第3章(2) ……パンダ捕獲部隊?
偶然出会った水人の少年を家につれて帰ったら、なぜかはぐれたはずのお姉さんがいて、なぜかシオンとティータイムを楽しんでいる。意図的なものさえ感じてしまう、このご都合主義な状況に、オレはどうツッコめばいいんだろうか。
「とりあえずよかったな、ソノラ。意外と簡単に見つかって」
「ね、お茶していただろ?」
さすがは弟、姉の行動はお見通しか。いや、だからって、なんでウチにいるんだよ……あきれるオレを肩ごしに見て、シオンがズズッとお茶をすすった。
「お主の帰りが遅いから、川で晩ご飯の魚を釣っていたら、こやつが釣れたのだ」
晩ご飯のおかずとのんきにお茶していたのか、お前は。……あぁ、ソノラ、そんな目で見なくても食わないって。
「普通の魚はとりあえずバケツいっぱい釣ってきたから、後で調理しろよ」
バ、バケツいっぱい!? この妖精もどき、なかなかやるな。今度、釣り方を教えてもらおう。
「で? えーっと、ソノラのお姉さん? は、なんで……」
「アマレットです。おじゃましています」
「あ、フィリガーです」
駄目だ、反射的に挨拶を返してしてしまったよ。どうもこの姉弟と会話をすると、感覚が狂うな。
「姉ちゃんも、あれから流されたの?」
「流れたのよ」
「なんか見つかった?」
「なんにも。さすがにあそこは大物ね。あ、二人とも、お茶をどうぞ?」
弟よりちょっと背が高いだけで髪も瞳もそっくりのアマレットは、我が家のごとくくつろいでいて、戸棚からお茶菓子まで出してきた。明らかに遭難状態のはずなのに、何なんだこの余裕っぷりは。
「お前ら、なんかやっていたのか?」
ソノラにもタオルを渡して、オレはシャツを着替えて戻ってきてから、席を勧められて――誤解のないように主張しておくが、ここはオレの家だ――カップを受け取った。姉弟の会話から、家にいた時じゃなく、どこかに出かけていて流された(流れた)らしい。先にクッキーをつまんでいたソノラがにんまりと笑って、イスの上に立ち上がった。
「へっへーん! じつは僕たち、とれとれパンダなんだよ!」
「……パンダ捕獲部隊?」
「トレジャーハンター、でしょ」
「そう、それ。普段は水人も行かない湖底や海域には、誰も知らない遺跡やお宝がいっぱいあるんだ」
「へぇ、おもしろそうだな」
地上にもそういう昔の遺跡がいくつか残っているけど、そんなに数が多くないし、学者がよってたかって調査してしまっているから、今さら探検するほどのものはない。人間は他のどの種族よりも論理的で好奇心旺盛で、信仰心もロマンもない。
「私たち、“蒼穹の涙”を探しているの」
「今までどこにあるのかわかっていないお宝なら、誰も行ったことのないところに隠されているんだよ。僕のカンに間違いはない!」
「お前のカンはともかく……“蒼穹の涙”を探して、どうするんだ?」
「戦争で死んだお母さんを生き返らせてもらうのよ」
アマレットはケーキを口に入れて、事もなげに答えた。ソノラも身を乗り出してうなずいている。オレは思わず目を逸らして、机の下に言葉を探した。
死んだ人を生き返らせる、か……あらゆる富や名声が得られるとも、永遠の命が与えられるとも、世界を支配できるとも言われている伝説の至宝なら、そういうこともできるんだろう。それを信じて希望を持っている二人には言いにくいけど、そんな都合のいい幻の宝なんか、存在しない可能性の方がずっと高い。
オレだってこの六年間、そんなことは何度も考えた。今でこそ過去を受け入れることができたけど、ずっとここに閉じこもってばかりで、結局彼らのように宝を探そうともしなかったのは、エメリナの死をどこかで諦めていたからじゃないだろうか。
それなのに、あいつは笑って送り出してくれた。オレの中でずっと一緒だと約束したエメリナがこれを聞いたら、なんて応える? こんな小さな姉弟にまで、現実を諦めろって言うのか?
