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第六話 古代遺構と国王視察


 夜明け前、グレイムーン鉱山の坑道は黒水晶の静寂に沈んでいた。

 崩落から数時間。影ランタンだけが闇を裂き、岩壁に紫の脈を宿す。リディア=アルセインは護衛騎士ロキと並んで足場板を渡り、昨夜あらわになった青銀の扉を見上げた。縦三メートル、横二メートル強。魔導精錬では不可能とされる鏡面仕上げの魔鋼に、双翼を持つ影鳥の紋章が浮かび、くぐい色の光が揺れている。


「測定結果は合金組成、影属性素子濃度が常識の五十倍。王家の文献で記された“影王朝”時代の魔鋼と一致します」

 リディアが水晶板のデータを示すとロキはうなる。「影王朝……千年前に王都北部で滅んだ幻の王朝か。ここは辺境だぞ」

「当時、この盆地は内陸湖だったと推測されているわ。地形が変わったのね」


 リディアは扉の中央に嵌めこまれた影結晶へそっと手を伸ばした。黒曜石に似た質感が体温を奪い、脈動する闇の波が指先に浴びせ返る。

「鍵は影マナの周波数。ただし周波数帯が失われていて、開錠は危険――今は補強を優先しましょう」


 ロキが頷き、元盗賊の作業隊に指示を飛ばした。支保工と木枠で坑壁を補強し、扉の周囲に滑落防止の柵を立てる。作業の合間、リディアは影粉のパテで裂け目を塞ぎ、崩落の再発を防ぐ。影ランタンが吊り下げられ、脈打つ闇は布で覆われた。


* * *


 坑道から戻ると、朝焼けが廃村の瓦の破片を朱に染めていた。そこでリディアたちは思いもよらぬ使者と出会う。深緑のフードを纏った飛脚が、王家の鷹紋章入り筒を掲げて馬を降りたのだ。


「ブランシュ公爵令嬢リディア殿下に、国王ラファエル陛下より御文!」

 桶太鼓のような声が広場に響き、村人が凍りつく。伯父ガレス伯は顔を青ざめかせながら筒を受け取り、封蝋を割る。読むうちに肩が震えた。


「三日後……陛下がご行幸、影ポーション製造視察……?」

 リディアは首肯した。「予想より早い。正式発表前に現地を確認し、王都の風聞を片付けたいのね」

「だが迎えの準備など無理だ!」ガレス伯が頭を抱えた。「食料も隊列も、人手だって足りん!」

「だからこそ今やるのです」リディアは笑みを浮かべ、屋外黒板へ歩み出る。「やることは多いけれど、分割と優先度で解決できます」


* * *


 黒板に白チョークが走る。

 ――**《対国王行幸タスク WBS》**――


 ①影ポーション量産ライン完成

 ②宿営地・村落の衛生改善

 ③坑道遺構の安全隠蔽ネット設置

 ④王迎え式典(演壇・合唱・影ランタン)

 ⑤食料・寝具・医療備品手配


「各タスクを班で回します。盗賊……もとい護衛隊は③と①の補助。村民は②と④を担当。商人ルーカス班に⑤の購買と輸送を委任。班長の調整はミーナ」


「わたしが?」ミーナはメモ帳を落としそうになった。

「あなたなら出来るわ。影幕の組み立てや炊き出しの指揮、昨日見事だったでしょう」


 ミーナは蒼い瞳を輝かせ、姿勢を正した。「副官、拝命いたします!」

 元盗賊の男たちが「姉ちゃん頼むぜ」と親指を立てる。村人は女性が指揮を執ることに驚きながらも、リディアの声に背を押され、かつての“盗賊”と肩を並べた。


* * *


 昼下がり。影マナ炉【試作α】が再点火した。前夜の暴走原因――冷却パイプ配管角度を調整し、影結晶の周波数を炉殻のルーン石に合わせて同調させると、紫炎は穏やかな脈動に変わった。連続蒸留塔へ影蒸気が流れ、ガラス管から深紫色の液体が一滴ずつ零れ落ちる。最初の瓶が満たされると、アルベール商会代理人ルーカスが指を鳴らして叫んだ。


「市場価値、一本三千クラウン! 百本なら三十万、王都でも砦でも飛ぶように売れる!」

 だがリディアは首を振る。「領民優先で半額、教育費・医療費に再投資。残りを王都へ送るわ」

 ルーカスは面食らうが、目に商才の炎を宿した。「……慈善も商売も両立ですね。了解!」


 棚に整然と並ぶ百本の影ポーション。瘴気病で呻く村人が列をなし、リディアの手から薬を受け取り、十数秒で顔色を取り戻す。子どもたちが咳を止めて踊り出し、ガレス伯が胸の前で手を合わせた。


「姪よ……この光景を見せてくれてありがとう」

「まだ始まりです。明日は二百本。ラインを増設し、在庫を積み増しましょう」


* * *


 王都ラドリア宮廷。宰相イグランは紫絹の長衣を翻し、玉座前で国王ラファエルに進言していた。「陛下、影という異端術に国璽を与えるのは危険。ご行幸は中止に」

 だが若き国王は琥珀色の瞳を冷たく光らせた。「報告書の真贋は私が確かめる。遠征の準備を続けよ」

 イグランは唇を噛むと、部屋を辞して私室へ戻り、密偵へ捏造研究報告を作成させた。――“影ポーションは人体を崩壊させ中毒を起こす”。それを護衛隊長へ渡し、不安を煽る算段だ。


