20. 息を吸うように
フローラの予想した通り、異母兄は家の中で幅を利かせ、それと同時に第一夫人もより精力的に夫人として仕切ったらしい。つまりフローラの母は肩身が狭かった。
「お母様、学園では侯爵家のイザベラ様に温かく接していただきました」
フローラは落ち着いたトーンで軽やかに伝えた。何も心配はないのだと、貴女の娘は学園で立場ある人間に認められた……つまり、間接的に貴女が認められたのだと。
実際は囲まれて詰め寄られたのだが、最終的には嘘はついてない。侯爵令嬢はまんまとフローラを心配して逃げた。
「そ、そう」
「ああ、それと、アルバーン家のご息女と議論もして参りました。とても素敵な時間でした」
またもや嘘はついていない。議論というのは大袈裟だが、確かに知識の共有はしていた。オカルト方面の。
そうとも知らないフローラの母はあからさまにホッとし、フローラはヒステリック攻撃を回避した。
「ウィリアム様とはどうなの」
「今日は入学式でしたから、私たちと同様に殿方同士で談笑しておられました」
単に年上未亡人じゃないフローラに興味がなく、またフローラもウィリアムなど気にもとめていなかっただけだが。
「あらそう。貴女は伯爵家のためにいることを忘れないようにね」
「はい、お母様」
しかし困ったことに、学園に通うことで母の捌け口となるのは回避できたものの、縋る先となってしまっていた。
これから先、自分がいかに伯爵家において有能なのかを伝える話を用意し続けなければならない。
自室へ戻る階段を登りながら、フローラは考える。
「……仕方がないわね」
侯爵令嬢や王女様に媚びを売るのはごめんだったフローラは、社交界の情報を全て手に入れることに決めた。自分が媚びを売るのではなく、他人が売った話を聞き、操り、誘導する。それが一番楽だ。
そのために、まずは同学年の女生徒全員を懐柔する必要があった。
「あら、オリヴィア様。お髪を少しお切りになりましたか? 形の綺麗な耳がよく見えて、とても素敵ですね」
「なんでわかったの? そうなのよ!」
「デイジー様は古典に秀でていらっしゃるのですね。尊敬します。どの詩がお好きなのですか?」
「私はこれが好きなのだけれど」
「とてもわかります。ここの表現が素敵ですよね」
「ああ、えっと、定規を無くしてしまったようで……いいのですか? ありがとうございます。エズメ様は優しいのですね」
「……別に」
「クララ様のご友人になれて、私は嬉しいですわ」
「ふふ、私もよ」
とはいえ、フローラにとっては息を吸うように簡単なことだ。使用人に対していつもやっていることと変わらない。
一対一で名前を呼び、話しかけ、話を聞き、自然に褒める。友達というのはわざわざ確認しないものだが、明言することで安心し、壁を無くしてくれる。その後はもう、私は貴女を知っている、これからも知って肯定しようとしている、と暗に伝え続ければいい。あとは勝手に向こうからズブズブ嵌ってくれる。
どこかに属するのではなく、一人一人にとって特別な存在という特殊な位置に、フローラはついた。
「いやー、おっそろしいことですねー」
入学式の時は秋に色づいていた木々も青々と茂り、もうすぐ一年が終わろうとしている。
いつものように中庭で昼食を摂っていると、エマはわざとらしくフローラの頬をつついた。フローラは鼻で笑って、つついてくる手をいなす。
「あら、なんのことかしら」
「またまたとぼけちゃって。おかげで私最近寂しかったんですか……ん? あれ、でもまだ手を出していない人がいるような」
フローラはフルーツサンドイッチに香辛料をぶちかける。最近、甘いものよりも辛く刺激がある方が好きなことに気づいた。この香辛料はエマと物々交換して得たものだ。
「手を出すなんて人聞きが悪い。……イザベラ様のことかしら?」
一番手軽で、一番めんどくさい存在を、フローラは取っておいた。




