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蒼穹の涙  作者: chro
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第1章(2) 動くな! ってセリフ、なんかカッコいいだろ?

 目を開けたら、カーテンの隙間からまぶしい朝日がこぼれていた。寝返りをうって、もぐり直した布団でぬくぬくする瞬間は、この上なく幸せだ。あぁ、いつもの平和な朝……


「メシはまだかーッ!?」


 ……あぁ、昨日のあれは夢じゃなかったのか。瞬きをしたら、急にはっきりと目が覚めて、いろんなことを思い出した。なんかいきなり妖精がウチに転がり込んできたんだっけ……恐ろしく傲慢で性悪なのが。


「いつまで寝ておる。さっさと起きんか!」

「まだ五時過ぎじゃないか……」

「わしは日の出の前から待っておったのだぞ」


 軽い嫌がらせじゃないなら、やっぱりこいつ、見かけは子供、中身はじいさんだ。どっかの少年探偵じゃあるまいし、現実にはかなりタチが悪い。


「で、お前、妖精とか言っていたけど、どこから来たんだ?」


 やっと朝食を食べておとなしくなったところで、とりあえずこんなことになった原因を聞いてみた。普通に質問したつもりだったけど、急にシオンの目が泳いだ。


「あー……妖精なんだから妖精界に決まっておるだろう」

「本当かぁ?」

「ほ、本当だとも。もちろん」

「妖精界って四百年前に結界が張られて、現界と隔絶されたんじゃなかったっけ?」

「そ、それは……じつはこっそり抜け出してきて……」

「だいたい、今じゃ妖精は絶滅したとも言われているよな」

「う……」


 こいつ、意外とかわいいところがある。こんなに態度がデカいくせに、見ていて気の毒なくらい嘘をつくのが下手だ。


「まぁ、とりあえずは妖精ってことにして」

「とりあえずではなく、本当に妖精だと言っておるだろう!」

「腹へったのなら、魔法で食べ物を出せばいいと思うんだが」

「魔法というのは、そんな都合のいいものではない」

「とかなんとか言って、じつは魔法も使えないんじゃないよなぁ?」

「……」


 重い沈黙。まさか本当に魔法も使えないのか……?いよいよこいつの正体が怪しくなってきた。

 世界は大きく分けて三つ――現界、冥界、天界がある。

 その中で魔法って呼ばれてる不思議な力を持っているのは、冥界の死神と、天界の天使だけだ。もっとも、死んでから行く世界と生まれる前にいる世界のことなんか、普通に現界で生きるオレ達にわかるはずもなく、たまに昨日の天使みたいに向こうから出向いてくる以外に接点はない。

 あと、妖精も魔法の力を使えたらしい。でも四百年前の大戦で現界から姿を消して以来、誰も本当のところは知らない。

 というわけで、どうせ嘘をつくなら天使か死神って言った方が、まだしも現実味があると思うんだけど。


「これが目に入らんか!」

「す、すみません……!」


 赤毛のくせにどっかの白髭のじいさんよろしく、『人質』をここぞとばかりに取り出して、オレはこれまたどっかの悪代官みたいに、反射的に謝ってしまった。


「くっそ、なんでオレが……」 諦め半分で気を取り直して、出かける準備をした。「今日は森に行くけど、お前どうする?」

「……森に行く、だと?」


 ソファーで食後をくつろいでいたシオンが、ぴくっと反応して顔を上げた。


「ジャムがなくなったからな。ついでにキノコも採ってくるか」

「お主は森が恐ろしくはないのか? 森は獣人の世界なのだぞ。四百年前に種族間の交流は完全に途絶えたはずだ」

「別にケンカを売りに行くわけじゃないし。一人だけど獣人の知り合いもいるから大丈夫さ」

「境界を越えたというのか? まさか、お主……」


 急にむずかしい顔をして、シオンは黙り込んでしまった。今の会話のどのあたりに、そんなに真剣に驚く単語があったんだろうか。


「よし、おもしろそうだから、わしもついて行こう」


 かなり長い間ぶつぶつと独り言を言ってたシオンは、どういう結論になったのか、今度は行く気満々だった。訊いておいてやっぱり面倒なことになったと思ったけど、すでにソファーを飛び降りて戸口で待っていられたら、もう何も言えなかった。



