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蒼穹の涙  作者: chro
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第3章(3) 適当に、怪しいものや金目のものを探してみて

 山奥の谷底にぽっかりと浮かぶ湖は、茶色くにごった濁流の川がそそぎ込んでいるのに、まったくデタラメみたいな青さだった。川の流れるしぶきの音と、ときどき鳥の鳴き声が響いてくるだけで、時間が止まっているみたいだ。まるで世界から切り離されたような、頭の上にも足元にも空が広がっている不思議な空間に漂っていたら、自分までそこに溶けてしまいそうな感覚になる。


「フィルさん、感動しているところ悪いけど、そろそろいい?」


 おぅ、すっかり自分の世界に行ってしまっていたよ。至極冷静にうながすアマレットは、すでに潜った弟を目で追っている。


「ところで、どうやって潜るの?」

「ふっふっふ、これを見ろ!」


 シオンに持ってもらっていたかばんから、さらにかばんを取り出した。この酸素ボックスは、水を空気に変換する擬似魔法がかかっているスグレモノだ。ボールドさんの変装帽子と似たようなもので、やっぱりこいつも戦争中に開発されたものだけど、構造が複雑すぎて量産できなかったらしい。なんでオレがそんな貴重な失敗作を持っているのかというと、戦場を去る直前に借りたまま忘れていたのを、物置小屋から引っ張り出してきたというわけだ。


「こんな箱で息ができるの? 人間って、変なもの作るのね」


 半分呆れがら感心するアマレットには、対水人戦のための兵器だったことはもちろん黙っていた。どうせ実用化はできずに終わったし、オレが平和のために役に立ててやるからさ。


「シオン、お前はどうするんだ?」

「わしは水中くらいなんでもない」


 事もなげに言い捨てて、シオンは石の塊みたいに立ったまま沈んでいった。この前魔法を使っていたから『魔法もできない妖精もどき』疑惑は解消されたけど、あいつの場合はエラ呼吸という可能性も否定できない。オレも酸素ボックスを背負って、アマレットの後に飛び込んだ。

 一瞬で、気持ちのいい冷水感が全身に走った。この時期はまだちょっと水温が低いけど、水面っていう壁がなくなって、さらに大きく迫ってくる圧倒的な光景を見ていたら、冷たさなんか全然気にならない。いくつもの尖塔が湖底からぐんと伸びていて、複雑な細工の壁や色とりどりの屋根まで、ほとんど原形のまま残っている。今にもあの家に明かりがついて、そっちの角から人が出てきそうだ。


「何年くらい前の遺跡なんだろうな」


 水中だってことを忘れてつぶやいたら、口にくわえたひも付きボールから、ぼわっと空気の玉が飛び出した。頭のそばを泳いでいた小さな赤い魚が、びっくりして逃げていった。


「このあたりの谷には二千年ほど前まで妖精が住んでおった。おそらく、そのころのものだろう」


 よく見たら体全体が薄い膜みたいなもので包まれているシオンが、尖塔のてっぺんに立って街を見まわした。そういう生態なのか魔法なのかもわからない不思議な現象といい、何千年も昔を知っていることといい、もうこいつは何があっても驚かない。


「私とシオンちゃんはあっちの区画を調べるから、フィルさんとソノラはこの周辺をお願いね。シオンちゃん、行きましょ」


 オレ達は互いにうなずいて二手に分かれた。うーん、冷めた感じのアマレットが、シオンをぬいぐるみのようにかわいがっているのは意外だ。絶対、見た目から性格も年齢もだまされているぞ。

 オレとソノラは、そのまま真下に潜っていった。湖底はさすがに暗いけど、建物の半分くらいまでは日の光が届いているから、そんなに困ることはなさそうだ。


「フィル兄ちゃん、ここから入ろう」


 妖精族の建造物はとにかく窓がいっぱいあって、なぜか玄関がない。魔法で通り抜けていたのか? でも、そうなると鍵がかけられなくて困るんじゃないのかなぁ。記録も現物もほんの少ししか残っていない妖精の生活を想像しながら、窓から失礼させてもらった。物陰でかたまっていた指先サイズの魚の群れが、ぶわっと破裂したみたいに散りぢりになった。


「さすがに中はめちゃくちゃだな」

「適当に、怪しいものや金目のものを探してみて」


 ソノラは慣れた手つきで、某勇者よろしくタンスや壷の中を調べている。トレジャーハンターや調査隊なんてたいそうな名目を持っていても、つまるところ、やっていることは空き巣と大差がない。

 壊れた調度品や割れた窓を見まわしたら、人が住んでいたころの様子が伝わってくるようだった。あの壁の傷は、子供がつけたのかな? 紙は溶けて金属の表紙だけが残った本には、どんなことが書かれていたんだろう? あそこの窓辺に転がっているイスにもたれて、昼寝をしたのかもしれないな。ここでくり返されていたはずの日常は、なんでもない生活をしていたはずの住人は、どこに行ってしまったんだろう……。

