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【前編】 カメをイジメた子供の正体

亀を助けた浦島太郎は竜宮城へと招待されます。乙姫は歓迎しますが、彼が見えなくなると鬼の形相へと変貌します。


「もうすぐよ、もうすぐ私の長年の夢が成就する……」


彼女は自室に駆け込み、手文庫の蓋を勢いよく開けました。


-----------------------


話は数年前、いや場合によっては数百年前にさかのぼります。


ここは田舎の漁師町。浦島太郎という若者が仕事を終え、浜辺を歩いておりました。すると少し離れたところで、何人かの子供の騒ぐ声が聞こえます。その様子に少し違和感を覚えた太郎は、子供達が輪になっている場所へと近づきました。


すると、どうでしょう。歓声が響く輪の中心には大きなカメがいて、小さな暴君たちは、その愚鈍な生き物に石をぶつけたり、棒でつついたりして遊んでおりました。


それを見た太郎は、


「これこれ、弱い者いじめをしてはいけないよ」


と言って、子供たちに小遣い銭を渡しカメを助けました。


「さぁ、海へおかえり。もう、二度と捕まってはいけないぞ」


太郎はカメに優しく声をかけると、家路へとつきます。救われたカメは太郎の方を一瞬振り返り、そのまま海の中へと消えていきました。


一人と一匹の去った浜辺。先ほどまで騒いでいた子供たちの声が、突然パタリとやみました。もう浜辺には、誰一人としておりません。ただ、子供たちのいたあたりには、太郎が与えた小銭が砂の上に散らばっておりました。


竜宮城に戻ったカメは、一部始終を乙姫に報告します。そして翌日、カメは主人の命を受け、浦島太郎を迎えに行きました。


「太郎さん、太郎さん」


普段通り、仕事を終え浜辺を歩いていた太郎が誰かに呼ばれます。太郎が辺りを見まわすと、波打ち際に大きなカメがいるではありませんか。


太郎は少し考えた末に


「あぁ、お前は確か、三カ月くらい前に私が助けたカメじゃないか」


と、言いました。


「ご挨拶が大変遅くなってしまい申し訳ありません。実は私の主人が、是非あなたに御礼をしたいと申しておりまして」


カメが、太郎の前へと進み出ます。


最初、太郎はカメの願い出を断りましたが、余りの熱心さにカメの主人の居城、竜宮城へ行く事を承諾しました。


太郎はカメの背中に乗り、ザブンと海へと入ります。不思議と息は苦しくなく、一人と一匹は順調に竜宮城へと向かいます。太郎の顔は未知への期待に輝いておりました。


さて、ここまでのくだり、普通なら様々な疑問が湧くところです。しかし、太郎は意に介しません。若さもありますが、彼は細かい事を気にしない、屈託のない好青年だったのです。


二十分も海の中を進んだでしょうか。竜宮城へ到着した太郎は、そのたたずまいの煌びやかさに驚きます。更にはカメから紹介された乙姫の美しさに、二度ビックリしました。


「太郎様、この度はカメが大変お世話になりました。心ばかりの宴を用意いたしましたので、どうか存分にお楽しみください」


乙姫の言葉を受け、太郎は侍女に連れられ宴会場へと向かいます。


……そして彼の姿が見えなくなった後、


「ここまでは、上々の出来ですね。よくやってくれました」


乙姫は、カメに礼を述べました。


カメは浮かない顔をしながら、


「姫様、今ならまだ間に合います。彼を早々に陸へと返しませんか?」


と言いました。


「何を言うのです。せっかくお前の妖術で作った幻の童たちを使ってキッカケを作り、まんまとここに連れ込んだのではありませんか。それを……!


ふん、だけど奴が間抜けな男で助りかりましたね。少し思慮深い者であれば、こうまで容易く竜宮城へ引き入れるのは難しかったでしょう」


乙姫は侮蔑の表情を浮かべながら、太郎の消えて行った方を見つめます。


「でも、彼はある意味関係のない人物でしょう。それに自作自演とはいえ、子供達から私を救ったのは、紛れもない彼のまごころからだと思います。


そんな彼を……」


「おだまりなさい!」


カメの説得を制した乙姫は、鬼の形相をして叫びました。


「仮に奴が善人であろうと関係ない。お前は”ある意味関係ない”いったけど、逆に言えば”ある意味関係ある”ともなるわけでしょう? それで充分です」


余りの剣幕に、甲羅に冷たいものが流れるのを感じたカメでしたが「もう、何を言っても無駄か……」と諦め、主人に従う決心を致しました。


それからは、太郎にとって夢のような毎日でした。飲めや歌えの大宴会、常にその傍らには美しい乙姫の姿。彼が時間を過ぎるのも忘れ怠惰な生活を送ったとしても、誰がそれを責められるでしょう。


しかし酒宴の酔いがさめると太郎は時折、地上に残してきた家族の顔を思い浮かべました。


「みんな、どうしているのだろう? さぞや心配しているだろうな」


太郎は乙姫に、地上へ帰してほしいと頼みました。彼女はいったんは承諾したものの、太郎の袖に頬をあて「寂しくなりますわ……。だって私は貴方の事を……」そう言って、乙姫は太郎の目を見つめます。


太郎とて若い男。絶世の美女の思わせぶりな態度を無視するなど出来るわけがありません。


「も、もうしばらくなら……」


太郎はズルズルと、別れの時を引き延ばしました。


「乙姫様。もう十分ではありませんか? そろそろ、あの男を地上へ帰しては」


そんな光景を何度も目撃したカメが、主人に再び進言します。


「まだです、まだ物足りません。我が怨み、こんなものでは晴れはしません」


乙姫は太郎に見せた甘美な顔から、夜叉の顔へと変貌しました。




「乙姫様。本当に今まで有難うございました。でも私は地上へ帰ります」


太郎が竜宮城へ来てから三年も経った頃でしょうか。ついに太郎は、その決意を乙姫に伝えました。その眼には何ものにも動じない覚悟がまざまざと表われており、もはや自らの誘惑も通じないと乙姫は悟ります。


「そうですか。わかりました。お引き留めは致しません」


この城の主人である乙姫の言葉に、太郎は安堵します。彼女の許可がなければ、竜宮城を出る事はかなわないのですからね。


「ならば、せめてこれをお持ちください。我が城に伝わる宝であり、私の気持ちが詰まった”玉手箱”です」


乙姫は小脇に抱えられるほどの箱を、太郎へと差し出しました。


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