 オレが食料調達に使ってる森は、家からちょっとしたハイキングの距離だ。そもそも、町が見えるところとはいえ丘の上の一軒家だから、どこへ行くにも不便なんだけど、世間との関わりから離れたくてここへ来たから、困るほどのことでもない。


「お主、じつは根暗な引きこもりなのか?」

「根暗って言うな! ……まぁ、引きこもりってところは否定できないけど。ここへ来て、もう六年になるからな」


 六年、か……あいつが死んでもう六年にもなるのに、オレはずっと止まったままだ。あれでよかったのか、これからどうすればいいのか、今もわからないまま……。


「そういえば、現界の戦争が終わったのも六年ほど前だったな」

「あぁ、そうだな」

「あれは四百年前の大戦の再現と言われたくらい、凄惨なものだったそうだな」

「あぁ、そうだな」

「……フィリガー、聞いておるのか?」


「あぁ、そう……」


 途中で言葉を切って顔を上げたけど、聞いていなかったのはバレバレだった。


「ってぇ! ドツかなくてもいいだろ!」

「フィリガーのくせに、わしを無視するとはいい度胸だ。ドツかれるだけですんで、ありがたく思え」


 お前いったい何様だ!?……なんて、もちろん言えるわけもなく。


「ほら、ついたぞ。まずはベリーを採るから……」

「わしは手伝わんぞ」

「……期待していません」


 即答で拒否したシオンを放っておいて、さっそくかごにベリーの実を入れていった。このあたりの森は木の実やらキノコやら、食料が豊富だ。町からそんなに遠いわけでもないのに、誰も来ないなんてもったいないよなぁ。普通はみんな、町から出ることもないんだけど……。


「動くな」


 ……! ふり返った瞬間にかごを捨てて腰の柄に手をかけたけど、すでにシオンの喉には鋭い爪がぴったり当てられていた。風下から近づいてきたのか……自分のまわりなら気を配っているけど、離れてたあいつのことは油断していた……!


「お前ら、人間か?」


 狼の獣人らしいそいつは、鼻をひくひくさせた。その仕草がまだかわいいくらいの歳に見えるのに、殺気は本物だ。


「でも、お前の匂いは……」

「こんなかわいい人間がおるわけなかろう。食うならヤツの方がうまいぞ」

「それもそうかな」


 自分だけ助かろうとする自称・妖精は、まったくもってかわいくない。でも、それであっさりターゲットを変えた獣人も、子供なんだか単純なんだか。


「……ッ!」


 一瞬で飛びかかってきた獣人の爪を鞘で受け流して、抜き打ちの刃をさっきと同じように喉元に突き付けた。


「食料なら他をあたってくれ」

「その刀……もしかしてお前、リトルが言っていた人間なのか?」

「言っていたヤツかどうかは知らないけど、確かにオレはリトルの友人だ」

「やっぱり!」


 狼はオレに殺気がないことを見抜いて、さっと跳び退いた。


「あいつと互角にやり合うようなヤツに、かなうわけねぇっての」

「お前もリトルの知り合いなのか?」

「まぁな。オレはサン、今はリトルん家で厄介になってるんだ」


 ついさっき食べようとして襲いかかってきたくせに、サンはもうそれも忘れてすっかり和んでいた。


「リトルから聞いたぜ。お前、めちゃめちゃ強いそうじゃねぇか」

「あいつも、山羊と羊のハーフとはとても思えないよな」


 言いながら、今ごろ気がついた。こいつ、狼のくせに、なんで草食の獣人と一緒に住んでいるんだ?


