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連載候補短編

【連載版スタートしました!】優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

作者: 日之影ソラ

【作者からのお知らせ】


ご好評につき連載版をスタートしました!

連載に伴いタイトルを変更しています。

新タイトルはこちら!


『折り紙職人ミモザの日記帳 ~病弱だった私は異世界に転生したので恩返しの旅に出る~』


ページ下部にリンクがございます。

見つからない場合は、お手数ですが下記のURLをコピーしてお使いください。


https://ncode.syosetu.com/n1741iq/


短編で評価やブックマークを頂いた方も、ぜひぜひ連載版でもお願いいたします!

頑張って執筆します!!


「ミモザ。この書類も今日中に終わらせておきなさい」

「はい。お姉様」

「わかっている? 間に合わなかったらお仕置きよ」

「……はい」


 そう言い残し、ユリアお姉様は宮廷の執務室から立ち去ろうとする。

 いつものことだし、どこへ行くかもわかっている。

 だけど一応、聞いておかないといけない。

 今は仕事中で、ここは職場なのだから。


「あの、お姉様」

「何よ?」


 私が呼び止めると、不機嫌そうな顔で振り返った。

 大丈夫だ。

 睨まれるのもいつも通り。


「どちらに行かれるのですか?」

「それ、あなたに関係あるかしら?」

「一応……仕事中ですから」

「……」


 お姉様は怖い顔で私を睨む。

 大きくため息をこぼし、面倒くさそうに答える。


「お茶会に呼ばれているのよ」

「お茶会……」


 お仕事とは無関係であることはわかっていた。

 彼女は悪びれもなく続ける。


「そう。アスベル様から招待されているの」

「アスベル様が?」

「ええ、あなたもよく知っているでしょう? 本当なら、あなたの役目だったのにねぇ」

「……」


 アスベル・ラント様。

 ラント公爵家の長男で、次期当主になられることが決定している方だ。

 王国でも名のある貴族の家柄である。

 そして、数日前までは……私の婚約者でもあった。


「ミモザが婚約者のままだったら、こんなことをしなくても交流は続いていたのよ」

「……申し訳ありません」

「まったくね。不出来な妹を持つと大変だわ」

「……」


 お姉様は嫌味を言い残し、執務室の扉を開ける。


「それじゃ、言ったことは守りなさい。夕方までには戻るわ」

「は、はい。お気をつけて」


 私は去っていくお姉様を笑顔で見送った。

 バタンと扉が閉まる。

 一人になり、シーンと静寂が聞こえるようだった。


「……ふんっ!」


 パチンと、私は自分の頬を叩いた。


「暗くなっちゃダメ! 頑張らないと!」


 そうやって自分を鼓舞する。

 山もりの書類を、今日中に終わらせないといけない。

 これが今の、私の役割なんだ。

 たとえお姉様に……理不尽に押し付けられたものだとしても。

 

 役割が与えられることは、当たり前じゃない。

 私はそれをよく知っている。


  ◆◆◆


 十八年前の冬。

 私は異なる世界の住人だった。

 

