第1章(7) これで全員そろったな
目を開けたら、カーテンの隙間からまぶしい光がこぼれていた。寝返りをうって布団にもぐり直したら、いつものベッドで目が覚めたことを実感した。あぁ、今日も平穏な日常……
「昼メシはまだかーッ!」
……あぁ、うるさい妖精もどきが叫んでいるのも、すでにいつもの日常になってしまっているよ。
「……昼メシ?」
なんとなく窓の外をのぞいたら、お天道様はとっくに空高く昇っていた。……うん、よく寝たはずだ。
「お主、さてはわしを飢え死にさせるつもりだな!」
「大げさな……朝と昼くらい食べなくても、死にゃしないよ」
「朝は大丈夫だ。棚の奥にあったパンを食べた」
「そ、それ、とっておいたやつ……!」
楽しみにしていた獣人特製パンだったのに……くそっ、今度からあそこの棚より見つかりにくいところへ隠さないと。
「まぁ、さすがのわしも疲れたから、日の出の後まで寝ていたがの」
「充分早いって」
反射的にツッコんでしまったけど、冗談じゃなく、昨日は本当に大変だった。
結論から言うと、オレ達は無事に収容施設跡の地下から脱出することができた。少なくとも、こうやって寝起きからシオンの暴挙をあしらうくらいは元気だ。
でも、じつを言うと、どうして助かったのかはわからない。がれきを刀で斬り崩そうとして、抜き打ちの一撃を放ったところまでは覚えている。がれきはうまく砕け飛んだと思うんだけど……その衝撃もあったからなのか、直後に地下全体がひしゃげるみたいに崩れて、目の前が真っ暗になった。もちろんそのまま生き埋めになるはずだったのに、気が付いた時には館の門の外にいたんだ。
「わからないんだよなぁ。なんであそこから出られたんだろ」
「細かいことは気にするな。ハゲるぞ」
いやいや、大いに重要な問題だって。あんな絶体絶命の状態から生きて出るなんて、神サマが助けてくれないと無理だよ。この尊大な妖精もどきなら、たとえ神サマを見ていても驚かないだろうけど。
「それより、早く行かなくてもよいのか?」
「そうだ、ヤバい!」
今日は森で集まる約束だったんだ! あのまま寝てしまった血と埃のついたシャツを着替えて、余裕のシオンを追いかけるようにあわてて飛び出した。
丘を駈けおりて、森には早くについたものの、よく考えたらここからどうするか、まったく考えていなかったから大変だ。こないだ軽く遭難したばかりだっていうのに、無謀にもまた突き進んでいったら、やっぱりぐるぐるさ迷ったあげく(その間に何回シオンにドツかれたか……)、奇跡的にもリトルの小屋にたどり着くことができた。
「遅ぇぞ!」
もちろん約束の時間には完全な大遅刻で、着いてからもリトルにドツかれまくった。オレ、最近“そっち系”のキャラになりつつあるよ……あぁ、お願いだからサン、仲間を見るような同情の視線を向けないでくれ……。
「よし、これで全員そろったな」
小屋の前でバーベキューの準備をしていたサンとボールドさん、それに屋根から降りてきた鳥の獣人がカームかな? 初めましても含めて、みんなが集まって再会した。昨日の今日なのに、なんだかすごく久しぶりな気分だ。
サンとボールドさんは崩壊の直前に人質たちを外に連れ出せたし、がれきに閉じ込められたリトル達もオレやシオンと同じようにいつの間にか外にいた。……もちろん、ゾンネ少佐とスキームも。
少佐はかすかに息があったけど、傷は浅くなく、危険な状態だった。でも子供や怪我人もいる人質のうち、獣人はサン達に任せても、人間を町に帰すのはオレがやらなければならない。たとえ人質たちは獣人が助けてくれたとわかっていても、町に行けば騒ぎになるのは免れないし、何より誘拐犯と疑われたら、それこそ戦争の火種になってしまう。悲しいけど、それが今の現実だ。
そんなわけで、オレはリトル達と別れて、少佐をガティスの街の病院へ運んでから人質を送り届けた。幸い、みんなこの街か隣町の住民だったからよかったものの、オレの筋肉痛の足はもう悲鳴どころか断末魔の叫びをあげていたよ。シオンには鼻で笑って一蹴されたけど。
「ふん、あの程度でへたばっているとは情けない」
「お前、結局何も手伝わなかったくせに……」
「わしには、お主ごときにはわからん苦労があるのだ」
本当に、全然わからないって。
「こっちも全員送り届けたぞ。犯人は誰だって怒る親なんかもいたけど、みんなフィリガーのこと見てたから、人間だって誰も言わなかったぜ」
