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十二 翁の章2

 ……爺様は里を出ることになってからも、ずっと、その薬売りとした約束を忘れんかった。でもな、儂が童だった頃、「約束だから、誰かに親切にするんか?」って聞いたら、おっかねえ顔で叱られたっけ。約束は約束、それはそれ、ってな。何でも言うことをきくような男じゃなかったけど、困ってる人に手を貸すのは躊躇わんかったよ。


 そんな訳でな、儂があんたさんから金子を貰うわけにゃいかんのだ。その代わり、困ってる誰かがいたら、あんたさんの手を貸してやってくれ。無理するこた無い、出来る範囲で構わんよ。

 そうだ、あんたさんも薬屋なら、爺様を助けてくれた薬売りを知らんか? 流石に本人はもう居らんかもしらんが、身内が居るかもしれん……


 や、こいつは嬉しい偶然だ!


 そうそう、確かにそんな名だった……あんたさん、そのお身内さんを知っとるなら、そのお人にこいつを渡してくれんか?


 いや、こいつは儂が拵えたもんじゃない、爺様が拵えたもんだ。渡してくれたら爺様が喜ぶだろう。


 ははは。そりゃ、滅多矢鱈と信用するってこっちゃあねえさ。けど、あんたさんは約束を違える人には見えねえ。儂ぁこう見えて鼻が利くんだ。その鼻がさ、こいつをあんたさんに預けろって言ってんだよ。年寄りを助けると思って、どうか預かってやってくれんか。手間ぁ掛けて済まんが、爺様の恩人に渡しとくれ。


 さあて、婆様のことはよう知らん。おっ母が物心つく前には居らんかったってさ。けど「お前は()()さんから預かった大事な子だからな」って、大事に、大事に育ててくれたんだと。爺様、よっぽど婆様に惚れとったんかな。そのくせ、最後まで惚気も里の事も一切語らんかった。だから、あんたさんに聞かせるられるような話は、本当になーんにも無いんだよ。すまんね。


 おや、いつの間にか雨は上がってたのか……もう行きなさるのかい。そうかい、気ぃつけてな。

 ああ、あんたさん、名前は……おや、どこに行きなさった。はて……



 薬売りは翁の家を遠くに眺め、腰に下げた根付けに手を触れた。大小の貝を精巧に模した不思議な手触りのそれは、黒く磨かれた面に所々混じった白い斑が、柔らかな光を滲ませている。

 薬売りの細い目が、弧を描く。


「あの日のお代、確かに頂戴いたしました」


 一陣の風が吹き、その言葉を絡め捕る。風が渦を巻き消え去った後には、樟脳のにおいだけが残されていた。

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