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三 逸話の章

 凪は、自分は石や木を根付や飾り物に仕立てる細工師で、今も材料になる端材を拾いに河原へ行った帰りなのだ、と言葉少なに語った。

 しばしの沈黙。

 何とはなしに、風に揺れるイチリンソウを眺めていた凪に、


「こちらは相変わらずよい薬草が育っておりますね」

「りんさんは、前にもこの辺りに来たことがあるのかい?」


 目を丸くした凪に、りんが頷く。


「以前に通りがかりました。わたくしはあちこちで薬草を探し、それで薬を拵えておりますので」


 土地によって、同じ植物でも薬効に差が出る。年々効能が衰えたものしか採取出来なくなっていく土地もある。


「お陰様で、良い薬を拵える事が出来ます。ありがたいことです。屹度、土や水の力が強いのでしょうね」


 安定した質の良い草花が採れる土地は、その他の恵みも期待出来るのでは、と、細い目を更に細めるりんに、凪が何とも言えない顔をした。


「どうなさいましたか? まだ傷が痛みますか?」


 凪が、何でもない、と慌てて首を振る。

 再び沈黙が訪れた。

 今度も、口火を切ったのはりんだった。


「ところで、わたくしはこのような生業でございます故、あちらこちらを訪ね歩いております。すると、いつの間にか身の内に、四方山話が積もり積もってはち切れんばかり。もしよろしければ、吐き出すお手伝いをしていただけないでしょうか?」

「手伝い?」


 首を傾げる凪に、りんが口の端を吊り上げ、語り始めた。


「ある村では、若い娘は決してタケノコを口にしてはいけない、という決まりがございました」

「タケノコ? 何で食べたらいかんのかい?」


 興味を引かれた凪が身を乗り出す。


「昔語りで、若竹に赤子が入っていたという話が伝わっているそうです。それ以来、もし食したタケノコに赤子が入っていて、それが元で覚えのない懐妊などという事になったら体裁が悪いと、未婚の女性はタケノコを口にしなくなった……ということでございました」

「じゃあそれは、若い娘だけなのかい?」

「ええ。男性は勿論、女性でもご年配の方は普通に召し上がります。此方が心配になる程召し上がる方もいらっしゃったので、タケノコがお好きなのですね、と伺うと、そのご老母はしれっとしたお顔で『なに、赤子をあと二、三人も産んでやろうかと思ってナ』と仰ってました。ご家族の皆様、特にご老父は気まずそうに下を向いておいででしたが」


 凪が思わず噴き出す。思いの外話し上手なりんの語りに、凪はいつしか引き込まれていた。

 都で流行っている布地の色柄、流行り歌。山で猟師が見たという大猪と大蛇の戦い。この辺りでは見かけない美しい鳥の話、等々。

 中でも、凪の興味を引いたのは、遠く離れた海辺に伝わる話だった。


「極稀に、海原に不思議な景色が浮かんで見えることがあるそうでございます。それはそれは絢爛豪華な美しい城や国が浮かぶのだそうですが、どれ程船を漕いでも、決してそこには辿り着けないのだとか。それもその筈、その景色とは、大蛤の見ているる夢なのだそうです」

「大蛤?」


 りんは頷いた。


「海の底で眠る大蛤の夢が、泡と共に海の上に浮かんで来て映し出されるものだそうです。大蛤、即ち(しん)が吐き出す気の楼閣という意味で、『蜃気楼』と呼ばれております」

「もしかして、りんさんも『蜃気楼』を見たのかい? それとも、偉い坊さんなんかにしか見えないもんなのか?」


 凪の問いに、りんが首を振る。


「残念ながら、わたくしは見たことはございません。ただ、実際に見たとおっしゃる方々のお話を聞く限り、『特別な方にのみ見える』というものではなく、『特別な条件で見える』というものの様に感じました」

「特別な条件?」

「はい。海水は冷たく空気は暖かいとか、無風であるとか日照とか、様々な条件さえ満たせば、どなたでも見えるのではないかと。或いは、実際にどこかに存在している風景なのでは、と考える方もいるようでございますよ」


 凪は、忘れていた呼吸を思い出したかのように大きく息を吐いた。


「何だそうか……やっぱり、大蛤なんて居らんのだろうか」


 常に三日月形に撓むりんの口の端が、更にきゅうっと上がった。


「条件が合えば見られるという事と、大蛤など居ないという事が、同じとは限りませんよ?」

「え?」


 怪訝そうに眉を顰めた凪に、


「先にあげた条件で夢を吐き出すのが大蛤の(ことわり)なのかもしれない、ということでございます。人には人の理があるように、どのような生き物にも理はございます。大蛤がかつて目にしたものを夢に見ているのではないと、どなたが証し立てられましょう」

「りんさんは信じとるのかい? その……大蛤のことを」


 りんは凪の問には答えず、「この世には、わたくし如きの思いの及ばないことの方が、ずっと多うございます」と呟き、凪の膝の上に乗った道具袋に目を遣った。


「凪様がお持ちのその石も、もしかしたら、なにものかの吐き出した夢の欠片やもしれませんね」


 凪は道具袋から掌程の大きさの石を一つ取り出し、


「はは、まさか。ここは海から遠い、蛤など居らんですよ。こいつは小綺麗だし、何か細工でもしてみようと思って拾ったもんです」


 ついさっき河原で拾った、黒くざらざらとした手触りのそれは、所々に覗く白い斑が内側から輝いているように見え、不思議と目が吸い寄せられるような魅力があった。


「ふふふ。さて長々とお耳汚し、大変失礼致しました。わたくしはそろそろ薬草採りに戻ります。凪様、おみ足の具合はいかがでございますか?」


 そう言って、りんはゆっくりと立ち上がり、柳行李を担ぐ。

 ぼんやりと石を眺めていた凪が我に返り、慌てて立ち上がると、深々とりんに頭を下げた。


「ああ、もうすっかり痛みはないです。本当に助かりました」

「それは良うございました。ですが、暫くは傷に触れないよう、お気を付け下さいませ。それでは、お先に失礼致します」


 りんは凪に丁寧に一礼すると、藪をかき分け山に消えていった。その後ろ姿を見送っていた凪は、ふと掌の石に目を遣り、首を傾げた。


「俺、りんさんにこれを見せたっけか……?」

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