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蒼穹の涙  作者: chro
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第2章(3) 今はそれしか言えん

 この世界は三つに分かれている。オレ達人間、獣人、水人が住む現界、死神や死んだ人が住む冥界マーラ、そして天使や神様が住む天界エル・カラルがある(妖精は別の次元に行ったとも滅んだとも言われている)。

 それぞれの境界には結界があって、簡単には行き来できなくなっている。そうじゃなくても冥界は空の上にあったり、天界なんかどこにあるのかさえ誰も知らないから、現界人は自分からよそに行くことはできない。死神と天使は魔法の力があるし、空も飛べるから、たまに現界に現れたりすることはある。ただ、たった十人しかいなかったり、会った時には死ぬ瞬間だったりっていう理由で、実際に出くわすのはまれだ。


「うわぁ、素敵なお家! とってもレトロでアンティークですね〜」


 ……それなのに、今、死神の女の子がウチにホームステイにやってきたなんて、まったく何かの間違いじゃないかと思う。そもそも、なんでこういうことになってしまったのか、いまだに理由さえわからないよ。とりあえず、どこからどう見ても死神とは思えないから、ボールドさんの変装帽子は必要なさそうだな。


「私、あまり現界に来たことがないんですけど、これが一軒家ってやつですね」

「もしかして、こういう家、見たことないのか?」

「マーラは超人口過密ですから。どこもビルだらけなんです」


 丘の上にぽつんとあるところも気に入ったらしく、お伽噺の中みたいだとか貴重な大自然だとか、うつほは大はしゃぎで喜んでいた。旧型(レトロ)おんぼろ(アンティーク)な家を気に入ってもらえて何よりだよ。


「何もないところだが、遠慮はいらんぞ」


 お前が言うなよ、シオン。っていうか、お前こそちょっとは遠慮しろ。……なんて心の叫びは届くはずもなく。ビシッと本人に向かって言えるくらいなら、今ごろ家主の威厳くらいはあっただろう。


「あぁ、でもやっと我が家に帰ってこられたな」


 いま思い出してもゾッとするよ。……いや、冥界に落ちたことがじゃなく、帰る時のことが。


 現界に戻るには、来た時とは逆の『地の穴』に落ちればよかったんだけど、なぜかそれはしゃがみ込んでジャーって流す、アレだった。なんでアレが、しかも昔のタイプなんだ!? ……なんでもうつほ曰く、古代文明の香りがするこのテの遺跡が、冥界ではしゃれたラインだと大人気で、穴としての使い勝手もいいらしい。香り……穴……いやいやいやいや、絶対に何かが間違っているって。

 でも、現界に生きて戻るにはこれしかない。いろんな意味で覚悟して『地の穴』に飛び込んだら、意外にも木から飛び下りたくらいの一瞬で、いつも釣りをしている池のほとりに落ちた。あの、気が遠くなるくらい落ち続けたのはなんだったんだ……。


「とりあえず、生きて帰ってこられた祝いにメシでも食べるか」

「それはよいな」

「わーい!」


 オレが台所に立つと同時に、シオンとうつほはすみやかに席についた。……あれ?


「作るのは……やっぱりオレ?」

「当然だ」

「え? 座ったら自動的にご飯が出てくるシステムじゃないんですか?」


 それぞれに感覚のズレた同居人たちに、オレはコメントを返すことなく、黙って調理を開始した。二人はときどき机を叩いて催促しながら、のんきにしゃべっている。


「えーっと、エルヴァさんでしたっけ?」

「シオンでよい。あれは……まぁ、ファミリーネームのようなものだ」

「それじゃ、シオンさん。さごろも室長とお友達みたいでしたけど、死神なんですか?」

「わしは妖精だ。以前から何度か冥界に顔を出しておるのだが、さごろもとは昔なじみでな。『空の穴』もいくつか知っておる」

「へー、妖精ってまだ現界にいたんですね。四百年前に滅んだって聞いていました」

「まぁ、なんだ。一部は妖精界に避難しておったのだが、ちと退屈になって、こちらに遊びにきてみただけだ」

「現界は物騒ですから気をつけてくださいね。戦争なんかされたら、私たちの仕事が増えちゃって大変なのに」

「お主、まだ若いようだが、四百年前には仕事をやっておったのか?」

「ちょうどそのころデビューになったんです。まだ見習いの死神までかり出されるくらい、ひどい人手不足だったんですよ」

「……それで、妖精の死者は担当したのか?」

「私、受付を通った後の、マーラの各地区に案内する係だったんです。その時にはもう仮の肉体だから、誰がどの魂なのか区別はつきませんでした。どなたか、お友達がいたんですか?」

