29. 愛しき物たちとの別れ
側近はしばらく呆然と立ち尽くしていたようだが、仕事を思い出し去ったようだった。フローラは、埃が舞う暗い屋根裏部屋を進み、曲がったところでランプをつける。
フローラが改造した、憩いの場だ。ストーブもあるから、ムカデが出てもすぐに焼ける。
何があってもここに来れば心が安らいだ。この家で唯一、フローラが気を抜ける場所だった。
「……あれ、どうして?」
頬に一筋の涙が伝う。雫が床に落ちて、フローラは初めて自分が泣いていることに気がついた。泣こうと思わずに泣いたのは初めてだった。
「ああ、これが悲しいっていう感情なのね」
勘当されるということは、つまりコレクションとの別れである。親に殴られ、友に裏切られ、婚約者に婚約破棄されてもゆるむことのなかった涙腺が、崩壊した。
「うう……お気に入りの絵画……大物の拷問道具……呪いの像……」
妖精のように美しく、関わる全ての人間を骨抜きにし、ほんわかに包んで鋭く刺していた令嬢が、グロテスクな絵画に抱きつき泣いている。酷い絵面だ。子供には見せられない。
「全部持っていきたいけれど……私には筋力がない……」
逆にあったら持って出て行ったのか。フローラは一つ一つ手に取って、その姿形を目に焼き付ける。
「ああ、人を食う巨人の絵に、血痕付きチェア、拷問道具たち……」
あの閉じ込められた初日に見つけ、フローラを狂わせた物たちがずらりと並ぶ。壮観だった。
フローラはギュッと目を閉じ、別れを惜しむ。
「貴女も置いていきたくないわ……返魂の儀式に使われた人形……」
それはとても……とてもとはいえないが、手元に置いておきたいと思える代物ではなかった。至る所に釘が刺され、なんか目が怖い。少しでも視線が交われば呪い殺されそうな気がする。
しかしフローラはまるで大事なぬいぐるみかのように、愛おしい目で人形を見つめる。何をされても大丈夫だったフローラが苦しそうな表情で別れを覚悟する。
次に手に取ったのは古そうな箱だ。
「セ、セイレーンのミイラッ!!」
一昔前にコレクターの間で流行ったという伝説上の生き物の剥製や標本だ。しかし、もちろん本物などなく、これに至っては人の子供の死体と魚を縫い合わせたより外道な物だ。フローラはそれを分かった上で、いや分かっているからこそ、とても好きでいた。
「東洋の藁人形に、蠱毒の壺……これで実際に蠱毒を試してみたわねぇ」
あれはガヴァネスを手懐けた直後のこと。東洋の藁人形からは髪の毛が採取でき、フローラは大いに喜んだ。蠱毒は学園の中等部の時に挑戦し、できたものをエマにあげた。毒を持つ生き物を捕まえ、最後の一匹を焼くのは大変だった。
「エマは、隣国で元気にしているかし……これも持っていきたい!!」
フローラが手に取ったのは単なる鍋……と思いきや、昔魔女が魔術に使っていたとされているものだ。魔女審判の書から考えるに、トリカブトや赤子の生き血などが煮詰められたとされている。一瞬で忘れ去られた親友に合掌。
「芸術品が……」
拷問道具をそう呼ぶのはフローラくらいだ。焼きごてを手に取りうっとりと頬擦りし、異端者のフォーク……拷問を受けている者が眠ろうとすると尖った部分が突き刺さる拘束道具を撫でる。
ふと、レターボックスが目に入った。
「呪いの手紙は……持っていきましょう。このくらいなら怪しくないわ」
この手紙を五人以上に出さなければ呪いが降り注ぐ……いわゆるチェーンレターである。学園で一度や二度と流行っていたのだが、フローラは全て大事に保管していた。
「私、今日は貴方たちに囲まれて寝るわ」
悪趣味な物たちに話しかける妖精。その顔は悲哀と満足感を物語っていた。
執務室では、娘がそんなことをしているとはつゆ知らず、報復を企むバカな男が一人……。