 おっと、また空想に浸ってしまった。ソノラにまで叱られないうちに、作業を開始しよう。


「……ところで」


 ひっくり返った棚を開けながら、今さら唐突な疑問が浮かんでしまった。


「“蒼穹の涙”って、どんなものなんだ?」

「……」


 ソノラは机を動かそうとした姿勢のまま固まった。水圧が一気に倍増したみたいに、押しつぶされそうな沈黙が襲いかかった。


「だ、誰も見たことないような、超すっごいお宝なんだよ。たぶん」

「なるほど」

「……」

「……ま、とりあえず“それ”っぽいのを探すか」


 苦しい会話でお互いを納得させて、最大の疑問(タブー)は忘れることにした。世の中、考えたら負けなことはたくさんある。


「どうして街ごと沈んだのかなぁ」


 財宝もいいけど、オレは遺跡そのものにも興味があった。壊れている部分はあっても、全体的にはほぼ原形のまま街が一つ沈んでしまうなんて、よく考えたらとんでもないことじゃないか。もし、なんでも願いがかなうっていう“蒼穹の涙”がこの街にあったなら、沈没を避けることもできたはずだ。それとも、もしかして秘宝を隠すためにわざと沈めたとか? だとしたら、誰も知らない秘宝が二千年間ここに眠っている可能性が高くなってくるぞ。


「お、でかい宝石発見!」


 ソノラとオレは引き出しをのぞいて笑い合った。なんだかんだ言っても、お宝が見つかるとやっぱり楽しいもんだな。

 一般的に“蒼穹の涙”は、この世のものとは思えない輝きを放つ宝石だって言われている。でも、北方の町では女神像の形をしているって話を聞いたし、一部の獣人の間では空想上の生き物(黄金の龍みたいなもの)の心臓だって言い伝えがあるらしい。他にも、願いを入れる壺、妖精エリンや古の英雄たちが使った剣、王冠、等々。

 ようするに、今オレが見つけたボールみたいな黄色い宝石も、そうじゃないとは誰も言いきれないわけだ。本物かどうかを見分けるには、シンプルにして唯一の方法、どんなに無茶な要求でも実現するかどうかを試してみるしかない。とりあえずは他の発掘品と一緒に袋に入れておいて、後でみんなで鑑定会をやろう。


「おーい、兄ちゃん! ちょっと手伝ってくれる?」


 ソノラが手招きする奥の部屋には、巨大な箱がななめに引っかかった状態で壁際に鎮座していた。ただの民家にしては、ちょっと不自然なまでの大きさで一室を占拠している。こっちから見える部分には、取っ手も模様もないな。


「いくぞ、せーの!」


 天井近くまであるずっしりした箱を、二人がかりでどうにか起こした。木でも石でもない材質で、浮力があってもかなり重い。中に何が入っているのか、こいつは期待できそうだ。


「うーん……! 駄目だ、開かないよ。鍵がかかっているのかな?」

「鍵穴はなさそうだな。仕方がない、強行手段でいくか」


 建物同様、出入口のない箱からいったん離れて刀を抜いた。水抵抗を考えて、箱相手に思いきり全力で斬りおろした。


「っ……!」


 かん高い金属音にはじかれて、手がじーんと痺れた。な、なんて硬さだ! 支点を突いたら鉄でも斬れるオレの愛刀が、危うく折れてしまうところだったぞ。


「もしかしてこれ、水剛石(すいごうせき)かな?」

「なんだ、それ?」

「海の底にしかない貴重な岩石でね、水の中では世界で一番硬いんだ。だからお城とかお金持ちの家で金庫に使っているんだって」

「見たところ、ふたも鍵穴もないのに、そんな硬いのをどうやって開けるんだ?」

「水剛石は水中では硬いけど、空気に触れたらふにゃふにゃになるんだよ」

「なるほど。それじゃ、こいつを外に持っていって……」


 言いながら、そいつは無理な相談だと自分でツッコみたくなった。こんなに巨大で重い箱を、どうやって水面まで運ぶんだよ。マッチョな大人が十人くらいいればともかく、子供が二人と食料より重いものは持たない小柄な妖精もどきじゃ、まったくお話にならない。


「僕のカンじゃ、絶対こいつは怪しいよ。姉ちゃん達も呼んでこよう!」


 興奮ぎみのソノラが急いで窓から飛び出して、通りの向こう側を調べているアマレットとシオンをつれてきた。


「これがそうなの? 壁かと思ったわ」


 部屋に入ってきたアマレットは、こんなに目立つものを一瞬気付かなかったらしい。確かに壁と同じ色で模様もないから、ななめにずれていなかったら、オレ達もわからなかったかもな。もしかして、これ……。


「見つからないように、隠していたのかもしれないな」

「あっちに大聖堂みたいな建物があったけど、隠すならあぁいう場所の方がいいんじゃないの?」

「だから、その逆だよ。いかにも財宝がありそうなところより、ただの民家の方が気付かれないだろ、普通。この箱の大きさにもちょうどいいし」

「ますますお宝のニオイがするね!」

「ただ、どうやって開けるかだけど」


 結局、問題はそこに戻ってくる。シンプルな箱だけに、引っかけて運ぶことも穴からこじ開けるなんてこともできない。宝(予定)を目の前にして考え込んでいたら、じっと箱を見ていたシオンがふり返った。


