振りをし、偶然迷った風に見せかけて接触し、上手く婚約の話に持っていきたい。
そのためには伯爵がいつどこにいるのかを知る必要があった。
「でも、お父様はお茶会の時間は忙しいわよね」
眉を下げ、目を潤ませる。布団の下で、足のあざになっているところをつねれば一発だ。
「い、いえ、多分その時間は物干し場にいらっしゃるかと……」
思いもよらなかった場所に、一瞬フローラの思考は止まったが、干したナプキンを取り込むためだとすぐに気づいた。
それにしてもこのメイド、案外早く答えてくれた。この間抜け具合なら、他のメイドに聞いたりなどして二日はかかるかと思っていたのに。
「前に干し方が悪いとこっ酷く叱られましたので……」
単にやらかしたから覚えていただけらしい。やはりこのメイド、使い勝手が悪い。本邸に移れば、もう少しマシな駒が増えるだろうか。
「まぁ……」
フローラはとりあえず同情したようにポーズを取った。
次にやるべきことは、婚約者探しである。あと二日で良さげな人間の目星をつける、または探せるであろう場がないか確認しなければならない。