27. 全ての終わり
「フローラ、君との婚約を破棄する!」
それは、舞踏会から数日が経ったランチタイムのことだった。
学園のカフェテリアにウィリアムの声が響く。周囲には人が集まってきて、フローラはケーキの載ったトレーを持ったまま固まった。
「君は、イザベラ様のいじめに加担し、リリー嬢を虐げていた! そんな人に伯爵夫人を任せることなどできない!」
フローラは最近、とても疲れていた。家では伯爵と母が騒ぎ、学園では殿下と侯爵令嬢のいちゃつきを見せつけられ、トドメには毎日のように王女殿下から手紙が来る。あと半年せずとも第一夫人の座は元に戻って安定するし、いくら降格したとはいえ公序良俗は守ってほしいし、どう誘われようとも王女殿下に仕えるつもりはないというのに。
そんな中、馬鹿丸出しなセリフを聞いて、フローラは放心した。築き上げてきたほんわか笑顔を崩さずに。
「これが証拠だ!」
ウィリアムは、証拠の書かれた羊皮紙を広げる。フローラはじっと見て確認した。
「……まぁ」
が、それはそれはとても杜撰なものであった。羊皮紙の無駄遣いと思えるほどに。
やれ、いじめに加担していた令嬢と話しただの、いじめに参加するために王家主催の夜会に参加しただの。
事実として、フローラは学園全ての人間に愛されている。そのように地盤を整えてきた。故に、誰とでも会話するし、いじめもクソも関係ない。当のリリー嬢なんて利用されたこともわからずに失恋し、また新しい相手を探している。無断欠席するような馬鹿にはわからないかもしれないが、ただの伯爵家が王家主催の夜会に行かない選択肢などない。
つまり、何も知らないウィリアムの妄想オンパレード。もはやこじつけと言ってもいいレベルだった。
「伯爵家にもすでに婚約破棄の書類を送らせていただいた」
フローラの築き上げたギャラリーは、誰もフローラを疑っていなかった。ウィリアムが間違っているのだと、皆がわかっていた。
プツリ……とどこかで何かが切れる音がした。
静寂の中で、フローラは、今まで目立たぬように抑えていたのも忘れて、ふわりと微笑む。
……その美しさに誰もが見惚れ、息を呑んだ。
「ウィリアム様は恋に茹っておられますのね」
美しい楽器のような声で、柔らかく、華やかに。フローラはそう言い放つ。
妖精から発せられた鋭い言葉に人々は目を見開き、ウィリアムは閉口した。
「ご年配の方の魅力に夢中になっていらっしゃるのでしたら、女子修道院を訪れてみるのはいかがでしょうか?」
恋は人を馬鹿にするとはよく言ったものだ。先人たちは正しい。
フローラはあの日見かけた、ウィリアムがフィレット先生……年上未亡人に断られている姿を思い出した。あの時は笑ったが、まさかここまで馬鹿になるとは思わなかった。
フローラはほんわかしているが、気弱ではなく、また馬鹿でもない。ほんわかに包んではいるが、とても口が悪い。
……ただ、それを隠していただけだった。
「誠意ある埋め合わせをお待ちしておりますわ」
まるで女神のように可憐な様子だが、意訳すると、慰謝料くらい寄越すんだろうな、である。フローラはメモに自分の口座番号を書いて、ウィリアムの胸ポケットに押し込んだ。
離縁して慰謝料をもらうのも、婚約破棄でもらうのも、フローラにとってはあまり関係ない。元手があれば自分で増やせるし、そうできるようあのガヴァネスを使って、銀行口座を作っておいた。
「では、続きは銀行で」
フローラは優雅にターンして席に着き、ケーキを食べ始めた。人にバレない速度でタバスコをたっぷりかけて。
……性癖を大暴露されたウィリアムは灰になった。
そんなこんなでフローラの腹の虫は治まったが、親もそうとは限らない。




