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蒼穹の涙  作者: chro
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第2章(6) 今までも、これからも、ずっと

 オレ達がまだ小さかったころ、両親が戦争で死んだ。心優しい立派な人たちで、近所の人を助けようとして巻き込まれたらしい……ってことを話には聞いていても、顔も覚えてないくらい昔のことだから、今でもどこか他人事みたいに思えてしまう。

 物心ついた時にはじいちゃんに育てられていたけど、十三歳の冬に病気で倒れて、それからはずっと兄妹二人で生きてきた。世界がどんなに大変なことになろうとも、オレ達はお互いがいればどうにかなった。同じ魂を持った双子は、いつも二人で一つだった。


 それなのに、オレは二度も妹を目の前で助けられなかった。あいつがいないなら、もう何もかもがどうでもいい。このままオレも闇に溶けたら、エメリナのところへ行けるんだろうか……。


「目を覚ませ! それは現実ではない!」


 この声は……迷いながら目を上げたら、闇の向こうから小さな紅髪が現れた。


「シオン……」


 どうしてあいつがここにいるのか、気にもならなかった。それを疑問に思う気力もなかった。


「間に合ったか。さぁ、早くここから出ないと消滅してしまうぞ」

「いいよ、もう」

「何を言っておるのだ。滅びの呪いに飲まれたら、何百年も転生できずに縛られるのだぞ」


 シオンが腕をつかんで引っ張っても、立ち上がれなかった。それどころか、どんどん体が重くなっていく。あぁ、このまま闇に沈んでしまうのも悪くないかもな……。


「よく聞け、ここは怨霊が惑わせる過去の幻なのだ。過ぎたことを、今さら後悔してもどうにもならんだろう」

「それでもエメリナを失ったことは事実なんだ。でもせっかくまた会えたんだから、もう離れたくない」

「フィリガーよ、はっきり言おう。エメリナが死んだのはお主の責任だ」


 本当にはっきり言うな。それは自分でもわかっているから、返す言葉も見つからない。


「だが、お主だけではない。もっとも大きな苦しみと悲しみを背負う覚悟で、お主らが選んだ道だったのだ」

「何を言っているんだ……?」

「こんなところで終わるわけにはいかん。これはお主の願いでもあったのだぞ」


 意味がわからないまま、少しずつオレが消えていく感覚だけがはっきりとあった。自分で選んだ、オレの願い……? だったら、今こうして溶けてなくなってしまうのも、オレの意志なんだ。


「フィリガー!」


 つかんでいたシオンの手を離れて、空も地面もない闇の底に落ちていく。これですべてが終わる……。


『待って、フィル!』


 最後の意識が消える寸前で、はっと目を開けた。今の声は……!


『あきらめないで。私たち、約束したでしょ?』


 ぼうっと淡い光が浮かび上がって、さっき腕の中から消えたエメリナが語りかけてきた。


「約束……ずっと二人で一緒にいようって……」

『私が一人でいなくなっちゃって、ずっと寂しい思いをさせてごめんね。でも私は約束どおり、ずっとそばにいるから』

「本当、なのか?」

『もちろんよ。だって私たち、もとは一つの魂だったんだもの。その時の願いを、今度こそかなえなきゃ』


 エメリナは目をぎゅっと閉じて、いたずらっぽく笑った。


『行こう、フィル。あなたが帰るべきところは、過去ではなく今なのよ』

「でも、オレはもう……」

『大丈夫! さぁ、あっちでみんなが待っているわ』


 思わず伸ばした手を、エメリナがしっかりとつかんでくれた。その向こうにある光の先に、オレを呼ぶ声が聞こえる。

 そうか、オレは独りなんかじゃなかったんだな。目の前からはいなくなっても、絆は、想いはけっしてなくならない。なら、もう一度戻ってみるか。エメリナの温もりもみんなで笑い合った時間も、終わった過去なんかじゃないはずだ。  エメリナは最期までそれを教えようとしていたのに、オレはあいつの声にさえ耳を閉ざしていた。だからずっと言えなかった言葉を、謝罪ではなく感謝の心が、今こそ伝えられる。


「ありがとう、エメリナ。今までも、これからも、ずっと」


 過去の闇に埋もれていたオレを、エメリナが現実の光へと導く。二人で、どこまででも歩いていこう。


『フィル、忘れないで。私はいつも一緒にいることを……無限の可能性も、すべては私たちの意志だということを……』


 体がすっと軽くなって、オレ達は手をつないで未来へと還っていった。




 ――――……――――




「フィリガーさん! ねぇ、起きてください!」


少しずつ世界が明るくなってきて、じっとオレをのぞきこんでいた目と目が合った。たんぽぽ色の髪と、長い黒髪……その後ろには、小柄な紅髪の姿もあった。


「あぁ、気が付きました? よかったぁ」

「大丈夫か? 黒い光の中に消えて、どうなったのかと思ったぞ」


 うつほが泣きついてきて、リーフさんはほっとしたように笑っていた。起き上がろうとしたら、肩の傷が思い出したみたいに痛んだ。


「オレ……どうなったんだ?」

「フィリガーさん、滅びの呪いに飲まれてしまったんですけど、シオンさんが後を追って飛び込んでいったんです。でもそれから二人ともすぐに戻ってきて、魂たちも穏やかになったから、びっくりしました。本当に無事でよかったです!」