サンが得意そうに言った。そんな人間と友達なんだって、自慢でもしたんだろうな。
じつはオレの方でも同じだったんだ。人質だった人間たちは、獣人も怖いヤツばかりじゃないってわかって、一緒にいたオレを尊敬のまなざしで見てきた。ちょっと照れくさかったけど、種族間の憎しみを煽るための誘拐事件が思わぬ方向に転んだのなら、結果オーライも悪くはない。これがきっかけで種族間の交流が生まれたら、オレの筋肉痛も報われるってもんだよ。
「……ところで、スキームは?」
キツネの獣人は大きなケガはなく、意識が戻ったら誰にも何も言わずにいなくなってしまった。もうあんな事件は起こさないと思うけど……。
「さぁ、どこへ行ったんだか。俺の商売道具の帽子が一緒になくなっちまっていたけどな」
ボールドさんが、遠くを見ながらとぼけて言った。……はは、そういうことか。もしかしたら今ごろ、ガティスの病院にハンチング帽をかぶった細身の女性が見舞いに来ているかもしれないな。
あの時の少佐の思いが、リトルの声が届いていたのなら、きっと彼女も前に歩きだせるはずだ。ずっと独りで暗闇に生きてきたけど、もうあんたは独りなんかじゃない。少佐が元気になって、もし二人で遊びにくるっていうなら、オレ達は歓迎するからさ。
「そろそろ乾杯しようぜ。おいサン、酒だ!」
「おう、任せろ!」
ここにもあごで使われるキャラが一人、でもなぜかうれしそうにせっせと酒ダルを運んできた。
「そういやお前ら、カームとまともに会うのは初めてだったな」
「あぁ。よろしくな」
「……眠い」
……。やっと登場して吐いたこのたった一言のセリフで、あくびをする彼の性格がすべてわかった気がした。オレ達が早く助けにいこうと必死だったころ、じつは寝ていたんじゃないかという疑惑を、リトル達は誰も持たなかったんだろうか。あるいは、もしかして昼寝中に捕獲されたんじゃないかなんてオチも、考えるのはよそう。
「全員集合に、乾杯!」
六つのグラスが、晴れわたった青空に掲げられた。午後の日差しを受けて金色に輝く獣人の酒は初めて飲むけど、果実の甘さとすっぱさがすっきりしていてうまい。みんなそれを浴びるように飲みながら、笑い話や暴露話、そしてお約束のバーベキュー争奪戦まで、静かな森でバカみたいに盛り上がった。
ここでは種族の境界も、階級もない。いや、そんなもの、本当はどこにもないんだ。みんな誰でも互いを思いやれるし、友達にもなれるし、愛情を持つこともできる。だって、憎しみ合って差別をしているより、こうやって涙を流して笑い合っている方が楽しいだろ?
あとは時間が解決してくれるだろう。オレ達が種族間の、生まれの違いなんか超えて、友達でいる限り。そして過去に縛られずに、未来へ歩こうとする限りは。
新しい出会いを祝うパーティーは、まだまだ始まったばかりだった。
――現界とは違う場所にある、どこか遠い空間。
「……そうか」
白一色の光に満ちたその中で、色のある影がつぶやいた。
「よくやってくれたな、エルヴァ。……いや、今はシオンという名だったかな?」
影がかすかに笑うと、そばにいた小柄な紅髪……シオンは肩をすくめた。どこまでも永遠に続くような白の空間には、彼ら二人しかいない。
「わしは最後に少し手を貸しただけで、すべてあの者たちの力です」
「しかし、驚いたな。まさか“彼”と接触できようとは。まさに神の奇跡といったところか」
影がおかしそうに笑ったが、シオンは複雑な表情だった。
「正直、最初にそうかと思った時には驚きました。まったくの偶然、しかも四百年ぶりですからな」
「もうそんなになるのか。早いものだな」
「本人に自覚はないが、確かに影響は出ております。異種族の交流など、まさに予定外のこと。この一件で彼に関わった者たちの変化は明らかです」
「ふふ、占い師に言い当てられた時の、お前の動揺ぶりを見たかったな」
シオンと話すのが楽しくて仕方がないというように、影は微笑みながらからかった。ずっと険しい顔だったシオンも、仕方なく苦笑で応えた。
「では、わしはまた戻ります。あれだけ酒を飲んだら、しばらくは起きんでしょうが」
「“彼”を、頼むぞ」
「今度こそ、運命を断ち切れればよいのですが……」
「それは“彼”次第だ。わたしは待つしかない」
笑っていた影に、初めて憂いがよぎった。しかし笑っていても悲しんでも、影がまったく動いていないことを、シオンは熟知していた。たまらなくなって目を伏せ、一礼してその場を辞した。