「水剛石ならば、空気に当てればよかろう」

「それがどうすればいいのかわからないんだよ。とてもじゃないけど、この四人じゃ持ち上げられないぞ」

「お主、今どうやって水の中にいるのだ?」

「どうって、酸素ボックスで……あ!」


 そうか! こいつの空気を箱に向けて、軟らかくなったところを斬って穴を開ければいいんだ。


「待って」 背中のかばんをおろそうとしたら、アマレットが引き止めた。「もし本当に宝を隠しているなら、陸にあげないで開けたらルール違反になるわ。無理にこじ開けられた時のために、水に溶けたり爆発したりする仕掛けがあるかも」

「よーし、それじゃ箱が開いたら、すぐに僕が中身を取って水面まで行くよ」


 まさか爆発はないと思うけど、危険な可能性がある役をソノラが買って出た。オレはシオンとアマレットが後ろにさがってから、目一杯に空気を吸い込んで酸素ボックスをはずした。


「いいよ、フィル兄ちゃん」


 もうしゃべれないからソノラにうなずいて、湧き出てくる空気を箱に向けた。見た目は変わらないけど、その部分に刀を突き立てたら粘土みたいにふにゃって入った。オレの全力の一撃でも傷ひとつ付かなかったのに、なんとも気の抜ける感触だ。そのまま酸素ボックスと刃をななめに動かして、反対側からも十字に斬ってから足で蹴りつけたら、べろんと内側にひしゃげて穴が開いた。


「任せて!」


 中をのぞく間もなく、ソノラが箱の中から何かをひっつかんで、大砲みたいなスピードで飛び出していった。本気を出した水人の泳ぎには、人間の最速船でもかなわない。アマレットが箱に何も残っていないことを確認してから、オレ達も浮上した。


「どうだった?」

「あ、うん。これだったんだけど」


 三人がいっせいに水面に顔を出したら、ソノラが泳ぎ寄ってきた。どうやら爆発はしなかったらしいけど、手に持っているのは、遠目で見ても金色に光ってはいなかった。


「なんだ、これ?」


 みんなでソノラの差し出したものをのぞきこんだ。ちょっとふやけて表面がにじんでいるけど、何かの絵が描かれているのは判別できた。アマレットが考えたとおり、すぐに外に出して正解だったな。それにしても、まさかあれだけ頑丈で大きな箱の中身がこんな紙切れ一枚だったなんて、さすがにがっかりだ。みんなで期待していた黄金も宝石もなくて……いやいや、オレ達は“蒼穹の涙”を探していたんだったっけ。


「これが“蒼穹の涙”……ってわけじゃないよな?」

「何かの地図じゃないかしら」

「でも、どこだろう? このあたりの水脈じゃないよね」

「二千年前の地形か? さすがのわしも、そのころの地形までは覚えておらんな」

「あれだけ厳重に隠していたんだから、きっと重大な宝の地図だと思うんだけど……」


 振っても透かしてみても、地図はぼやけた黒いシミにしか見えない。さっきまで見つけた他の光モノよりも、やっと取り出した紙切れの方に期待が高まった矢先だっただけに、簡単にあきらめるには悔しいな。


「そうだ! 姉ちゃん、女王さまならわかるんじゃないかな?」


 ソノラがひらめいて叫んだら、アマレットがぼんやりと顔を上げた。


「確かにそうかもしれないけど、面倒なことにならないかしら……」

「女王サマって、水人の?」


 オレが横から訊いたら、アマレットは苦い顔をしてうなずいた。血の気の多い獣人王よりも積極的に戦争を推し進めていた水人の女王は、絶対に陸に上がらないことで有名だから、他種族は誰も見たことがない。


「陸に上がらないだけじゃなくて、いろんなことで有名なんだけどね。ウチの女王さまは」


 とっさに思いついたのは、目の覚めるようなとびっきりの美人なのかと思ったけど、アマレットのこの表情と言い方からして、そんな甘い希望は持たない方がいいらしい。


「でも、どうせこのままじゃ何もわからないんだし、訊いてみるしかないわね」


 諦めたようなアマレットと、早くも泳ぎだしたソノラに、オレ達ももう少し付き合うことにした。純真に死んだ人を生き返らせようとしているこの姉弟は、なんだか他人事には思えないし、また無茶なことをやらかしそうで放っておけない。それに、ここまできたら宝を拝見しないと気がすまないからな。


「早く来ないと置いていくよー!」


 イカダに戻って体を拭いていたら、湖から出ていく川からソノラが大声で呼んでいるから、あわてて後を追いかけた。また川を下っていく前に、もう一度だけラヴァイン湖をふり返った。どんな絵の具でも表現できないだろう深く澄んだ青が、今も太陽の光を受けて静かに輝いている。

 “蒼穹の涙”は、もしかしたらこんな色をしているのかもしれないと思いながら、谷間の湖を後にした。


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