 あの半日くらいの過去の幻は、ほんの一瞬の夢でしかなかったのか。でも、エメリナの想いは確かにここにある。黒い空間に現れて、オレを連れ戻そうとしてくれたシオンの声も、はっきりと覚えている。


「助かったよ、シオン」

「かまわん。あやつとの約束だからな」


 いつも横柄な妖精もどきは、それだけ言ってぷいっと後ろを向いてしまった。約束ってなんのことなのかわからなかったけど、今は訊かないことにした。


「はぁ、それにしても呪法の毒がまだ残っていたなんて、帰ったら室長に文句言ってやるんだから」

「これから冥界に戻るのか?」

「はい。迷い人のみなさんも、温泉ツアーに食べ放題のオプションを付けることで同意してくれました」


 なんだか緊張感が吹っ飛んだ気もしなくはないけど、うまく冥界に連れていけることになったのなら、オレもお役御免だな。


「あ、そうだ、うつほ。死んだ人の魂って、誰がいるのかわかるって言っていたよな?」

「はい。よかったらご希望の方がいるかどうか、名簿で調べられますよ」

「……いや。やっぱりいいや」


 エメリナはオレの中に生きている。呪いから解放された魂とともに、オレ達もやっと過去の呪縛を断ち切ることができたんだ。もうこれからは、前を向いて歩いていくことができる。


「その、死者の名簿とやらで、生きているかどうかもわかるのか?」


 コートのところどころが破れたり溶けたりしているけど、傷らしい傷はなかったリーフさんが、ちょっと戸惑いながら言った。


「あ、例の捜し人ですね。名簿に名前がなかったら、生きてるってことだから……あぁーッ!」

「な、なんだよ急に!?」

「その人って、外の世界の人間なんですよね?」

「あぁ、俺と同じ大陸だからな」

「それじゃ、名簿に名前があるわけないですよ。白紙なんですから!」

「どういうことだ?」

「白紙……もしかして、冥界の入口にいた、あの……!」


 怪訝な顔をしているリーフさんを差し置いて、オレも一緒になって叫んだら、うつほはぶんぶんとうなずいた。そしてポケットから手のひらサイズの赤い物体を取り出して、口と耳に当てた。


「あ、もしもし、うげつ君? うん、私。今、赤木ヶ原にいるんだけど。……うん、そう。とりあえず五百人をご案内するから、あと一万人の団体枠を確保してほしいって、かげろう先輩に伝えておいてくれる? それと、ここに緊急用のはしごを下ろしてほしいの。……うん、それじゃ、お願いね」


 なぜかその物体に向かって、うげつっていう死神――確か、さごろも室長さんのところへ押しかけてきたシオンを止めようとしていた少年――に話しかけているかのようにしゃべっていた。まさかあの中に彼がいるわけでもないだろうに。大きな独り言だったら、ちょっと危ないぞ。


「あ、来た来た。それじゃ、あのはしごを上って、マーラまでついてきてください」


 さっきの話、本当に伝わっていたのか? オレには天から下りてきたはしごなんかより、そっちの方が不思議で仕方がなかったけど、うつほはさっさと空へ舞い上がっていった。


「あの世というのは、はしごで行けるものなのか?」


 それはオレが訊きたい。


「あんまり深く考えない方がいいよ、リーフさん」


 うつほの後にぞろぞろと魂たちが整列してついていくから、オレ達もあわててはしごを上っていくしかなかった。


「ほれ、しっかり上れよ」

「お、重い……! オレ、いちおうケガしているんだぞ」

「その程度でガタガタわめくな。簡単に闇に飲まれるようでは、もっと鍛えてやらんとな」


 リーフさんに続いて上ろうとしたら、背中に飛び乗ってきたシオンを背負っていくハメになってしまった。小柄とはいえ、ただでさえ右腕の感覚がほとんどないっていうのに、なんて拷問だ。

 でも、まぁ、いいか。すべてを捨てて沈むだけの安易な闇よりも、苦しくても大事な人たちといる現実を、オレは自分で選んだんだからな。


「えーっと、非常用扉のパスワードは、っと」

 下を見たくない高さになってから、もうずいぶん上り続けたところで、やっとゴールが見えてきた。現界と冥界の境界をつないでいる空に浮かんだ鉄の扉に、うつほがカードをかざしてボタンを押すと、プシューって音がして横に開いた。どこまでが魔法で、どれが機械仕掛けなのか、オレにはさっぱりわからないけど、リーフさんは至極まじめな顔でその中に入っていった。