「ごほっ、っ……」

「寒いでしょう? 窓、閉めるわよ」

「待ってください。もう少しだけ……外の空気を吸っていたいんです」


 私がそう言うと、担当の看護師さんは小さくため息をこぼす。


「あと五分だけよ。それ以上は身体に悪いわ」

「ありがとうございます」


 看護師さんは、五分経ったらまた来ると言って別の患者さんを見に行った。

 病室で一人、私は冷たい風を感じる。

 私が知っている外の世界は、この狭い病室と、窓から見える青空だけだった。

 生まれつき身体が弱かった私は、毎年のように重い病気になった。

 学校も満足に通えない。

 だから友達なんていないし、けれど私の病室には、たくさんの鶴が飾ってある。

 千羽ではきかない数の折り紙だ。

 中には顔も知らない同級生や先生が、早く元気になってねとメッセージを残して折ってくれた。

 周りがやるから仕方がなくだったり、無理矢理やらされた人も多いだろう。

 名前しか知らない人のために、貴重な時間を使って折り紙を折る。


「……ありがとう」


 たとえ心が籠っていなくとも、私のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。

 一羽一羽、誰が折ったのかもわからないけど。

 私はいつも、顔も見えない誰かに感謝して生きていた。


 五分経って、看護師さんが戻ってきた。

 窓を閉める。

 病室は暖房が効いていて、すぐに温かくなった。


「私、大人になったら看護師になりたいです」

「え? 急にどうしたの?」


 唐突に話し出した私に、看護師さんは驚いていた。

 私も、こんな話をしたのは初めてだ。


「たくさんお世話になったから、恩返しがしたいんです」

「……ありがとう。でも、この仕事大変よ? 体力もいるし、休みだって簡単にとれないんだから」

「そう……ですね……私じゃ……」

 

 病弱な私じゃ、過酷な労働環境には耐えられないだろう。

 落ち込む私に、看護師さんは優しく言う。


「別になんでもいいのよ。恩返しがしたいなら、看護師じゃなくても」

「……そう、ですか」

「そうよ。だって世界中にはいろんな人がいて、それぞれの役割があるの。看護師じゃなくても、人の役に立てる仕事はいっぱいあるわ」


 看護師さんは私の心を汲み取ってくれた。

 そうだ。

 私は別に、看護師になりたいというわけじゃない。

 ずっと病弱で、誰かに支えられて生きてきた。

 それを誰よりも実感している。

 だからこそ……。


「誰かの役に立ちたい……そうでしょ?」

「――はい」


 今度は私が、困っている誰かを助けられる人間になりたい。

 見ず知らずの誰かに支えられ、助けられる心強さを知っている私だからこそ、いつか誰かに勇気を与えたい。

 怖くて、苦しくて、辛い誰かの背中を押してあげたい。

 ただ、それだけが願いだった。


「それなら、早く元気にならないといけないわね」

「はい! そうですね。今の私じゃ、何もできないから……」

「そんなことないわ。ほら、また私の愚痴を聞いてくれる?」

「そんなことでいいなら」

「ありがとう。聞いてよ。また病棟医のおじさんがテキトーな指示してきたのよ。ちゃんと患者さんを見なさいっての」


 病室のベッドから起きられない今の私じゃ、誰かの役に立つことはできない。

 それをもどかしく思う。

 早く元気になりたい。

 毎年この時期になると、特にそう思う。

 次の春までには元気になって、学校に行って……鶴を折ってくれた同級生たちに、精一杯お礼を言いたいと思った。

 まずはそこから始めよう。

 支えてくれた人たちへの恩返しから。


 そう思っていた。

 けれど、次の春を迎えることは……なかった。


 十七歳。

 高校二年の冬。

 私は……短い生涯を終えた。


  ◆◆◆

 

 奇跡が起こった。

 そうとしか思えない出来事だった。


(ここは……どこ?)


 気がつくと私は、見知らぬ世界で赤ん坊として生まれ変わっていた。

 両親が喜んでいる姿が見える。

 赤ん坊だから泣くことしかできないけど、身体は温かく、元気に動いてくれた。


(願いが叶ったの? 本当に?)


 死の直前、私は願った。

 もしも来世があるのなら、今度は誰かを助けられるような人間になりたい。

 苦しむ人々のために人生を捧げたい。

 どうか、お願いします。


 ――神様。


 私に、恩返しのチャンスをください。


 強く願った。

 無理だとわかっていても、死にゆく私にできたことは、ただ願うことだけだった。

 無駄じゃなかったらしい。

 私は生まれ変わった。

 新しい世界で、新しい生を受けた。

 これは運命だ。

 だから頑張ろう。

 願いを叶えるために、誰かの役に立てるように。


 幸運なことは他にもあった。

 生まれ変わった異世界には、魔法という特別な力があった。

 そして私が生まれたアリステラ家は代々、優秀な魔法使いを多く輩出している名門貴族。

 魔法使いとしての才能は、生まれながらにほぼ決まる。

 名門貴族に生まれたこと。

 魔法を学ぶ上で、これ以上ないほど適した環境だった。


 ただ、魔法が使えるというだけでは才能があると言えない。

 私には魔法を使う才能はあった。

 しかし、普通の魔法使いのようにはできなかった。

 

