プロローグ
“蒼穹の涙”――永遠の力と無限の可能性を持つという、この伝説の秘宝をめぐり、大陸では大昔から争いが絶えなかった。
特に規模の大きかった四百年前の戦争は、種族や境界を超えて熾烈を極めた。あらゆる建物が破壊され、至るところで森が焼き払われ、流れを止めた水は濁り、あわや世界も生命も滅びようとした直前、一人の妖精が現れて戦いを終わらせた。彼は妖精族にもない不思議な魔法や癒しの術、そして圧倒的な力を持っていたという。
彼こそが“蒼穹の涙”を所持していたのではないかと噂されたが、その後、彼は忽然と姿を消した。
『……これを破壊したら、きっと戦争は終わる。そうしたら、僕は……』
荒野の真ん中に一人で立つ少年は、手の中の青い宝石を見つめてつぶやいた。うまくいけば、彼らはあきらめて戦争をやめるかもしれない。だが……。
『いたぞ、あそこだ!』
『えっ?』
後ろをふり返った少年の視界には、密かに近づいてきていた水人の軍隊が広がっていた。およそ常識では信じられないほどのその数は、都を総攻撃する規模に匹敵している。
『なんで、長だけで来るようにって……了承したって言っていたのに……』
『水人や人間の軍に遅れをとるな!』
『至宝は我らのものだ!』
さらに左からは獣人が、右からは人間が、やはり何万という軍勢を率いてやってきた。彼らが目指す先にはただ一人の少年しかいないというのに、あまりに桁違いの数である。
みながまるで言い合わせたかのように、秘宝を奪うチャンスだとして大軍を繰り出していた。すべての種族が互いを牽制し、明るい草原には欲望と憎しみと殺気が満ち溢れていた。
『どうして……』
少年は目を見開いて立ち尽くした。唯一の希望を信じていたのに、目の前に残された現実には、最後まで彼のささやかな願いは届かなかった。
『うわぁあああーッ!』
少年の悲しみと絶望が爆発した。底のないどす黒い光が空を飲み込み、木は枯れて、土は腐って、逃げまどう兵隊たちがこの世のものとは思えない悲鳴をあげながら消えていく。あらゆる生命を存在ごと根絶して、すべての光を黒に塗りつぶし、果てしない深淵の闇が世界を覆った――。
――そして、現在。
大陸全土を巻き込んだ何度目かの戦争は、世界規模の災害や疫病の発生により、あっけなく自然終息した。
くり返された争いの結果、大地は疲弊し、種族間の交流は途絶え、虚ろな世界だけが残された。
“蒼穹の涙”――歴史上に何度も存在し、数え切れない戦乱と災いを招き、そのたびに無意味な血が流されてきたが、その確かな正体を知る者は、いない。
文章の書き方、表現などを改良しました。懐かしい方も初めての方も、再開した『蒼穹の涙』をよろしくお願いします。