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第9話 紫影暴走と“合奏の儀”

 王都ラドリアが闇に沈んだ。

 白い月が雲間へ隠れた刹那、街中の魔導灯が一斉に弾ける音を立てて消え、夜空を紫黒い羽根の影が覆い尽くした。双翼影鳥――影網が暴走して映し出す巨像は、羽ばたくたびに稲妻を撒き散らし、石造りの屋根を紫色に染める。灯火を失った通りでは荷車が横転し、獣除けの符が切れた戸口から小魔獣が飛び出し、人々の悲鳴がアーチ路地を渦巻いた。


 リディア=アルセインは王宮前通りの階段を駆け下りると、影ランタンを掲げた。

 紫の灯りが高く揺れ、濁流のようにパニックへ飲み込まれかけていた群衆の視線が一点に集まる。

「落ち着いて! 紫光のもとへ集まって!」

 影素を増幅し、ランタンの光を蜘蛛糸のように延ばして家並みの軒へ結びつける。薄紫の糸が通りを縫い、闇の中に光の網が浮かぶと、人々はそこが唯一の安全地帯だと悟る。本能の赴くままに光の下へ駆け寄り、肩を寄せ合ううち、悲鳴はかすかに安堵の吐息へ変わっていった。ロキは剣を抜き、暴走した荷馬を影鎖で絡めて落ち着かせ、泣く子どもを抱いた母親を光の内側へ導く。紫光が闇を裂く灯台となり、街路を埋める恐怖はわずかに薄紙を剥ぐように退いた。


 しかし空に浮かぶ羽根影は揺らぎを増し、いまにも地上を爪で抉りそうな気配を帯びている。リディアは息を呑み、王宮の地下へ目を向けた――影網の中枢、〈白廊〉制御柱が何か致命的な欠損を抱えたまま稼働しているに違いない。


 王宮の階段を下りた先で彼女を迎えたのは、血相を変えたユリウスと錬金講師エリンだった。

「制御柱のログを解析した。第三影鍵が欠けているせいで自動暴走が発生、それに乗じて外部からノクスの影波が追撃を掛けている」

 ユリウスの声は荒く刻まれ、背後で王城の尖塔が低く軋む音さえ陰に潜む不安を煽る。リディアは影杖の石突きを石畳に叩き、短い号令で王と参謀を呼んだ。ラファエルは王紋剣を握り、息むこともなく指示を下す。

「三枚目の鍵を探し、制御柱を完全起動しろ。私は王宮を守りつつ市民を鎮める。ユリウスは広場の医療と治安、ルーカス商会の通信網で真実を流せ」


 壁面のレリーフに隠された古い文書が示す手がかりは“天文塔の逆さ星盤”。その塔は今や宰相府の私設書庫として封鎖されている。イグランの手の者があふれる虎の穴へ潜り、影鍵を奪取しなければ王都の心臓が闇に喰われる。

 リディア、ロキ、ミーナ、エリンの四人が闇と暴徒を抜けて宰相府裏庭へ忍び込むころ、ユリウスはルーカスとともに破壊された魔導灯の代わりに携行影ランタンを高所へ吊り、市民救護所を設営していた。影ポーションを飲んで起き上がる患者の様子は、水晶SNSで文字通り“全世界へ”ライブ配信され、《影は救世》のタグが瞬く間に王都周回のトレンドとなる。世論は一夜で宰相から離反し、怒号はデモへ、デモは包囲網へと変わった。


 旧天文塔の石扉は三重の影符で封じられていたが、エリンが古錠符を逆読みで無力化し、リディアが影糸を潜らせてルーンを切ると静かに開いた。塔内は回転する書架が無数に連なる迷宮。左右対称に見えた棚は実は絶えず回転しており、視界が一瞬でも外れると方向感覚を失う仕掛けだ。ミーナのペンダントが放つ微弱共鳴が唯一の羅針盤となり、ロキは棚の支柱を叩いて音の高低差でルートを探る“影音定位”で進んだ。


 迷宮を抜けた先は重力が反転する巨大ホールだった。天井に石橋が逆さまに架かり、下は奈落の闇。リディアが影鎖を逆流させて橋へ飛び移ると、宰相親衛影剣士が天井に張りつくように跳躍し、黒刃で迎撃してくる。ロキの月閃二段が一人を吹き飛ばし、もう一人は逆さ切りでリディアを狙うが、ミーナが苦しげに掲げたペンダントから出た光で剣筋が屈折し、ロキの柄頭で昏倒した。


 最上層、星図が天井に埋め込まれた小室の中央で、逆さ星盤が淡い紫光を放っていた。ペンダントの共鳴は強まり、ミーナが指を伸ばすと、星盤の中心から菱形の影結晶が浮上し、手の中で第三影鍵へ変わる。一行が息を吐く暇もなく、塔窓の外で紫羽根が一段と禍々しく羽ばたいた。時間は残されていない。


 地上へ戻る道すがら、デモ隊が宰相府前を包囲し、魔導掲示板には《宰相辞任要求》の文字が躍っていた。王都中央広場ではユリウスが影ポーションを配り、ルーカスが「宰相こそ影毒混乱の張本人」とライブ配信で連呼。市民の怒りはイグランへ集中し、宰相府の衛兵は早くも動揺を隠せない。


 白廊にたどり着いた時、制御柱は黒い稲妻を吐きながらも立っていた。一行は息を合わせ、王紋剣、影杖、第三鍵、ペンダントを三角に配して合奏を再開する。王は黄金の光弦を奏で、リディアは三枚鍵を束ね位相を調整し、ミーナは巫女歌で影波を鎮める。三者三様の光が合わさり、柱の黒稲妻は紫の火花になって吸い込まれていった。街の魔導灯が再点灯し、紫羽根は悲鳴のような雷鳴を残して崩れ去る。広場の歓声が再び夜を震わせた。


 壁面スクリーンには同時に、宰相府の影毒工房指示書、偽詔の改竄ログ、賄賂の金流が映し出される。イグランは逃げ場なく、衛兵に拘束され、王は臨時統治権剝奪を宣告した。これで全てが終わったかに見えた――


 ――制御柱が再び脈動するまでは。

 赤い警告座標《X-00》が端末に点灯し、深層の石扉が紫黒に脈動した。別位相の影波が遠方から侵入し、柱に絡みつく。ミーナは鼓膜を震わす低い唸りを聴き、膝をつく。誰の口も動いていないのに響く笑い声――北辺廃塔の黒衣の男、ノクスの遠距離影波だ。

 「扉は開いた。影王朝の主脈よ、蘇るがいい」

 映像に映る彼は焦点水晶を掲げ、満月を背に不敵に嗤っていた。柱の結晶幹が闇に染まり、床石が震える。

 王は剣を構え直し、リディアは影杖を握り、ユリウスとロキが左右を固める。ミーナは震える指でペンダントを押さえた。


 白廊最深部への石階段が闇で満ち、底知れぬ奈落の風が吹き上がる。

 影と光はまだ決着していない。王都は二度目の夜明けを迎えるより先に、影王朝の扉――真なる闇を越えねばならない。

 リディアは紫光ランタンを掲げ、闇へ踏み出した。灯火の芯は、もはや揺るがなかった。


――《影王朝主脈編》へ続く――


これで第1章はおしまいです。お付き合いくださりありがとうございました。

明日から朝、夜の1日2回更新となります。


宣伝:工場自動化に関するポッドキャスト番組をやっています。

高橋クリスのFA_RADIO

https://open.spotify.com/episode/5o8r4G8G8wM49y0aqmWGJs?si=MwS0LJLESEW2K52_rUwNnQ

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