「いや……知らなければ、よい」

「よーし、できたぞ。……って、あれ?」


 皿いっぱいの炒め物と、こないだ採ったベリーたっぷりのサラダを作ってふり返ったら、二人とも重い顔をして黙り込んでいた。オレがせっせと料理している間に、どんな会話をしていたんだよ。


「おぉ、遅かったではないか。待ちかねたぞ」

「わぁ、おいしそう!」


 匂いに気づいたシオンが顔を上げて、うつほは立ち上がって出迎えてくれた。普段の調子に戻ったら、あとはお約束のご飯争奪戦だ。シオンはもちろん、うつほもなかなかツワモノで、皿に溢れるくらいの山盛り料理はわずか数分できれいに片付いて、かけらさえ残らなかった。


「ふぁ〜、おいしかったぁ!」

「ふむ、お主は料理の腕だけは大したものだ。いい主婦になれるぞ」

「なりたくねーよ」

「うんうん、手料理なんて初めて食べたから感動しました。……あれ? 誰か来たみたいですよ」


 満腹になって満足していたら、戸を叩く音がした。誰だろ……ウチに人が来るなんて、もしかして初めてじゃないかな。


「突然訪ねて申し訳ない。人を捜しているのだが」


 戸口に立っていたのは、オレより背が高い男だった。長い黒髪とロングコートがさらにすらっと見えて、整った目鼻は惚れぼれするくらい美形なのに、それがイヤミにならない高貴な威厳みたいなのがある。都の貴族か偉い人なのかな。反射的に態度が低くなりそうになったのを、わざと姿勢を伸ばすことでごまかしたけど、それこそ悲しき庶民のサガだ。


「えーっと、オレ、あんまり人づきあいがないから、町に行った方がいいと思うんだけど」

「いくつも町を渡り歩いてきたが、これまで誰も見た者さえいなかったのだ。とにかく、今はどんな情報でもほしい。話を聞いてもらえないだろうか」


 男は真剣な目で、訴えるような言葉は悲痛でさえあった。むずかしいとは思うけどオレも何か力になりたいと思って、中に入ってもらった。


「誰なのだ、フィリガー?」

「この人が、誰かを捜しているそうなんだ。……どんな人なんだっけ?」

「俺より長身で、明るい金髪と碧眼の男だ」

「この地方はみんな黒か茶色だから、金髪ならもっと西の方かなぁ」


 とはいえ、そんな特徴なら、同じような男がゴマンといるだろうな。ましてオレの人脈ごときじゃ、思い当たる線なんてあるはずもない。また情報屋のマスターに聞いてみるしかないかな。


「そうだ、お前らの方が何かわからないか? 妖精と死神なんだからさ」

「妖精だから、という意味がわからんが、長く生きているぶん、お主よりは物事を知っておるぞ」

「私も、生きてるか死んでるかだけならわかると思いますよ」

「妖精と、死神……?」

「あぁ、ちょっと変なヤツらだけど、彼女は本当に冥界の死神なんだよ。こっちは自称・妖精だからかなり怪しい……ぐぎゃ!」


 みぞおち直撃は、もうツッコミなんてレベルじゃない。うずくまるオレの横で、シオンは何事もなかったかのように茶をすすっている。男は眉をひそめて怪訝な顔をした。驚いているのか怪しんでいるのか、どっちにしても普通の反応だ。


「その捜している人は、どこに住んでたんだ? やっぱり西の地域?」

「……。本当のことを言ってもいいのだろうか」


 しばらく黙ってうつむいていたけど、男は思いきったように顔を上げた。


「……俺の名はリーフ=クラウス、ここからはるか南の大陸にある、コルスコート王国からやってきた」

「南の大陸だと!?」


 うわ、びっくりした。シオンがいきなり立ち上がって叫んだから、お茶がこぼれてしまったじゃないか。。確かに他の大陸なんてあるのも知らなかったけど、そんなに驚かなくても……。


「閉じられた大陸に、よそから人が来るなんて……」


 あれ? うつほまで目がまんまるになっているよ。もしかして、一人だけ驚くタイミングをはずしたかな?


「やはり、ここでは異邦人は異例なのだな。」


 あれれ? リーフさんまで了解済み? なんでオレだけ仲間外れなんですか?