「どうしてこんな簡単な魔法も使えないんだ?」

「……申し訳ありません。お父様」

「はぁ……」


 魔法を教えてくれたのはお父様だった。

 お父様は宮廷で働く現役の魔法使いで、国王陛下からも信頼されていた。

 王国の魔法使いの中でも上位の実力を持つ父から教わっている。

 それだけでも恵まれている。

 アリステラ家の娘として、周囲から期待もされていた。

 でも……。


「唯一まともに使えるのは、補助系の付与魔法だけか」

「……はい」


 お父様は落胆していた。

 私は魔法を使うことができるだけで、お父様や周囲が求めるような才能はなかったらしい。

 普通の魔法使いが当たり前にできる初級魔法も満足に使えない。

 唯一使えるのは、付与魔法と呼ばれる分野。

 物体に効果を付与したり、魔法の効果を底上げすることができる。

 とても優れた魔法分野だけど、単体ではあまり使用されない。

 基本的には何かの補助だ。

 炎や水を生成する魔法のように、何かを生み出すことはできない。

 

「ユリアを見習いなさい。お前より一年早く生まれただけで、もう四大元素の魔法をマスターしているんだぞ」


 魔法を学ぶ傍らで、私とは違い才能を発揮する人がいた。

 私には一つ上の姉、ユリア・アリステラ。

 彼女は持って生まれた。

 お父様や周囲が求めていた魔法使いとしての才能を。

 それ故に、彼女は期待されていた。

 常に姉と比べられた私は、次第に期待すらされなくなり、お父様もお姉様にしか魔法の指導をしなくなった。


「不憫ね。付与魔法しか使えないなんて」

「お姉様は凄いですね。なんでもできて」

「そうよ。私はすごいの。ミモザとは違うわ」


 私もそう思う。

 才能は間違いなく、お姉様のほうが上だろう。

 私に許されたのは唯一……付与魔法だけだ。

 そんな私をお姉様は馬鹿にする。

 けれど、私は悲観的にはなっていなかった。


「私は普通の魔法は使えないです。でも、この魔法でお姉様を支えます」

「ミモザが、私を?」

「はい! それならできると思いますから」


 誰かを支えたい。

 そう思って生まれ変わった私には、この力はピッタリだと思った。

 元々、前世から器用じゃない。

 何もかもやろうとしても、きっとうまくいかない。

 一つのことを極めるほうが私には向いている。


「ふんっ、馬鹿にしないでちょうだい。ミモザの助けなんていらないわ」

「今はそうかもしれません。でも、必ず支えてみせます」


 私は誰かを支えるために生まれ変わった。

 それをするだけの力は、神様に貰っている。

 これ以上ない幸福だ。

 今世は恵まれている。

 だから、精一杯頑張ろう。

 そう思って努力を続けた。

 お父様が私の指導を放棄してからも、独学で魔法について学んだ。

 その過程でいろいろ試して、私なりに付与魔法の解釈を広げた。


 そして――


 十六歳になった頃。

 私はお姉様の補佐役として、宮廷魔法使い見習いとなった。


「わかってるわね? ミモザが宮廷に入れたのは、私が宮廷魔法使いになれたからよ」

「はい。お姉様が推薦してくださったんですよね?」

「ええ、小間使いにはちょうどいいわ」

「それでも嬉しいです。こうして誰かの役に立てるなら」


 心からの言葉だった。

 お姉様はなぜか不機嫌そうだったけど、こうして宮廷で働く機会を得たことを感謝している。

 付与魔法しか使えない私じゃ、何年かけても宮廷で働くなんてできなかったはずだ。

 多くの魔法使いが目指す場所の一つ、それが宮廷魔法使い。

 この国を生きる人々のために才能を使う。

 私たちの頑張りが、多くの人々の生活を支える。

 なんてすばらしいことだろう。

 これが私の目指していたことだった。


 宮廷での仕事は激務だった。

 毎日朝から晩まで働く。

 お姉様の補佐として、お姉様から与えられた仕事をこなす。

 毎日、毎日……。

 辛くはなかった。

 前世では働くことすらできない身体だったから。