「魂のみなさんを受付にお連れしてきますから、ちょっとここで待っていてくださいね。……はーい、温泉ツアーのご一行様はこちらですよ〜!」


 白い鳥のマークがついた旗を振りながら、うつほは青い光の群れを引き連れて、さらに奥にある扉をくぐっていった。

 オレ達はうつほが戻るまで、以前『空の穴』に落ちてたどりついた、冥界の入口にあるこの案内ルームで待っていることになった。あの呪いの闇と同じ真っ暗な空間だけど、静かで落ちつく安心感のような違いは、ぼんやりと薄明るいからっていうだけじゃないだろう。


「ここに……」


 どこまでも続く何もない暗闇を見まわすリーフさんは、いつもの冷静な表情だけど、つぶやいた声には緊張が隠しきれていなかった。一年以上、なんの手がかりもなく大陸中を捜しまわって、それでも絶対にどこかで生きているって信じていた強い思いは、どこか悲哀さえ感じてしまう。オレはまだ出会ったばかりで、理由や背景もよくわからないけど、なんとか力になってやりたい。本当にあの人だったらいいんだけど……。


「お待たせしました! さ、こっちです」


 しばらくして戻ってきたうつほは、オレ達には見えない看板でも見えているのか、はたまた恐ろしく方向感覚がいいのか、迷うことなく歩き出した。リーフさんが真っ先に続いて、オレとシオンは黙ってその後についていく。


「あ、やっぱりまだあそこにいましたね」


 このうす暗い中で、明るい金髪は遠くからでもよくわかった。オレが初めて冥界に迷い込むより前から、ずっとここで一人たたずんでいた男は、今も変わらずぽつんと座っていた。


「クラン……なのか……?」


 そういえば彼は記憶がないって言っていたけど、リーフさんはわかるんだろうか。ゆっくりと近づいて声をかけたら、男がふり返って虚ろな眼を向けた。数秒間、呼吸の音さえない完全な沈黙の後、何度も瞬きをした男の目にはっきりと光が戻った。


「リーフ……?」

「クラン!」


 二人はお互いの名前を、存在を確かめ合った。ということは、やっぱり彼がリーフさんの捜していた人だったんだな。


「なんだ、ここ……まだ夢の中なのか?」

「夢ではない。少しおかしな世界だがな」

「なんか、あの時の記憶があいまいなんだけど、オレ、どうなったんだ?」

「お前は“聖獣”を解放して、夢に消えたのだ。だが、必ずどこかで生きていると思っていた……世界の想いは、オレやお前の願いでもあるのだからな」

「そっか……オレもずっといろんなこと忘れていたんだけど、待ってなきゃならねぇってことだけは覚えていたんだ。すまねぇな、ガキみてぇに迎えに来てもらってよ」

「まったくだ。こんな異世界にまで俺を来させるとは。イオリもエリィも、みなお前の帰りを待っているのだぞ」


 クランって呼ばれた人は、まわりを惹き付ける明るい笑顔で、リーフさんとは違った種類の美青年だ。どういう経緯でこの大陸の、しかも冥界の入口なんかに飛ばされてきたのかはわからないけど、記憶も戻ったみたいだし、無事に再会できて本当によかったなぁ。


「協力してくれて助かった。ありがとう」

「おう、どこの誰か知らねぇけど、世話かけちまったみたいだな」

「オレ達は何もしてないよ。それより、もとの大陸には帰れるのか?」

「それなら心配はいらん。わしが外へ出してやろう」


 シオンが怪しいのは前々からだったけど、飛べないくせに冥界に来たり、呪いの闇にまで入ってオレを連れ出したり、もう今さら驚くことはない。うつほも見送るって言うから、オレ達は上ってきたときより一人増えた五人で、また現界へと降りた。


「本来は海の果てまで行かねばならんのだが、面倒だからここに歪みを作るか……お主らはさがっておれ」


 ほんの少しだけ明るくなった気のする赤木ヶ原の真ん中に立って、シオンは何かをぶつぶつ言った。そしてナイフで紙を切るかのように、何もない手を何もない空間に向かってまっすぐに振り下ろした。


「えぇっ……!?」


 うっそだろ!? いきなり景色が切り取られたみたいに、そこに海が現れた。まるで壁に飾られた絵みたいに、ぽっかりと……でも、潮の匂いも波の音もある。ほ、本物の海なのか?


「この向こうが外の世界だ。あとは神力(しんりょく)結界を開かなければならんのだが、少し時間がかかるから……」

「危ない!」


 かすかな音が耳をかすめた瞬間、それがなんなのかを考えるより先に刀を抜いていた。矢か石のような何かがシオンに当たる直前ではじいて、それが降ってきた方にすばやく向き直った。


「あいつらは……」


 灰色の空に浮かんでいたのは、見たことのある男と、見たことのない男女……三人とも、大きな白い翼を広げた天使だった。


「チッ、邪魔が入ったか」


 せっかく明るくなりかけていた荒野に、また不穏な空気が漂っていた。


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