「フィリガーよ、お主にも説明してやろう」

「え、現界人に話しちゃってもいいんですか?」

「構わん。こやつはいずれ知らなければならんのだ」


 家主のはずなのに一番の部外者になってるオレを置き去りにして、暴露からひそひそまで話は勝手に進んでいた。


「お主たち現界人は、この大陸の外に何があるのか知らないだろう。なぜだと思う?」

「誰も行ったことがないし、そもそも外洋を渡れる船もないからだろ?」

「正確にいうと、その答えは正しくない。この閉じられた大陸から、外洋に出ることはできないのだ。もちろん、入ることも」


 いつになく真面目なシオンの話は、すぐには理解できなかった。閉じられた大陸って言葉、確かさごろも室長も言っていたっけ。止めるべきかどうしようかと、おろおろしながら見つめているうつほの視線を無視して、シオンは静かに言った。


「ここは閉じられた大陸……天界のメタトロン神と十人の天使が、すべてを司っている」


 神様なんて本当にいたのか? ……ってことくらいしか、感想が出てこなかった。いきなりそんなこと言われてもなぁ。


「大陸を取り囲む神力(しんりょく)結界は、冥界と現界の境界に張られているものとは比べものにならん。見えないさわれないというだけでなく、存在そのものを外から消しておる。このことは天使と死神しか知らないが、たとえ魔法の力があろうとも、通り抜けることは不可能だ」

「なんでまた、そんな手の込んだことを……外は危険だからとか?」


 でもオレ達だって戦争をしているし、リーフさんも危ない人には見えないし。


「それが天界の意志なのだ。今はそれしか言えん」


 そう言ったシオンは、気のせいか苦しそうな表情だった。何を隠しているんだろう。どうしてそんなに辛そうなんだ。それも……いつか話してくれるんだろうか。


「ところでリーフとやら、お主はどうやってこの大陸に渡ってきたのだ?」


 オレが考え込んでいたら、シオンは今度はリーフさんに話を向けた。


「知り合いに不思議な力を持った少年がいるのだが、彼がこのあたりの海に不可視の壁……時空の歪みとやらがあるのを見つけて、俺だけ中に入れてもらった。世界中を捜しても見つからなかったから、あとはここしかないと思ってな」

「信じられんな……存在に気付いただけでなく、神力結界まで破るとは。そやつ、いったい何者なのだ……」

「俺にもわからない。本人は別の宇宙から飛ばされてきたと言っていたが」


 そいつこそ、じつは神様か天使なんじゃないのか? と思ってみたけど、すでにシオンの関心は元の話に戻っていた。


「まぁ、外の人間ならば放っておいてもよかろう。お主はここが外の世界とは違うとわかっていながら入ってきたわけだが、やはり何かを感じたのか」


 リーフさんは目を細めて、食べ散らかした机をまったく気にすることなく、ベリーの種あたりを見つめていた。


「あぁ、いっけん何も変わらないように思ったが、なんと言えばいいのか……どこの町でもみな毎日同じ生活をくり返し、外の世界に出ようとしない……そう、まるで虚ろな目をした囚人のような……」

「大した洞察力だな。さすがは第三者の目といったところか」

「そうか? 戦争の後だから、みんな疲れているだけだよ。オレは町には行かないけど、結構出歩いているし」

「それも、いずれお主は知ることになるだろう」


 意味があるようなないような言い方でにごして、結局シオンはそれ以上のことを言わなかった。


「あのー、ひとつ質問いいですか?」

「どうした、うつほ?」

「シオンさんって妖精なのに、なんでそんなこと知ってるんですか? あれ、けっこう極秘事項だったような気がするんですけど」

「あー、それはだな……ほれ、あれだ、さごろもから聞いたのだ」

「……本当ですかぁ?」

「も、もちろんだとも」


 いや、嘘だろ。絶対。この自称・妖精は九割が尊大と性悪の塊でできてるけど、あとの一割だけはかわいいところがある。


「この大陸のことはわかったようなわからないようなだけど、リーフさんの人捜しは手伝うよ。外から来たならいろいろわからないだろうし、その人も迷って困ってるかもしれないからな」

「話を信じてもらっただけでなく、協力していただけるとは、ありがたい」

「もし本当に外から迷い込んでいるのならば、どうやって来たのか興味がある。わしも手伝ってやろう」

「私も居候(いそうろう)としてご協力します!」


 ごく普通の人間と、(自称)妖精と、ホームステイ中の死神が、外の世界から来た人間の人捜しをすることになった図は、よく考えたら奇妙極まりない。でも、だからこそできることもあるし、可能性は何倍にもなる。少なくとも、いろんな意味で退屈しないで済みそうなメンツだってことだけは確かだな。


第2章に登場する異世界からのゲストがわからない方は、ぜひ『夢人』をお読みください。

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