 働けることが嬉しかった。

 けれど時折、思ってしまうことがある。


 これでいいのか、と。

 本当にこれが、私のやりたいことなのか?


 疑問に思ってしまう私は、毎日を振り返るために日記を書くことにした。

 今日は何ができたとか、明日の課題ややるべきことをまとめた。

 時に気づきを記し、新しい付与の発想に繋がった。

 日記を書いて、数日空けて過去の内容に目を通す。

 すると、自分の働きが客観的に見られる。

 私は働けるだけで嬉しかった。

 けれど、これじゃ足りないと思えるようになった。

 ただお姉様の補助をしているだけじゃダメだ。

 私にできることを増やそう。


「お姉様! 私にも、お姉様がやっている魔導具開発を手伝わせてください!」

「いきなり何? 手伝えることがあると思う?」

「はい! 私にもできることがあると思います」

「……そう。別にいいわよ」

「ありがとうございます!」


 お姉様は魔法使いであり、優秀な魔導具師でもあった。

 魔導具は国民の生活を支えている重要な要素の一つ。

 新しい魔導具を開発し、人々の生活を豊かにして、文明を先へ進める。

 お姉様の仕事を手伝えば、より多くの人が幸せになる。

 私の付与魔法は、使い方次第で魔導具の効率化や、効果を向上することができる。

 それをわかって、お姉様も了承してくれたのだろう。


「頑張ります!」

「ええ、頑張ってもらうわ。私のために」


 それからお姉様の研究を手伝うことになった。

 通常の業務が終わってからの作業だ。

 休みの日も研究に勤しんだ。


「これ、明日までに用意しておいて」

「はい。お姉様は?」

「私はパーティーがあるの」


 お姉様は私に仕事だけじゃなく、研究も任せてくれるようになった。

 もちろん肝心な部分は手伝えない。

 準備や資料まとめ、私にできることだけだ。

 それでも嬉しかった。

 頼られていると思った。

 けど……違った。

 本当は最初から気がついていたんだ。

 お姉様は私を、利用しているだけだということに。


  ◆◆◆


「ミモザ、君との婚約を破棄させてもらう」

「――」


 それは突然のことだった。

 婚約者であるアスベル様から、婚約の破棄を言い渡されたのは……。


「すでに両当主の間で合意はとれている。君との関係はここまでだよ」

「そうですか……」


 私はアスベル様に頭を下げる。


「ご期待に沿えず、申し訳ありませんでした。短い期間でしたが、私の婚約者になってくださりありがとうございます」

「……本気で言っているのか?」

「え?」


 顔を上げる。

 すると、アスベル様は酷い顔で私を見ていた。

 まるで理解しがたいものに直面しているような……。


「アスベル様?」

「わかってるのかい? 婚約を破棄したんだよ?」

「はい。そうお聞きしました」

「……理解できないな。どうしてそんな風に、平然としていられる? 何も感じないのか?」


 アスベル様の問いかけに、私は心の中で思う。

 何も感じない、わけじゃない。

 少し悲しくはあった。

 婚約は疎か、前世では恋人だっていなかった。

 そういう関係に憧れたりもある。

 親同士が決めた婚約でも、自分にそういう相手ができたことは素直に嬉しかった。

 ただ……いずれこうなることはわかっていた。


「私はアスベル様に相応しくありません。きっと、お姉様のような人のほうが相応しい」

「――! わかっているじゃないか」


 アスベル様は笑みを浮かべる。

 わかっているとも。

 私と婚約してからずっと、彼は私ではなくお姉様に色目を使っていた。

 最初から私との婚約も、お姉様に近づく口実だったのだろう。

 お姉様は才能のある魔法使いで、容姿も美しく、貴族としての振る舞いも完璧だ。

 そんな彼女に言い寄る男性は多い。

 少しでもお姉様に近づくために、あらゆる手段を使う。

 そのうちの一つとして、私が選ばれただけだ。

 