 しかし情報は近衛第一師団長ユリウスにも届いた。彼は報告書に走る二重改竄痕を見抜き、影で消された筆跡を透かし読みして眉を寄せる。「宰相の罠か……陛下を守るには、彼女に真実を語らせるしかない」

 ユリウスは鋼色の鎧を纏い、王旗斥候を率いてグレイムーンへ先行した。


* * *


 同じ夜。坑口に吹き込む冷風が影幕を揺らす頃、作業隊の一人――元盗賊の若者ジノが単独で坑道へ潜り込んだ。手にはツルハシ。古代扉の財宝を夢見て、影結界を潜ったのだ。しかし扉前へ踏み込んだ途端、床の魔導罠が発動し、黒鎖が足を絡め激痛を走らせた。


 悲鳴を聞いたロキが駆けつけ、影剣で鎖を切り、ジノを抱えて退く。戻った広場でリディアは治療を施しながら、作業隊全員を集めた。


「扉は影鍵が無いと開きません。無許可の侵入は自分だけでなく仲間を危険にさらす。二度目はありません」

 盗賊出身の隊員たちはうなだれ、ジノは土下座。「すみません……火急の労働誓約を破る気はなかったが……」

「ならば行動で示して。明日から排水班を統括してもらうわ」

 ジノは目を見開き「責任者……?」と呟いた。兵隊長としての役目を与えられ、涙ぐみながら誓った。


* * *


 夜半、リディアは地下研究室で影鍵シミュレーションを続けていた。扉の鍵穴――影晶スロット――に挿す影結晶のマナ波形を調整するも、どうしても最後の位相が合わない。古代王朝の記録欠片は少なく、手詰まりだった。


「何か……共鳴する同系周波数が必要……」


 そのときミーナがペンダントを手に現れた。「姫様、母の形見を見てください。紋章が扉と似ていて……気になって」

 リディアが灯を当てると、銀のペンダントの小さな飾りに、双翼影鳥のミニチュアが刻まれている。陰刻は魔鋼に似た光沢を宿し、微かな波形が扉と共振している。


「これは……鍵穴の位相と近い。ミーナ、あなたのご家系は?」

「母は孤児院出身で、出自は分かりません。ただ一度も手放すなと言われて……」


 リディアは目を細め、ペンダントから影素を抽出し波形を読み取る。「これなら扉を開けられるかもしれない。でも危険。王の視察後に試しましょう」

 ミーナはうなずいたが、瞳の奥に自分のルーツへ通じる扉が開く期待が揺れた。


* * *


 翌日、王迎え式典のリハーサルが開始された。広場の特設舞台で子どもたちが練習歌を歌い、影ランタンが木柱に吊り下げられる。瘴気病から回復した村人たちが太鼓を叩き、踊り手の輪が広がる。リディアはロキと舞台袖で進行を確認し、合間に即興のダンスステップを踏む。影幕の下で流れる音楽に合わせ、ロキがリディアの腰を支えターン。二人の影が舞台裏の壁に寄り添い、仄かな甘い空気を生んだ。


「姫がこんなに楽しそうなのは初めて見る」ロキが低く笑う。

「あなたたちが支えてくれるからよ。……でも油断はできないわ。宰相は必ず動く」


 リディアはステップを止め、遠い王都の空を思った。影はまだ深く、夜を引き裂くために刀を研いでいる。


* * *


 視察前夜。山間街道ではラファエル国王の前衛斥候隊が進み、松明の列が蛇のように続いていた。斥候隊長ユリウスは馬首を進め、左右の闇を警戒していたが、突如、木々の上から黒影が降りかかった。矢が闇を裂き、影刃が火花を散らす。


「影魔法!? 敵襲!」


 ユリウスは剣を引き抜き騎乗斬り。黒装束の暗殺者は影波で馬の脚を払おうとしたが、ユリウスの銀刃が影を切り裂く。地に伏した暗殺者が呪文を叫ぶと黒炎が弧を描いたが、ユリウスの盾ルーンが光を弾き、続けざまに打ち込んだ逆袈裟が敵のマントを断った。


 三十秒で沈黙――暗殺者は毒薬を噛み自死した。ユリウスは眉根を寄せ、死体が残した紫煙の波形を観測する。影の周波数はリディアのものと酷似していた。


「影を汚す者……宰相派の私兵か。だが真相は現地で確かめる」


 ユリウスは部下に王の隊列へ急報を命じ、自らは夜空を仰いだ。星は雲に隠れ、夜闇が深さを増している――しかし真の影は、グレイムーンで夜明けを待つ少女のもとにある。


「アルセイン嬢、貴女の影の剣を……貸してもらうぞ」


 ユリウスは馬を踵で蹴り、山道を走らせた。影と光が再び交差する、運命の三日後へ向けて。


宣伝:工場自動化に関するポッドキャスト番組をやっています。

高橋クリスのFA_RADIO

https://open.spotify.com/episode/5o8r4G8G8wM49y0aqmWGJs?si=MwS0LJLESEW2K52_rUwNnQ

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