第12話 主脈前哨基地
黒曜武廟の闘庭は熱の残滓だけを吐き出し、静寂に沈んでいた。石床を切り裂く虹色の焦げ跡、飛び散った影結晶の破片、そして空へ溶けたディアベルの残炎。王紋剣は封印符で鎖を巻かれたまま岩盤に突き刺さり、ロキの光屈折刃は半ばから粉砕している。ミーナの光翼は薄灯のように瞬き、魔力残量を示す透過表示は赤に近い橙だった。
「追撃は……無理だな」ロキが欠けた刃を見下ろし、短く息を吐く。
「宝珠を媒介した座標転移よ。こちらに逆探知の眼がなければ追えない」リディアが即答し、黒曜石壁を叩いた。「敵が残した通信端末を奪う。そこから転移ログを引きずり出せばいい」
エリンが壁面の亀裂を指差した。「あれ、影導石端末らしいコネクタ跡!」
近づくと、黒く焦げたコンソールが岩に埋まっている。端末表面には焼け爛れた影王朝文字と、真新しい使用履歴のルーン刻印。ディアベルが転移前に触れた痕が生々しく残っていた。
だが基板の半分は熔解していた。ジゼルが肩の斧を下ろし、拾ったプリズム片で簡易光ファイバを作る。ロキは刃先の余熱を利用し、影溶接で回路をつなぎ直した。ミーナが第三律で周囲の干渉波を抑え、リディアが影鍵をコンソールへ挿入する。
紫の火花が走り、端末が心臓のように脈動した――同時に黒い蛇影が画面を奔った。ノクス側マルウェア《NightEye》だ。エリンがキーを連打するが、コマンドは次々と書き換えられる。
「鍵を貸して」リディアは影鍵を奪い取り、深呼吸した。紫鍵符が端末内へ潜り、闇のコードを裏返す。三十秒のカウントを自ら唱える。
《27…23…17》 蛇影はコード列を噛み千切るたび霧散しかけ、直後に別プロセスで再出現。
《10…5》 ミーナの翼がほのかに明度を増し、鍵符の回転が速まる。
《0》 黒い蛇は灰と化し、端末が月白色に光った。ノードは完全に支配下へ落ちた。
スクリーンが砂嵐を抜け、王都中央広場の映像を映しだす。ユリウスが血相を変えて身を乗り出した。
「映ったか! 補給カプセル二号は敵に破壊されず回収できた。資材は無事だ」
背後でルーカスが商隊の契約書を掲げる。「迂回商路で二十四時間内に降ろす。こっちに任せろ!」
回線を閉じたエリンが転移ログを引きずり出し、座標を読み上げた。「深度マイナス六八五、主脈核外郭ゲートハブ。宝珠のエネルギーで主脈ゲートを開けるプロトコル付き」
紫黒の稲妻が遠雷のように武廟の天蓋を照らした。ミーナの翼が共振し、胸の奥で脈が速まる。時間が縮む音が聞こえるようだった。
ノード室を前線拠点に転用する。影浄化フィルターを通路へ吹き、瘴気濃度を四割削る。ラファエルは新しい包帯を巻き、剣は封じたまま拳を握った。
「剣が無くとも進む。影網を守るのは剣だけじゃない」
ジゼルは斧刃を研ぎ、ロキは欠けた刀身にプリズム片を嵌めて即席の鋸状エッジに仕立てた。
主脈核外郭へは二つの道――崩落頻発だが瘴気薄の採石坑か、瘴気濃度二倍だが距離半分の降下パイプ。リディアは地図を睨み、残り時刻を思い浮かべる。
「降下パイプ。瘴気薬は私が増量調合する。時間を買うわ」
警報が頭上で炸裂した。《圧入ラインG準備完了 残17:48:22》。壁が紫黒の息を吐き、空間が震える。
ロキが剣を構え直し、欠けた刃に微笑みを写した。「一気に突き抜ける」
ジゼルが梯子に足を掛け、影薬のカートリッジを嚙み砕き喉へ流し込む。ミーナの翼が薄光を放ち、リディアは影鍵杖を灯りに変えて降下口を開いた。
風は熱く、粘り気を帯び、硫黄よりも甘く腐った匂いを孕んで吹き上がってくる。下からは大地の鼓動のような低い唸り。
リディアが一歩を踏み出し、暗闇へ躍り込む。その背でロキが剣を振りかざし、ジゼルとエリンが梯子を滑る。包帯の隙間からにじむ王の血が、紫と金の影光に照らされる。
残り十七時間四十八分。宝珠は闇の奥で脈を打ち、双剣の影が牙を研ぎ、主脈核は雷鳴で迎えの鼓を鳴らす――地上と地下、光と影、すべてを繋ぐ道はひとつしかなかった。
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