「君のことが嫌いなわけじゃない。ただ、より近くにいることで、彼女のすばらしさに気づいてしまったんだよ」

「そうですね。お姉様は素敵な女性だと思います」

「……本当に気味が悪いな」

「え?」

「どうして笑顔を見せる?」


 アスベル様は気味悪がった。

 婚約破棄をされながら、それでも笑顔を見せ続ける私に。

 笑顔の理由?

 そんなの簡単だ。

 少しでも相手に不快な気分をさせないように。

 辛いことがあっても落ち込むのではなく、常に前を向いていられるように。

 

「そういうところも苦手だった。君の前でユリアと話している姿を見せても、君は何も感じていないような……むしろ喜んでいるようにさえ見えた」

「それは……」


 別に喜んでいたわけじゃない。

 でも、幸せならそれでいいと思ったんだ。

 人は誰しも、自分の幸せを追い求める。

 アスベル様には彼の幸せがあって、お姉様といることが幸せなら、私はそれを祝福するだけだ。


「君はまるで、人のふりをする人形みたいだね」

「人形……」

「一体誰のために生きているんだか。一緒にいるとこっちまでおかしくなりそうだよ」

「……」

 

 人形……か。

 そんな風に言われたのは初めてだ。

 けれど、誰のために生きているかなんて決まっている。

 私が生まれ変わったのは、見知らぬ誰かを助け、支えるためだ。

 そのために生きている。

 この元気な身体は、そうあるべきだと言っている。


 落ち込んだりしない。

 後ろ向きになんてならない。

 私は前を向き続ける。

 これが正しいと、信じているから。


  ◇◇◇


「やっと終わった」


 お姉様から命じられた仕事が終わったのは、定時を一時間ほど超えたあたりだった。

 仕事は終わっても、研究が残っている。

 お姉様が集めた資料や調査書をまとめる仕事だ。


「この量だと、今日中に終わるかな」


 少し不安だけど、悩んでいても終わらない。

 私はさっそく取り掛かる。


「あ、そういえば……」


 結局戻ってはこなかった。

 夕方には戻ると言っていたお姉様は、未だに姿を見せたい。

 すでに夕日は沈んでいる。


「直接屋敷に戻られたのかな」


 それならそれで構わない。

 私とは違って、お姉様はいろんな人から頼られている。

 お忙しい人だ。

 お姉様には、お姉様にしかできない役割がある。


 ――私には?


