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第8話 白廊の封印と王都騒乱

 王都ラドリアは黎明の冷気に包まれていた。東門の尖塔が朱を含むより早く、西門前には紫光を掲げた異様な行幸隊が到着する。白馬のたてがみに王家の金糸が揺れ、その隣で揚げられた影ランタンの淡い炎が、まだ眠りを払えない市民たちの瞳を照らした。

 人波は二つに割れる。〈偽聖女こそ救国の英雄〉と囁く者と、〈影は邪悪だ〉と叫ぶ者が罵声と拍手を交互に交わし、石畳の上に張りつめた緊張が霜の膜のように薄く広がった。


 リディア=アルセインは、先頭でランタンを掲げる少年の肩へそっと触れ、灯りを高く掲げるよう促す。紫光が弧を描き、人々の顔を柔らかく照らすと喧騒の尖りがわずかに収まる。国王ラファエルの馬が門を潜り、一行は王宮へ向かった。


 * * *


 玉座の間へ入ると、黒服の宰相イグランがすでに評議台へ立ち、王命を偽造した詔書を高々と掲げた。

「陛下は体調不良ゆえ臨時統治を宰相府が übernimmt──」

 しかしラファエルは一瞥するだけで詔書を弾き返す。

「正本は王宮地下〈白廊〉の封印棚にある。捏造文書では王座は動かぬ」

 王の声は静かに玉座の間を貫き、イグランは薄い笑みで退いたが、その目には焦りの影が走っていた。


 * * *


 同刻、公爵邸の迎賓室ではブランシュ公爵、ガレス伯、その配下貴族が一堂に会し“影同盟”の急ぎの作戦会議が開かれた。リディアは黒板へ二本の矢印を書き込む。

 ①王宮地下白廊の封印解除と影網制御柱の掌握

 ②宰相派影毒工房の証拠確保――。

「宰相が動く前に二正面作戦を同時に進めます。深夜、白廊へ潜入し、鍵の欠片を探すわ」


 ロキとユリウスが護衛を請け負い、ミーナは鍵の反応を探る巫女役として同行が決定した。


 * * *


 深夜、白廊へ通じる封鎖階段には王刻印の封蝋が残るのみだった。ユリウスが近衛通行符で結界を解除し、一行は蝋燭も灯さぬ漆黒の通路へ降りる。床に埋め込まれた月白石が足音に応じてほのかに輝き、長大な回廊の先に水晶の扉が現れた。

 扉を押し開けると、高さ十メートルの白い空間に石柱が林立し、その中央に影網制御柱――影結晶で編まれた樹のような装置が聳える。しかし制御面のスロットには欠片が足りず、エラー符が赤く瞬いた。壁面のレリーフには“王と巫女が合奏し影を鎮める”儀式絵が刻まれ、鍵の不足を暗示していた。


 * * *


 地上へ戻ると王立錬金学院講師エリンが待っていた。カフェオレ色のローブを揺らし、古文献を手渡す。

「第二の影鍵は王都水道神殿、旧下層区の封印塔に保管されているようです。そして……同じ場所に影毒の量産工房があるとの噂も」

 リディアは顎に手を当てる。「白廊を動かす前に、鍵と工房、二つを同時に抑える必要があるわね」


 * * *


 翌未明、イグランは密かに近衛の一部と衛兵団を掌握し、「王不在の緊急統治令」を布告。王派貴族邸に強制捜索が入り、王都は瞬く間に警備兵と民兵の小競り合いで騒然となった。

 さらに下水区から瘴気混じりの黒煙が噴き、市民が咳と発熱で路上に倒れていく。影毒工房から漏れ出した不純薬の蒸気だった。


 リディアは馬車を改造した移動調薬カートを街角へ止め、影ポーションを即席で配る。紫の瓶が次々と差し出され、倒れていた人々が立ち上がり、家族が泣きながら平伏した。その動画は水晶SNSで街全域へ拡散し、《影は救世》の刻印付きスタンプが瞬く間に流行タグとなった。


 * * *


 宵闇が落ちる頃、ロキとユリウスは衛兵の包囲網を突破し、水道神殿の地下水路へ潜入した。せせらぎの奥では影暗殺者が待ち受け、黒刃と影剣が水飛沫の中で火花を散らす。ミーナはペンダントを握り締め、共鳴する影波に身を澄ます。石棺の奥から淡く光を放つ結晶片――影鍵第2片を発見。

 暗殺者が跳躍し奪おうとした瞬間、ユリウスの影添え斬撃が足を止め、ロキの月閃が柄頭で後頭部を打ち、敵を昏倒させた。ミーナは震えながら鍵を抱き、泣き笑いで頷く。


 * * *


 深夜零刻。白廊の制御柱が突如紫白に瞬き、誰かの遠隔影波を受け取って暴走を始めた。王都全域の魔導灯が一斉にブラックアウトし、空には巨大な羽ばたく影が浮かび上がる。羽根は双翼影鳥の紋章。その輪郭は都市の上空で紫電を纏い、雷鳴のような唸りを放った。

 玉座の間で報告を受けたイグランは蒼白になり、「制御は我らのはずだ!」と叫ぶ。遠く離れた廃塔の屋上ではノクスが月光を背に嗤い、その瞳に映る都市闇に喜悦を滲ませた。

「祭りの始まりだ、影の王も聖女も。この夜を越えられるか?」


 リディアは白廊の入口で第2鍵を掲げ、崩れ落ちそうな天井を見上げた。紫羽根の影がガラス窓を震わせ、広場には怯えた群衆の悲鳴が反響する。

 ――制御柱を止めるには、最後の鍵と“合奏の儀”が必要だ。

 鼓動の速さが、影網の雷鳴と重なって聞こえた。


 夜空は紫に裂け、王都の運命を飲み込む闇と光の境界線が、今まさに引き直されようとしていた。


宣伝:工場自動化に関するポッドキャスト番組をやっています。

高橋クリスのFA_RADIO

https://open.spotify.com/episode/5o8r4G8G8wM49y0aqmWGJs?si=MwS0LJLESEW2K52_rUwNnQ

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