「……あ、まさかお前、リトルに負けたのか」

「う、うるせぇ!」


 サンはうろたえて後退った。うーん、やっぱりわかりやすいんだか、単純なんだか。とりあえず悪いヤツじゃないから、刀を収めて構えをといた。


「せっかく気配の消し方が完璧なんだから、声をかけないで一撃で仕留めればよかったんだよ」

「アホか! そんなことをしたら、わしが食べられていただろうが!」

「んー、それはそうなんだけどなぁ。動くな! ってセリフ、なんかカッコいいだろ?」


 ……。やっぱ単純だ、こいつ。


「せっかくだから、ウチに来いよ。リトルも会いたいだろうからさ」


 あいつに会うのは半年ぶりだな。とりあえず食料調達は後にして、オレ達はサンについて森の奥へ入っていった。


「ところでお前ら、なんて名前だ?」

「オレはフィリガー。こっちのシオンは妖精……らしい」

「へぇ、妖精なんて初めて見たぜ。だから変な匂いなのか」

「変なとは失礼な!」


 正直につぶやいたサンは、見事に頭をはたかれていた。横柄な暴力妖精も問題だけど、簡単にドツかれる狼っていうのもどうかと思うぞ。


「フィリガーは本当に人間なのか? 獣人は人間よりずっと身体能力が上なのに、オレの一撃を簡単に止めたなんて信じられねぇ。リトルとやり合ったっていうのも、半分冗談かと思っていたぜ」


 サンやリトルの剛腕をやり過ごせたのは、力の支点をずらして受け流したからだ。素手で岩を砕いたり空を飛んだりする獣人相手に、真っ向勝負できる人間はそうはいないだろうな。先の戦争でも、人間側には兵器という文明の利器があったからこそ互角に戦えた。だから何百年も泥沼化したとも言えるんだけど……。


「このあたりは辺境だから戦争はほとんどなかったけど、本当ならオレだって……あ、いたいた!」


 前に来た時もそうだったけど、森の中はどこがどうなっているのか全然わからない。川を渡って坂を降りて、道なき道をひたすら歩いて、やっと一軒の丸太小屋と、その屋根で昼寝中のリトルが見えた。サンとシオンには気付かれないように、オレは話が途中で終わったことにほっとしていた。


「おーい、リトル! お前の知り合いを連れてきたぞ!」


 春にはちょっと暑そうな羊の毛に、山羊の細い体躯の草食の獣人が、むくっと起き上がった。うわ、目がヤバい……! 案の定、リトルは軽々と屋根から飛び降りるなり、問答無用でサンを殴り倒した。


「てめぇ、俺サマの昼寝のジャマをするとはいい度胸だな」

「そ、そんなくらいで殴るか、普通!?」

「喰われなかっただけ、ありがたく思え」


 とても草食獣と肉食獣の会話とは思えない、まるっきり本来の立場を無視した関係だ。そういえば、昨日からなぜかシオンには初めて会った気がしなかったんだけど、ここに同じ人種がいたからなのか。納得。


「よう、久しぶりだな、フィリガー」

「半年前より、にぎやかになったみたいだな」

「まぁな。いつの間にか、こいつともう一人、ウチに棲みついていたんだ」


 あぁ、ますます似たような状況だ。違うのは、家主と居候の立場上下逆転くらいか……いや、それこそが大問題だ。


「わしは、こやつの面倒をみてやることになったシオンだ。お主、なかなか見どころがありそうだの」

「そういうお前も、デキるみたいだな。俺はリトルだ。ま、仲良くしようぜ」


 さすがは似たもの同士。初対面にして同じニオイを感じたのか、すでに旧知の仲のようだ。いろいろとツッコミどころはあったけど、オレもサンもおとなしく黙っていた。こっちも似たもの同士だな……。


「サン、カームはどうしたんだ?」

「知らねぇ。あいつ、自分のことは全然言わねぇから、朝からどこか飛んでいったきり見かけねぇよ」

「ま、夜には帰ってくるだろ。お前らもゆっくりしていけよ」


 リトルはこう見えて、別に凶暴なだけの虐待暴漢ってわけじゃない。ケンカが強くて気が短いっていうのは確かだけど。オレが初めて会った時も、今のサンにしても、来るものは拒まずというか、意外と大事にしているらしい。


