【連載版スタートしました!】優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
【作者からのお知らせ】
ご好評につき連載版をスタートしました!
連載に伴いタイトルを変更しています。
新タイトルはこちら!
『折り紙職人ミモザの日記帳 ~病弱だった私は異世界に転生したので恩返しの旅に出る~』
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短編で評価やブックマークを頂いた方も、ぜひぜひ連載版でもお願いいたします!
頑張って執筆します!!
「ミモザ。この書類も今日中に終わらせておきなさい」
「はい。お姉様」
「わかっている? 間に合わなかったらお仕置きよ」
「……はい」
そう言い残し、ユリアお姉様は宮廷の執務室から立ち去ろうとする。
いつものことだし、どこへ行くかもわかっている。
だけど一応、聞いておかないといけない。
今は仕事中で、ここは職場なのだから。
「あの、お姉様」
「何よ?」
私が呼び止めると、不機嫌そうな顔で振り返った。
大丈夫だ。
睨まれるのもいつも通り。
「どちらに行かれるのですか?」
「それ、あなたに関係あるかしら?」
「一応……仕事中ですから」
「……」
お姉様は怖い顔で私を睨む。
大きくため息をこぼし、面倒くさそうに答える。
「お茶会に呼ばれているのよ」
「お茶会……」
お仕事とは無関係であることはわかっていた。
彼女は悪びれもなく続ける。
「そう。アスベル様から招待されているの」
「アスベル様が?」
「ええ、あなたもよく知っているでしょう? 本当なら、あなたの役目だったのにねぇ」
「……」
アスベル・ラント様。
ラント公爵家の長男で、次期当主になられることが決定している方だ。
王国でも名のある貴族の家柄である。
そして、数日前までは……私の婚約者でもあった。
「ミモザが婚約者のままだったら、こんなことをしなくても交流は続いていたのよ」
「……申し訳ありません」
「まったくね。不出来な妹を持つと大変だわ」
「……」
お姉様は嫌味を言い残し、執務室の扉を開ける。
「それじゃ、言ったことは守りなさい。夕方までには戻るわ」
「は、はい。お気をつけて」
私は去っていくお姉様を笑顔で見送った。
バタンと扉が閉まる。
一人になり、シーンと静寂が聞こえるようだった。
「……ふんっ!」
パチンと、私は自分の頬を叩いた。
「暗くなっちゃダメ! 頑張らないと!」
そうやって自分を鼓舞する。
山もりの書類を、今日中に終わらせないといけない。
これが今の、私の役割なんだ。
たとえお姉様に……理不尽に押し付けられたものだとしても。
役割が与えられることは、当たり前じゃない。
私はそれをよく知っている。
◆◆◆
十八年前の冬。
私は異なる世界の住人だった。
「ごほっ、っ……」
「寒いでしょう? 窓、閉めるわよ」
「待ってください。もう少しだけ……外の空気を吸っていたいんです」
私がそう言うと、担当の看護師さんは小さくため息をこぼす。
「あと五分だけよ。それ以上は身体に悪いわ」
「ありがとうございます」
看護師さんは、五分経ったらまた来ると言って別の患者さんを見に行った。
病室で一人、私は冷たい風を感じる。
私が知っている外の世界は、この狭い病室と、窓から見える青空だけだった。
生まれつき身体が弱かった私は、毎年のように重い病気になった。
学校も満足に通えない。
だから友達なんていないし、けれど私の病室には、たくさんの鶴が飾ってある。
千羽ではきかない数の折り紙だ。
中には顔も知らない同級生や先生が、早く元気になってねとメッセージを残して折ってくれた。
周りがやるから仕方がなくだったり、無理矢理やらされた人も多いだろう。
名前しか知らない人のために、貴重な時間を使って折り紙を折る。
「……ありがとう」
たとえ心が籠っていなくとも、私のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。
一羽一羽、誰が折ったのかもわからないけど。
私はいつも、顔も見えない誰かに感謝して生きていた。
五分経って、看護師さんが戻ってきた。
窓を閉める。
病室は暖房が効いていて、すぐに温かくなった。
「私、大人になったら看護師になりたいです」
「え? 急にどうしたの?」
唐突に話し出した私に、看護師さんは驚いていた。
私も、こんな話をしたのは初めてだ。
「たくさんお世話になったから、恩返しがしたいんです」
「……ありがとう。でも、この仕事大変よ? 体力もいるし、休みだって簡単にとれないんだから」
「そう……ですね……私じゃ……」
病弱な私じゃ、過酷な労働環境には耐えられないだろう。
落ち込む私に、看護師さんは優しく言う。
「別になんでもいいのよ。恩返しがしたいなら、看護師じゃなくても」
「……そう、ですか」
