16. 知力を甘く見てはいけない
「フローラ、お前は中等部に進学させることにした。他の貴族との繋がりを作り、我が家のために働くんだな」
伯爵がすんなりとそう告げたものだから、フローラは内心でも驚いた。というのも、使用済み鼻かみナプキンを乾かして使うような父が渋りもせずに学園費を出すとは思えなかったからだ。フローラはもう少し悩むと思っていた。
「お父様、ありがとうございます。尽力いたしますわ」
王立学園の中等部に通うのは、お金に余裕のある大貴族以上……それも中央貴族が大半だ。一応大貴族である伯爵家の中でも地方貴族に入る者達は、登校するだけで一苦労だし、高等部にしか寮はない。そのため、選りすぐりの者しか通っていない。某婚約者であるウィリアムは伯爵家の中でも上流の中央貴族なため、通っていても何もおかしくないが、フローラは少し異端だった。
「入学テストなどに落ちれば一週間は屋根裏行きだからな」
怯えたフリして凄く心惹かれていたフローラだが、後々が面倒であることを理解し、ちゃんと入学することにした。フローラが何を言っても、この決定はもう覆えせないし、覆したいわけではない。
何故なら、フローラがガヴァネスを手放した理由に、学園の中等部に通いたいというのもあった。そろそろ異母兄が学園の高等部を卒業し、本格的に内政に関わるようになる。それは母の野心がまた燃え上がることを意味していた。だから、中等部に入ってしまい、日中は家にいないことにしたかった。
テストの日はすぐにやってきた。フローラは特にテスト勉強などせず、普通に受けた。結果発表時に順位が張り出されるらしいが、あまり目立ちたくないフローラにとっては関係ない。低い点数でよかった。
「テスト始めっ!」
全員が一斉にペンを取る。フローラはものの数分で解き終わった。ほとんど思考する必要がなかった。しかし周りはいまだにペンを動かしていて、フローラは自分の知力が他人よりよほど優っていることに気がついた。テスト勉強をしないくらいじゃ埋められない差があった。
ので、解答を消し始めた。なるべくおかしくないように、合格の基準より少し上というギリギリを目指すことにした。
「……っ!」
しかし、頭のいい人間に、馬鹿の思考はわからない。フローラの標準が、他人にとっての超難問だったりする。フローラにとっては問題を解くよりも、わざとミスをする方が難しかった。フローラは珍しく苦戦した。
結果として、フローラは上位十名にギリギリひっかかってしまった。伯爵は鼻を鳴らし、母は喜んだが、学園の教師は首を傾げた。超簡単な問題が空欄なのに、配点の高い超難問……他の誰も解けなかった難問を書き直した様子なく正答しているからだ。カンニングの疑いようがないのに、不自然すぎる解答用紙だった。
「今日が初日だろう、しっかりやるように」
「私の娘ですから、大丈夫ですわ」
秋、それは入学の季節。初登校日の朝食は、伯爵は珍しく第一夫人とではなく、フローラの母とフローラとテーブルを囲んだ。フローラはとても嫌な予感がした。この第一夫人のような扱いを母が気に入ってしまったことを感じ取ったからである。
「お父様、お母様、我が伯爵家のため、しっかり学んで参ります」
フローラは優雅に頭を下げて、食堂を出て、馬車に乗る。中央とも地方とも呼べない伯爵領から学園に行くには、早い時間に家を出なければならなかった。
フローラは馬車に揺られながら、現実逃避していた。屋根裏部屋の謎の人形のことを考えていた。目が窪んでいて、口元の汚れたその人形が、どの時代のなんて職人に作られ、人々を恐怖に陥れたのかを想って気を紛らわせていた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、いってくるわ。素敵な操縦をありがとう」
ついに学園に着いてしまい、御者にお礼を言って馬車を降りる。歴史を感じさせる門を抜け、フローラは教室に入った。
そして、侯爵令嬢とその取り巻きに囲まれた。想像していた通りだった。