「早く終わらせないと」


 一瞬だけ浮かんだ不安を首を振って誤魔化し、作業を続けた。

 それから三時間と少し。

 ようやく終わったのは、日付が変わる前だった。


「思ったより早く終わった。ちょうどいいし、ここで書いちゃおう」


 私はカバンから日記帳を取り出した。

 三年前くらいから始めた日記も、すでに二冊目の後半に突入していた。

 ここまで続くと見返すのも大変だ。


 私は今日あったことを記す。

 反省点と、明日やることを残して。


「よし」


 日記を書き終わったら、もう一つの日課を始める。

 取り出したのは折り紙だ。

 私は日記を書いてから、折り紙を折ることが日課になっている。

 折るのは鶴だ。

 折り方は前世で教わった。

 いつか私が、誰かの無事を祈れるように。

 そんな日が来るように。


 もちろん、ここは異世界。

 ただの折り紙じゃない。


「完成。じゃあ、いってらっしゃい」


 折ったばかりの鶴は、パタパタと羽ばたいて窓から飛んでいく。

 これは私が新しく開発した付与魔法の使い方だ。

 簡単に言うと、折り紙に意思を持たせることができる。

 私の心、想いを付与魔法で折り紙に与え、意思を持った鶴はどこかへ飛んでいく。

 どこへ行くかは、私にもわからない。

 私が折り紙に込めた願いは、どこかで困り苦しむ誰かの元へ届きますように。

 鶴にはもう一つ、記した文字の効果を与える、という付与を施してある。

 困った時、辛い時、この鶴が助けになればいい。

 かつて私を、顔も知らない人たちが支えてくれたように。

 同じことができたらいいなと、始めたことだ。


「あ……」


 そういえば、今のでちょうど千羽目だった。

 千羽鶴。

 人々が願いを込めた千羽の鶴。

 私の願いは届いただろうか。


 私の……。


「願い……か」


 誰かの役に立ちたい。

 そのために生きると決めて、今日まで頑張ってきた。

 でも、時折思ってしまう。

 今のままでいいのか。

 私がやりたいことは……本当にこれなのか。

 不安になる。

 誰でもいいんだ。

 誰か、答えを教えてほしい。


 そう、願っていた。


「やっと見つけた」

「え?」


 一羽の鶴が、戻ってきた。

 窓が開いている。

 吹き抜ける優しい風と共に、一人の青年が私と目を合わせる。


「あなたは……誰?」

「初めまして。優しい折り紙をくれた人。僕はファルス、王国から勇者の役割を与えられた人間だ」

「勇者……様?」


 聞いたことがある。

 数年前、王国が管理する聖剣に選ばれた人物がいると。

 平和な時代だからこそ、あまり大きな話題にはならなかったけど。

 一時的に噂が流れた。

 現代に新しい勇者様が誕生したと。


「あなたが……勇者ファルス様?」

「うん。初めましてだね? ミモザ」

「どうして私の名前を?」

「これが教えてくれたんだ」


 彼の肩に、私が折った鶴が乗っていた。

 そしてもう一羽、さっき飛び立ったばかりの鶴が、私の手元に戻ってきている。


「その鶴は……」

「君が折ってくれたものだろう?」

「はい」


 いつのものかはわからない。

 ただ、私が以前に折って飛ばした鶴の一羽であることは明白だった。

 今も私の魔力が感じられる。


「勇者様の元にも、届いていたんですね」 

「うん。僕はこの子に救われた。僕は仲間と一緒に、世界を巡る旅をしているんだ。その最中、どうしても解決できない問題にぶつかって、困っている時にこの子が来た」


 勇者様は語ってくれた。

 私が飛ばした鶴の一羽は、勇者パーティーを救っていた。

 彼らが守ろうとした人々を、私の鶴が助けてくれた。

 

「それ以来、この子はずっと僕たちと一緒に旅をしてくれている。いつかお礼を言いたいと思っていたんだ」

「そうだったんですか」


 ホッとした。

 実は少し不安だったんだ。

 飛び立った鶴たちは、ちゃんと誰かの役に立っているだろうか。

 邪魔をしていないか。

 煙たがられてはいないだろうか。

 それが今、答えとなって私の前にある。

 こんなにも嬉しいことはない。


「あれ……?」


 なぜだろう?

 涙がこぼれて来た。

 悲しい涙じゃないはずだ。

 嬉しくて、涙がこぼれ落ちている。

 けれど、それだけじゃなくて……。


「なんで……?」

 

 どうしてこんなにも、安心しているのだろうか。

 理解できなかった。

 役に立っていたことが嬉しい。

 それは今までも、ずっと感じていたことじゃないの?

 お姉様の役に……立っていたはずじゃないの?

 今さらなんで、こんなにも心が……。


「君のことは、この子を通して教えてもらった。誰かのために生きようとする子がいる。まるで僕たち勇者みたいだ」

「え……?」


 私が……勇者みたい?


