STORIES 091: 愛せないのは罪ですか
息子を産んだ瞬間、わたしは主人への興味を失った。
嫌いになったという訳ではない。
けれど、愛情だと思っていた気持ちは跡形もなくかき消されていた。
ただの友人、それ以下かもしれない。
もはや心も体も、触れ合うことはない。
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もっと重大な問題、わたしは息子も愛していない。
もちろん人並みには、子育てに取り組んできた。
常に睡眠不足でミルクを与え、離乳食は手づくりにこだわり、公園や動物園に足繁く通い、習い事も一緒に頑張った。
でも、それだけ。
自分の子供を可愛いと感じたり、何よりも大切に思うということが、どうしてもできなかった。
理屈ではなく…
多分わたしは誰も愛することができないのだろう。
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主人とわたしは、学生時代に社会福祉系のサークルで知り合った。
似たような性格の2人だからか、気がつくと隣りにいることが多く、自然な流れで交際を始め…
社会人になって3年、妊娠をきっかけに入籍した。
わたしは他の男性を知らない。
というよりも、愛情とはなんなのかよくわからない。
義務感だけで過ごす毎日。
母親として、妻としての役割をこなすだけ。
毎日が息苦しく、そして虚しい。
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そんなわたしでも、恋をしたことはある。
高校生の頃のクラスメート。
バスケ部に所属していて背が高く、裏表のない明るい性格。絵に描いたような人気者だった。
わたしは…
クラスに何人かいる、地味で消極的なタイプ。
女の子の友達はいたけれど、男の子とはうまく話せなかった。
素敵な人だな。
気が付くと、彼の姿を目で追ってしまう。
でも、それだけ。
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あるとき校舎の階段を上がっていると、彼らのグループがワイワイと賑やかに降りてきた。
通り過ぎようとしたわたしに気付いた彼が、にこやかに話しかけてくる。
「山村さん、先生が教室で探してたよ!」
名前を呼ばれたことに驚いてしまい、ただ、ありがとうと呟くのが精一杯だった。
わたしなんかの名前、知っててくれたのか…
それきり。
3年間おなじクラスにいたけれど、その一度しか言葉を交わしていない。
多分わたしは、彼の高校時代の記憶の中には残っていないだろう。
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夫婦の会話はある。
けれど、生活をしていくうえで必要な話だけ。
ちっとも楽しくないし疲れる。
中学生になった息子は両親に似ることなく、割と明るい性格に育った。
テレビを観ながら、ああでもないこうでもないと、おしゃべりをしていることも多い。
わたしたちが食卓を囲む様子を見たら、よくある家族だと感じるかもしれない。
これが家庭というものなのかな。
主人は、浮気をするようなタイプではない。
わたしだってそうだ。
つまり決定的な問題もないまま、この暮らしはずっと続いてゆくのだろう。
いつまで?
なんのため?
愛するってどういうことだろう。
正解がよくわからない。
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夕暮れの荒野にひとり佇むわたしは
地平線に沈んだ太陽の残りを見つめている
見渡す限り動くものはいない
鳥の群れさえ視界に入ることはない
目を閉じると浮かぶ、心の中の風景。
わたしはいつでも孤独を感じながら生きている。