23. 恋に茹る馬鹿ども
あの時、しばしの別れに素を出したのは、なんとなくだ。フローラにしては珍しく、何も考えずに行動した。ただ、帰ってきたら蠱毒に使った壺の解析をしてもらうつもりではあるが。フローラの見立てでは、あの壺は東洋の大国の古王国時代のものだ。
エマは隣国へ旅立って行き、フローラは高等部へ進学した。
高等部ではやはり人が増えたが、フローラは立場を維持し続けた。中等部ですでに地盤は作り上げていたし、自分と同等かそれ以下の位の令嬢たちだ。立場も相俟って、とてもやりやすかった。
「きゃっ……!」
二年になると、王太子殿下の周りに女生徒が寄るようになった。侯爵令嬢の不完全さが周知され、少しの望みをかけてでも、第二、第三王妃の座に就きたいと思っている馬鹿たちが集ってきていた。少々可愛げのある侯爵令嬢は、その場面を茂みから覗いていた。王太子殿下は、彼女に気づいて楽しんでいた。
……フローラはそこを狙い、たまたま茂みで本を読んでいた人として、侯爵令嬢と接した。
「わ、私がこうしていたのは秘密よ!」
フローラは彼女と秘密を共有し、人目につかないところで会い、愚痴を聞き、侯爵令嬢を肯定する。
布陣は整い、フローラが考える上での最善の機会だった。侯爵令嬢は中等部の初日のことなど忘れ、フローラなんて覚えていない。自分の失態を隠すように、仲も隠す。密かな友人と認識している。完璧に落とした。
フローラの敵は誰一人としてなかった。とても快適な学園生活だった。
「これからよろしくお願いします!」
早三年、そろそろ皆が進路……家を継いだり、嫁いだりと、神経質になってきた時。学園に異分子が現れた。
ホワイト男爵家の私生児、リリー嬢。庶民育ちの彼女は、空気の読めない子だった。殿下はそれを利用し、ますます侯爵令嬢の嫉妬を煽り、悦に浸っていた。
フローラは彼女だけは、学園で唯一味方につけなかった。百害あって一利なしだとわかっていた。
「あなた、どう思われますの。あの男爵令嬢ったら、殿下の、う、腕に触れたりして!」
「本当に……イザベラ様がお怒りになるのも尤もだと思いますわ」
放課後に侯爵令嬢に呼び出され、愚痴をこぼされたとしても、過度な注意やお灸を据えるくらいのいじめは肯定しない。注意しない。ただほんわかと、怒りの感情だけを肯定する。
「あれ、やりすぎだと思いません?」
「まぁ……何か起こったのかしら?」
「イザベラ様がリリーさんにシャンパンをかけた件ですわ! 大勢の前で……」
「まぁ……。それは大変そうね」
また、同じように殿下に擦り寄り、リリー嬢の肩を持つ者も、ほんわかとあしらう。自分は負の感情とは無縁で、興味がないように。聞いてあげるだけ。
流石のフローラも少しめんどくさく、呪いの人形に刺さっていた釘をポケットの上から撫でて、自分を落ち着けていた。連日そんな事が続きすぎて、少しでも気を抜くと、なんて頭が桃色のお花畑な方々なのかしら。人が自分に恋焦がれている姿を見て悦に浸るような変態の、どこに惹かれておりますの? と言ってしまいそうだった。いくら国家最高権力だったとしても、結婚するメリットが低すぎる男だ、あれは。
「……あら?」
今日も今日とて放課後に呼ばれ、嫌気が差していると、一応婚約者のウィリアムが、科学教師のフォレット先生に言い寄っている姿を目撃した。年上で、数年前に旦那様を亡くした……つまり未亡人だ。卒業を控えているというのに、どいつもこいつも頭が沸いている。案の定断られている姿に、フローラは鼻で笑った。
「まぁ……」
明日の王家主催の夜会で、きっと何かが起こる。そして、その先の舞踏会で、大きな事に発展する。しかし、フローラが操るべき部分ではない。自分のことならまだしも、馬に蹴られたくはない。
フローラはきっと当たる予想に憂鬱になりながら、婚約者が綺麗に振られた姿を思い出し、機嫌を直すことにした。もはや娯楽扱いしなければ、やってられなかった。