「けど、君自身はどうなのかな?」

「私自身……?」

「君は見知らぬ誰かのために頑張れる子だ。この子が僕たちを助けてくれたように、君の想いは世界のどこかで、必ず誰かの役に立っているよ」

「そうなら……嬉しいですね」


 私は笑みをこぼした。

 そんな私を見て、勇者様は優しく笑う。


「そう思えるのも、君の心が優しいからだよ。でも……」


 彼はゆっくり歩み寄り、鶴を受け止めている私の手に、そっと手を添えた。

 温かくて、大きな手だった。


「君は、君自身の幸せを求めてもいいんだ」

「――!」

 

 心が震えた。


「私の……」

「誰かの役に立ちたい。その想いは素敵だし、素晴らしいことだ。だけど忘れてはいけない。これは君の人生なんだ」

「私の……人生……」

「そうだよ。誰かのために……だけじゃない。君は君自身のために生きていいんだ」


 勇者様の言葉が、私の想いを揺らす。

 ずっと不安だった。

 今のままでいいのか。

 見知らぬ誰かを支えるために生きる。

 そう決めたのに、どうして悩むのか自分でもわからなかった。

 不安の答えが、ようやくわかった気がする。


「私は……誰かに感謝されたい。よく頑張ったねって褒めてもらいたい。私がいてよかったって思って貰いたい」

「うん」

「全部……自己満足だった」


 私はただ、誰かに認められたかったんだ。

 頑張っている自分を、誰かの支えになっていることを。

 何もできなかった過去を背負い、新たな生を手に入れたからこそ。

 私は、私の存在意義を示したかった。

 誰かのためなんて綺麗事を並べて、結局は自分のためじゃないか。


「それでもいいんだよ。見返りなんかじゃない。君が他人のために、人生を使おうとしていたことは本物だ。何より、困っている誰かを助けたい。その想いは本音だろう?」

「……はい」


 そうだ。

 困っている人がいたら助けたい。

 顔も名前も知らない誰かでも、苦しんでいるなら支えてあげたい。

 私がそうしてもらったように、今度は私が支える側になる。

 自己満足でも、その想いに嘘はなかった。


「なら、僕たちと一緒に来ないかい?」

「勇者様と……?」


 彼は小さく頷く。


「僕たちは旅をしている。恒常的な平和を維持することが目的だ。終わりのない旅……困っている人を見つけて助ける。それを続けて行く旅」

「素敵な旅ですね」


 私は涙を拭って笑顔でそう言った。

 心からそう思ったから。


「君のやりたいことは何だい?」

「私は……困っている誰かの支えになりたいです」


 その想いに嘘はない。


「それをして、君は何を得る」

「ただ、感謝の言葉さえあれば、私が頑張れます」


 認めてくれる人が、優しい言葉があればいい。

 私を必要としてくれる誰かのために、この力を、人生を使いたいと思う。


「なら、一緒に行こう。君が求めているものは、ここにある」


 彼は手を差し伸べる。


「……いいのでしょうか。私より、お姉様のほうが魔法使いとして優秀です」

「魔法使いとしては、ね?」


 含みのある言い方だった。

 私は首を傾げる。


「君には君にしかない才能がある」

「私にしかない……」


 才能?

