24. 異常性癖者とビンタ
王家主催の夜会に年頃の娘が出なくていいわけがない。というよりも、ウィリアムの婚約者である以上、出るのは絶対だ。しかしいつまで経っても馬車が迎えに来ず、しょうがないので先に会場で待っていても、ウィリアムは来ない。十中八九サボり。恋に溺れるとこんなに人は馬鹿になるのだろうか。
とはいえここまで来て帰るわけにもいかず、忙しく呼名されている中、フローラはどさくさに紛れて一人で入場した。
「マギニス子爵家のブラッド様、ラッセル男爵家のブライアン様、スペンサー伯爵家のフローラ様、セルヴィッジ侯爵家のレイモンド様……」
気配を消し、誰にも気づかれないまま、会場の壁まで進む。花瓶の影などがベストだ。フローラの美貌はどう隠しても隠しきれない。が、花に同化し、影の中でひっそりと場を観察することはできる。特に今日はめんどくさい予感がしていた。
隣のテーブルから適当に葡萄などを摘みつつ、辛いものが食べたいと思う。または帰って屋根裏で絵画を一晩中眺めていたいと。
それにしても、おかしなくらいに遅い。そろそろ帰ろうかと思ったその時、大扉が開いた。
「アレックス王太子殿下とホワイト男爵家リリー様のおなーりー」
……フローラはドン引いた。
遅れてきた挙句、婚約者でもない下位の令嬢のエスコートをしてやってきた王太子は、何の問題もないように、至って普通に会場を歩む。
侯爵令嬢は固まった。堂々と浮気のようなことをされて、そうならない方がおかしい。
「やあ、イザベラ。今晩はいい夜だね」
いくら好きな女の嫉妬に塗れた表情が好きだからと言って、ここまでするだろうか。
フローラは類稀なる観察眼でわかっている。王太子殿下は異常性癖者であり、侯爵令嬢を気持ち悪いほど愛し、執着していることを。だが、一番大事な侯爵令嬢や巻き込まれたリリー嬢、ギャラリーはそれを知らない。年頃だからと言って、流石に黒歴史を残しすぎだ。
「っ! ……っ!!」
バチン!! と鈍い音が会場に響く。
侯爵令嬢は王太子殿下を平手した。王太子殿下の鼻から血が垂れる。王太子殿下は頬を押さえ、血を見ては興奮していた。
「ふざけるのも大概にしてくださいまし!!」
その隙に、リリー嬢の袖を引き、転ばせ、上からシャンパンをかける。なんなら侯爵令嬢は少し酔っているのかもしれない。真っ赤になって、涙で顔はぐしょぐしょだ。……その顔を見て恍惚とするな、王太子。
「大っ嫌いですわ!」
侯爵令嬢は踵を返して、豪快に会場を去っていった。その気迫と形相に、皆が道を空けた。
フローラは、こんなのが王太子とその婚約者で、この国は大丈夫なのだろうか、と遠い目で見ていた。
「……帰りましょう」
一連の流れは見守った。下手すれば囲まれ、婚約者がいないことを突っ込まれる可能性があるのだ。長居は不要だった。
全く、また社交界や学園が荒れる。その度に絶妙にめんどくさい羽目になるのはフローラなのだ。勘弁してほしい。いっそ王太子殿下のアレを不慮の事故で不能にしてしまえばいいとも考えたが、性癖な時点で頭の問題だ。どうすることもできない。
「……もう帰るのかい? この余興を、もっと楽しんでいけばいいのに」
途中、同じく気配を消して、この場を見守っていた王女殿下に絡まれかけたが、にこりと笑って去る事にした。彼女からすれば、自分に王位が回ってくる絶好のチャンスだが、そちら側にもつく気のないフローラからすれば、見るに堪えないものだ。帰って屋根裏で魔女裁判を描いた絵画を眺めた方がずっといい。
「……舞踏会はどうなることやら」
会場を出て馬車を待つ間、フローラは夜風に吹かれながらそう呟いた。今回は若い男女のみの小規模だが、次は大規模な舞踏会がある。何も起こらないはずもない。それにこの事件、どこからが偶然なのかもわからない。