「それにしてもお主、ハーフとはめずらしいの。獣人の中でも、違う獣種の結婚はほとんどないはずだが」


 サンが入れてくれたお茶を飲んでいたら、シオンが軽く言ったこの一言で、場の空気が張り詰めた。あぁ、オレも気になっていたけどあえて言わなかったことを、さらっと言っちゃったよ……本人に直接訊くなんてとんでもない禁句ネタでも、この尊大な妖精もどきには関係ない。


「……さぁな。親は死んじまったから知らねぇよ」


 リトルは横を向いて、ぶっきらぼうにそれだけ答えた。シオンがまだ何か言いそうだったから、オレとサンはあわてて話題を変えた。


「あ、そういえば、サンはなんでリトルん家に居座っているんだ?」

「お、おう。それはだな、オレがいた群れは山二つ越えたところでさ。遠いから帰るのが面倒になって、もうしばらくここにいることにしたんだ」

「だからって、草食獣人と一緒にいるっていうのはどうかと思うけど……」

「いや、それはだな……」

「こいつが腹へらして行き倒れていた時、俺を食べようとしたから返り討ちにしてやったのさ」


 リトルがいつもの調子に戻ってツッコんできたのはうれしいことなんだけど、サンは反論するにできなくて、顔を真っ赤にして口をもごもごしていた。


「で、フィリガー、お前はどうなんだ? 最近」

「相変わらずだな」


 となりでお茶をすすっている疫病神が、いきなり転がり込んできた以外は。


「お前も人間なのに変わっているよな。もう二年くらいになるのか? 初めて会った時は、また人間が森に攻め込んできたのかと思っちまったぞ」

「お前もいきなり襲いかかってきて、話も聞かないから大変だったよ」

「武器を持っているとはいえ、兵器のない人間と互角だったのは初めてだな」

「(リトルなら、きっと獣人王のライオン一族にも勝てるぜ)」


 小声で言う狼は、だから自分がかなうわけがないと言外に訴えていた。ライオンに次ぐ強力肉食獣の威厳を捨てていいのか、サン?


「シオンは妖精なんだろ? 魔法、見せてくれよ」

「あれは、そうそう見せびらかすものではないのだ」

「魔法できないんだよ、こいつ」


 すかさず飛んできた拳をかわしたら、背中に回し蹴りを食らってしまった。に、二重にドツくか……あぁ、頼むからサン、羊に負けた肉食獣が同情のまなざしを向けないでくれ……。


「それじゃ、そろそろ帰るか」

「今度もまた半年後か? それまで生きていろよ」


 夕方になって、これ以上暗くなる前に、オレ達は家に帰ることにした。別れ際のリトルの言葉は、深い意味がないことを願うよ。


「境界を越えたお主もおかしいが、あやつらも他種族と一緒に茶を飲むとは、相当な変わり者だな」


 小屋が見えなくなってから、シオンがつぶやいた。


「戦争はもう終わったんだ。これから少しずつ、オレやあいつらみたいなのが増えてくるさ」


 たぶん現界に住むほとんどの人が、シオンと同じ意見なんだろう。ほんの六年前まで、いや、歴史の上では何百年もの間、さんざん対立して戦ってきた他種族と、そう簡単に仲良くなるのはむずかしいことはわかる。

 でも、やっと戦争が終わったんだ。今までみたいに戦争の中休みなんかじゃなく、今度こそ平和が続けば、いつかは種族のいがみ合いなんてなくなると、オレは思っている。


「まぁ、それはそれでよいが」 後ろを歩いていたシオンが、ふと足を止めた。「お主、道はわかっておるのか?」


 オレの足も、何かにつかまれたようにピッタリ止まった。……え?


「つ、月が出ている方に向かってみたんだけど……」

「どアホう! 月は動いておるではないか!」


 いつの間にかどっぷり暗くなった夜の森を、オレとシオンはそれから何時間もさ迷うことになった。


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