 それって……。


「その話も旅の中でしよう。これまでの冒険で、君の力に助けられたことがたくさんあるんだ。聞いてくれるかい?」

「はい! 聞きたいです」


 私の力が、どうやって勇者様や人々を救ったのか。

 見えなくてもいいと思っていたけど、やっぱり知りたいと思った。


「なら、そろそろ手をとってほしいな」

「あ、すみません! はい!」


 私は慌てて彼の手を取る。

 改めて触れると、なんて大きくて優しい手なのだろう。

 触れているだけで安心するような……。

 心が温まるような。


「これからよろしく。ミモザ」

「はい! 精一杯頑張ります! 勇者様!」

「ファルスでいいよ」

「ファルス様?」

「様もいらないんだけど、まぁ追々でいいかな」


 彼は呆れたように笑う。


 こうして私は、平和を維持する勇者パーティーの一員となった。

 後のこの出会いを運命だと感じる。

 私は、彼らと共に旅をするために、この世界に生まれ落ちたのだと。


  ◇◇◇


「――どういうこと?」


 翌日、私はお姉様に報告をした。

 案の定、お姉様は驚いた。


「説明した通りです。私は本日より、勇者パーティーに同行します」


 お姉様に書類を見せた。

 ファルス様が朝一番に国王陛下へ説明し、許可を貰ってくれたらしい。

 これで正式に、私は勇者パーティーの一員になった。

 それに伴い、お姉様の補佐役を降りることになったから、その報告も兼ねている。


「今までお世話になりました。お姉様のおかげで、たくさんの経験ができました。心から感謝しています」

「ありえないわ。なんであなたが……ミモザが選ばれるのよ」

「……そうですね」

「私のほうが優れているのよ? 魔法使いとしても、女性としても!」

「そう思います」

「だったらどうしてあなたなの? 何をしたの?」

「何も……私も驚いていることです」


 焦り、取り乱すお姉様に、私は冷静に答える。


「ファルス様は私を選んでくださいました。勇者パーティーの旅に、私が必要だからと」

「意味がわからないわ。私のほうがいいじゃない」

「かもしれません。それでも……」


 選ばれたのは私だった。

 その事実が、お姉様には耐えられないのだろう。


「ふざけているわね。誰のおかげで宮廷入りまでしたと思っているの? 全部私のおかげでしょ?」

「はい。だから感謝しています」

「恩を仇で返すのね!」

「そう思われても仕方ありません」


 覚悟の上だ。

 罵倒されてもいい。

 それでも……。


「私がいなくても、お姉様なら一人でやれるはずです」

「――!」


 誰でもいいわけじゃない。

 ファルス様と話して、自分を見つめ直して気づいたことがある。

 誰かの助けになりたい。

 その想いに嘘はないけど……。

 私の助けが必要ない人にまで、届いてほしいとは思わない。

 少なくともお姉様には、私の助けは必要ないだろう。

 自分でも言っていたことだ。


「だから、私のことを必要としてくれる人と一緒に、これからは頑張ってみます」

「ミモザ……」

「お姉様も、お姉様の役割を頑張ってください。きっとお姉様なら、一人でも大丈夫です」

「当たり前よ。馬鹿にしないで」


 そう言うと思った。

 だから心置きなく、この場所を去れる。

 両親にも挨拶は済んでいる。

 あとは一歩を踏み出すだけだった。


「お世話になりました。どうかお元気で」


 お辞儀をして、背を向ける。

 予感がした。

 きっともう、この部屋に戻ることは……ないだろう。


 歩き出し、待ってくれている彼に声をかける。


「お待たせしました。ファルス様」

「もう行けるか?」

「はい。行きましょう」


 助けを必要としている人たちに、私の想いが届くように。

 勇者パーティーとして、旅に出る。


 終わりのない旅路が、終わりを迎えるまで。

【作者からのお願い】

最後まで読んで頂きありがとうございます!

楽しんで頂けたなら幸いです。


ご好評につき連載版をスタートしました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前世での自分のために折られた千羽鶴を偽善的と切り捨てず、見知らぬ私のためにと受け入れた感性。 今世では自分が鶴を折る側になるというのが素敵でした。 1羽ずつ羽ばたいていった折り鶴が世界中で…
[良い点] 主人公に明るい未来が開けたことは素直に喜ばしい。 [気になる点] 腐れ姉やクズ元婚約者、そして娘たちの歪な関係性を放置してきた糞親父にどギツイ鉄槌が下されないこと。なんか釈然としない。 […
[良い点] 内容面白いし読みやすかったです [一言] 主人公は搾取されてるというより実は結構心配されてるのかな? 私は姉や婚約者にスゴく共感してしまったので 会ってすぐの勇者に着いてくチョロさにさらに…
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