「そうよ。だって世界中にはいろんな人がいて、それぞれの役割があるの。看護師じゃなくても、人の役に立てる仕事はいっぱいあるわ」
看護師さんは私の心を汲み取ってくれた。
そうだ。
私は別に、看護師になりたいというわけじゃない。
ずっと病弱で、誰かに支えられて生きてきた。
それを誰よりも実感している。
だからこそ……。
「誰かの役に立ちたい……そうでしょ?」
「――はい」
今度は私が、困っている誰かを助けられる人間になりたい。
見ず知らずの誰かに支えられ、助けられる心強さを知っている私だからこそ、いつか誰かに勇気を与えたい。
怖くて、苦しくて、辛い誰かの背中を押してあげたい。
ただ、それだけが願いだった。
「それなら、早く元気にならないといけないわね」
「はい! そうですね。今の私じゃ、何もできないから……」
「そんなことないわ。ほら、また私の愚痴を聞いてくれる?」
「そんなことでいいなら」
「ありがとう。聞いてよ。また病棟医のおじさんがテキトーな指示してきたのよ。ちゃんと患者さんを見なさいっての」
病室のベッドから起きられない今の私じゃ、誰かの役に立つことはできない。
それをもどかしく思う。
早く元気になりたい。
毎年この時期になると、特にそう思う。
次の春までには元気になって、学校に行って……鶴を折ってくれた同級生たちに、精一杯お礼を言いたいと思った。
まずはそこから始めよう。
支えてくれた人たちへの恩返しから。
そう思っていた。
けれど、次の春を迎えることは……なかった。
十七歳。
高校二年の冬。
私は……短い生涯を終えた。
◆◆◆
奇跡が起こった。
そうとしか思えない出来事だった。
(ここは……どこ?)
気がつくと私は、見知らぬ世界で赤ん坊として生まれ変わっていた。
両親が喜んでいる姿が見える。
赤ん坊だから泣くことしかできないけど、身体は温かく、元気に動いてくれた。
(願いが叶ったの? 本当に?)
死の直前、私は願った。
もしも来世があるのなら、今度は誰かを助けられるような人間になりたい。
苦しむ人々のために人生を捧げたい。
どうか、お願いします。
――神様。
私に、恩返しのチャンスをください。
強く願った。
無理だとわかっていても、死にゆく私にできたことは、ただ願うことだけだった。
無駄じゃなかったらしい。
私は生まれ変わった。
新しい世界で、新しい生を受けた。
これは運命だ。
だから頑張ろう。
願いを叶えるために、誰かの役に立てるように。
幸運なことは他にもあった。
生まれ変わった異世界には、魔法という特別な力があった。
そして私が生まれたアリステラ家は代々、優秀な魔法使いを多く輩出している名門貴族。
魔法使いとしての才能は、生まれながらにほぼ決まる。
名門貴族に生まれたこと。
魔法を学ぶ上で、これ以上ないほど適した環境だった。
ただ、魔法が使えるというだけでは才能があると言えない。
私には魔法を使う才能はあった。
しかし、普通の魔法使いのようにはできなかった。
「どうしてこんな簡単な魔法も使えないんだ?」
「……申し訳ありません。お父様」
「はぁ……」
魔法を教えてくれたのはお父様だった。
お父様は宮廷で働く現役の魔法使いで、国王陛下からも信頼されていた。
王国の魔法使いの中でも上位の実力を持つ父から教わっている。
それだけでも恵まれている。
アリステラ家の娘として、周囲から期待もされていた。
でも……。
「唯一まともに使えるのは、補助系の付与魔法だけか」
「……はい」
お父様は落胆していた。
私は魔法を使うことができるだけで、お父様や周囲が求めるような才能はなかったらしい。
普通の魔法使いが当たり前にできる初級魔法も満足に使えない。
唯一使えるのは、付与魔法と呼ばれる分野。
物体に効果を付与したり、魔法の効果を底上げすることができる。
とても優れた魔法分野だけど、単体ではあまり使用されない。
基本的には何かの補助だ。
炎や水を生成する魔法のように、何かを生み出すことはできない。
「ユリアを見習いなさい。お前より一年早く生まれただけで、もう四大元素の魔法をマスターしているんだぞ」
魔法を学ぶ傍らで、私とは違い才能を発揮する人がいた。
私には一つ上の姉、ユリア・アリステラ。
彼女は持って生まれた。
お父様や周囲が求めていた魔法使いとしての才能を。
それ故に、彼女は期待されていた。
常に姉と比べられた私は、次第に期待すらされなくなり、お父様もお姉様にしか魔法の指導をしなくなった。
「不憫ね。付与魔法しか使えないなんて」
「お姉様は凄いですね。なんでもできて」
「そうよ。私はすごいの。ミモザとは違うわ」
私もそう思う。
才能は間違いなく、お姉様のほうが上だろう。
私に許されたのは唯一……付与魔法だけだ。
そんな私をお姉様は馬鹿にする。
けれど、私は悲観的にはなっていなかった。
「私は普通の魔法は使えないです。でも、この魔法でお姉様を支えます」
「ミモザが、私を?」
「はい! それならできると思いますから」
