17. 強かさにも種類がある
「貴女が、フローラ・スペンサーね」
「侯爵家の華であられますイザベラ様にご存じいただけまして、心より光栄に存じます」
今日のフローラはいつもと少し違っていた。妖精は鳴りを潜め、少し気弱で優しい雰囲気のただの令嬢になっている。整った笑顔は控えめに、胸は張らずに自然体に。
全ては、王太子の婚約者、王女様の裏で社交界を牛耳る侯爵令嬢イザベラ様よりも目立たないためだ。
「そう。単刀直入に申し上げるわ、貴女、入学試験で一体何をしたの?」
取り巻きが睨みを効かせ、イザベラ様は冷たい視線を刺してくる。普通の伯爵令嬢だったら囲まれた時点で涙目だ。
が、フローラからすればなんてことなく、睨み返せば向こうのほうが泣いて漏らすだろう。しかしそんな面倒なことはしないからこそ、フローラは恐ろしい。
「滅相もございません。お恥ずかしいことに、この素晴らしき学園に通えるかどうかわからず、前日に寝ずに勉学に励んだところ……その、家の階段から落ちまして」
「……は?」
「実は、あの日の記憶がないのです」
フローラは恥ずかしいそうに目を逸らし、もじもじとした。自然に答えているが、悪魔でさえ裸足で逃げ出すほどの真っ赤な嘘である。数分で解き終わり、わざと空欄にしていた人間が、いじめられるのもわからずに正直に答えるのもおかしな話だが。
侯爵令嬢の目は点になった。取り巻きは絶句した。
「落ちたと思い、それでも縋るように結果を見に行くと合格していて……私も何が何だが」
おそらく落ちた時にぶつけたであろう場所を撫でながら、弱者らしく縮こまるフローラ。もちろん、ぶつけた場所なんてない。
「でも、こうして皆様にお会いできて本当に嬉しいです」
ふわりと柔らかに、敵意など微塵も感じさせない笑みを浮かべる。私は弱く、害がないのだと、貴女たちを尊敬しているのだと言わんばかりだ。
侯爵令嬢たちの毒は抜かれた。人はアリに威嚇しない。それと一緒だ。
「……そ、そう。大変だったわね。大丈夫なの?」
「まだ少し痛むところもありますが……お気遣いありがとうございます」
「ええ。っ無理はしないことね。……行くわよ」
フローラが人畜無害にニコニコ笑っているうちに、侯爵令嬢とその取り巻きは去っていった。私たちは調子が狂いました、とわかりやすく体現し、その後ろ姿はどこかよろついていた。
フローラはその扱いやすさを笑った。心の中で。
「……入学式は講堂だったかしら」
学園の洗礼を掻い潜ったフローラだが、彼女の気をつけるべきことは三つある。
一つ、誰も敵に回さず、派閥に入らないこと。
二つ、他人を魅了せず、恋愛などとは縁のない生活を送ること。
三つ、能力を低く見せ、目立たず生きること。
この中で難しいのが、他人を魅了しないことと能力を低く見せることだ。フローラの外面は骨身に染み付いており、気を抜けばすぐに人を魅了してしまう。全員が全員年上の未亡人好き……ウィリアムのようであればよかったのだが、世間では少数派であり、大半の人間にとってほんわかで優しい少女は性癖の範囲内だ。
また、フローラにとっての常識は他人のとっての非常識。学園の生徒でムカデを焼いたり脅しに使ったことのある者はいないだろうし、書庫の本を読み尽くすような奇人もいないだろう。ましてや悪趣味だなんて、いたら困るほどだ。
「……お友達を、作らなくては」
フローラは講堂までの廊下を歩きながら、友達候補を探していた。友達に同化し、身を隠す作戦だ。
目立たず地味で、どこの派閥にも属していないような人。野心や嫉妬などと縁がなければもっといい。自分の美貌に狂わず、そこそこに知性のあるような、そんな同級生が……。
しめ縄のような焦茶の三つ編みが揺れる。ひまわりのようなそばかすに丸メガネ。これから入学式だというのに、本を持っている。
こんな都合の良いことがあるだろうか。フローラは自分の引きの強さにほくそ笑んだ。
しかし知っているだろうか。類は友を呼ぶ……とも言うことを。