「……本当に実在していて、誰かが見たことがあるからこそ、みんな希望を持っているんだよな」
「どうしたの、フィル兄ちゃん?」
「いや、なんでもない。オレもその宝探し、協力するよ」
「あら、いいの? でも人間は、一時間も水中に潜れないんでしょ?」
「たぶん人間最高記録でも一時間は溺死確定だと思うけど……ま、なんとかなるさ。なぁ、シオン?」
「……ん? さすがのわしもパンダは食わんぞ」
オレも考えこんでいたから気付かなかったけど、ずっと険しい顔をしていたシオンの第一声は、どんな夢を見ていたのかと思うような、まったくトンチンカンな答えだった。こいつ、前にも“蒼穹の涙”のこと、何か知っているみたいな言い方をしていたっけ。メタトロン神が作った希望とかなんとかって……。
「そういえば、ソノラに会う前に天使も雨宿りに来たんだ」
「天使が? あの三人ならば、今ごろ大陸の外まで吹っ飛ばされておるだろうから……フィーラかティエンといったところか?」
「名前は聞かなかったな。銀髪で小柄で、見た目はオレより少し若い感じの男だった」
「それならばティエンだな。あやつはよく現界に遊びにきて、人間や獣人にイタズラをするのが趣味なのだ」
どうもシオンは、天使たちをかなり詳しく知っているらしい。
えっと、数週間前――ズタボロにやられた傷が完治したのは、つい三日くらい前だ――に襲いかかってきた三人のうち、
最初にシオンを追いかけてきた、態度も体格もデカい男が、ゼクス。
優しい笑顔と殺気が溢れる、真面目なお嬢様って感じの女が、トレ。
丁寧な言葉のくせに容赦のない、あの中で一番力を持っていそうだった男が、ドヴァー。
確かあの時、シオンがそう呼んでいたよな。名前は覚えても、できれば二度とお目にかかりたくない。
で、さっき雨宿りに来ていたイタズラ好きの男が、ティエンだっけ。察するに、フィーラっていうのも彼と似たような性格なんだろう。すごいな、名前も姿もすべてが謎だった十人の天使のうち、もう四人に会ったのか。ティエンみたいに、残りの天使もみんな友好的だったらいいんだけど。
次の日は、朝から快晴だった。どうやら天界の論争が一段落したらしい。オレ達を即日抹殺って決議が出ていないことを祈りつつ、さっそく遺跡探索に出かけることになった。
「昨日はガルテラ湖の近くの火山湖を調べていたんだけど、今日はこの前、半分しかできなかったラヴァイン大渓谷にしましょ」
「よーし、今度こそごっついお宝を見つけるぞ!」
アマレットの感情の少ない冷めた目は、怒っているわけでも皮肉というわけでもなく、これが普通らしい。朝からハイテンションなソノラは、むしろキラキラの財宝を狙っているようにも思える。ちなみにこの姉弟、あんまり乾くと干からびてしまうってことで、昨日は風呂場で寝ていた。
これから向かうラヴァイン大渓谷は、何千年も前の地震で岩山がパッカリ割れてできた、大陸最大の谷だ。ウチからだと、森を越えて崖を降りていくルートになるんだけど、そこは大陸中の水の流れを知り尽くしている水人、途中からは簡単なイカダで川くだりになった。もちろんそれはオレとシオンだけで、アマレットとソノラはすいすいと泳いでいく。
「フィル兄ちゃん、泳げないの?」
「人並みには泳げるけどさ、さすがにこの激流はちょっと……」
「昨日に比べたら楽勝じゃん」
雨はやんでも、水量はまだまだ多い。例によって何もしないシオンには荷物の番をさせて、オレはイカダの操縦をするのに必死だ。
「それにしても絶景だなぁ」
下手をすると岩にぶつかってバラバラ事件の難所でも、この眺めにはつい目を奪われてしまう。いろんな形の大岩の塊がごろごろしていて、川に迫ってくる両側の絶壁はほとんど垂直だ。 そこからたくましくも木が横に伸びていて、見上げると緑の屋根の隙間から青空の光がこぼれている。こんな岩山の奥地なんか、人間や獣人はもちろん住んでいないし、普段は水人だって近づかないだろう。
「見えてきたわ。あの湖よ」
少し流れが弱くなってきたころ、泳ぐというより優雅に流れに乗って寝転んでいるだけのアマレットが、上半身を起こして目で示した。歩いたら丸一日かかったはずの距離を、途中からとはいえ直線距離で川を突っ切ったら、半日足らずでついてしまったな。
「谷の真ん中に、こんな大穴があったなんてなぁ。この底に……あっ!」
山から注ぎ込んで、また反対側から海へ向かって流れていく中間地点の湖に入ったとたん、ベールを取ったみたいにそいつが目の前に広がって、思わず息を呑んだ。
ウチの丘よりも大きい湖の中に、いくつも建物が沈んでいる……!
「これがラヴァイン遺跡だよ。すごいだろ?」
「すっげぇーッ!」
こいつは絶叫モンだよ! さっきまでの激流とはうって変わって、静かに光るガラスのような湖面には、上空の雲がそこにあるみたいに映し出されていて、透きとおった水中が底の方まで見える。湖の真ん中に浮かんで、足元を流れる雲と沈んだ町を見下ろしたら、まるで空を飛んでいる気分だった。
いつ、誰が、なんでこんな山奥の谷に町を作ったんだろう。そんなことを考えたら、すぐに飛び込みたくなるくらいワクワクしてきた。