誰かを支えたい。
そう思って生まれ変わった私には、この力はピッタリだと思った。
元々、前世から器用じゃない。
何もかもやろうとしても、きっとうまくいかない。
一つのことを極めるほうが私には向いている。
「ふんっ、馬鹿にしないでちょうだい。ミモザの助けなんていらないわ」
「今はそうかもしれません。でも、必ず支えてみせます」
私は誰かを支えるために生まれ変わった。
それをするだけの力は、神様に貰っている。
これ以上ない幸福だ。
今世は恵まれている。
だから、精一杯頑張ろう。
そう思って努力を続けた。
お父様が私の指導を放棄してからも、独学で魔法について学んだ。
その過程でいろいろ試して、私なりに付与魔法の解釈を広げた。
そして――
十六歳になった頃。
私はお姉様の補佐役として、宮廷魔法使い見習いとなった。
「わかってるわね? ミモザが宮廷に入れたのは、私が宮廷魔法使いになれたからよ」
「はい。お姉様が推薦してくださったんですよね?」
「ええ、小間使いにはちょうどいいわ」
「それでも嬉しいです。こうして誰かの役に立てるなら」
心からの言葉だった。
お姉様はなぜか不機嫌そうだったけど、こうして宮廷で働く機会を得たことを感謝している。
付与魔法しか使えない私じゃ、何年かけても宮廷で働くなんてできなかったはずだ。
多くの魔法使いが目指す場所の一つ、それが宮廷魔法使い。
この国を生きる人々のために才能を使う。
私たちの頑張りが、多くの人々の生活を支える。
なんてすばらしいことだろう。
これが私の目指していたことだった。
宮廷での仕事は激務だった。
毎日朝から晩まで働く。
お姉様の補佐として、お姉様から与えられた仕事をこなす。
毎日、毎日……。
辛くはなかった。
前世では働くことすらできない身体だったから。
働けることが嬉しかった。
けれど時折、思ってしまうことがある。
これでいいのか、と。
本当にこれが、私のやりたいことなのか?
疑問に思ってしまう私は、毎日を振り返るために日記を書くことにした。
今日は何ができたとか、明日の課題ややるべきことをまとめた。
時に気づきを記し、新しい付与の発想に繋がった。
日記を書いて、数日空けて過去の内容に目を通す。
すると、自分の働きが客観的に見られる。
私は働けるだけで嬉しかった。
けれど、これじゃ足りないと思えるようになった。
ただお姉様の補助をしているだけじゃダメだ。
私にできることを増やそう。
「お姉様! 私にも、お姉様がやっている魔導具開発を手伝わせてください!」
「いきなり何? 手伝えることがあると思う?」
「はい! 私にもできることがあると思います」
「……そう。別にいいわよ」
「ありがとうございます!」
お姉様は魔法使いであり、優秀な魔導具師でもあった。
魔導具は国民の生活を支えている重要な要素の一つ。
新しい魔導具を開発し、人々の生活を豊かにして、文明を先へ進める。
お姉様の仕事を手伝えば、より多くの人が幸せになる。
私の付与魔法は、使い方次第で魔導具の効率化や、効果を向上することができる。
それをわかって、お姉様も了承してくれたのだろう。
「頑張ります!」
「ええ、頑張ってもらうわ。私のために」
それからお姉様の研究を手伝うことになった。
通常の業務が終わってからの作業だ。
休みの日も研究に勤しんだ。
「これ、明日までに用意しておいて」
「はい。お姉様は?」
「私はパーティーがあるの」
お姉様は私に仕事だけじゃなく、研究も任せてくれるようになった。
もちろん肝心な部分は手伝えない。
準備や資料まとめ、私にできることだけだ。
それでも嬉しかった。
頼られていると思った。
けど……違った。
本当は最初から気がついていたんだ。
お姉様は私を、利用しているだけだということに。
◆◆◆
「ミモザ、君との婚約を破棄させてもらう」
「――」
それは突然のことだった。
婚約者であるアスベル様から、婚約の破棄を言い渡されたのは……。
「すでに両当主の間で合意はとれている。君との関係はここまでだよ」
「そうですか……」
私はアスベル様に頭を下げる。
「ご期待に沿えず、申し訳ありませんでした。短い期間でしたが、私の婚約者になってくださりありがとうございます」
「……本気で言っているのか?」
「え?」
顔を上げる。
すると、アスベル様は酷い顔で私を見ていた。
まるで理解しがたいものに直面しているような……。
「アスベル様?」
「わかってるのかい? 婚約を破棄したんだよ?」
「はい。そうお聞きしました」
「……理解できないな。どうしてそんな風に、平然としていられる? 何も感じないのか?」
アスベル様の問いかけに、私は心の中で思う。
何も感じない、わけじゃない。
少し悲しくはあった。
婚約は疎か、前世では恋人だっていなかった。
そういう関係に憧れたりもある。
親同士が決めた婚約でも、自分にそういう相手ができたことは素直に嬉しかった。
ただ……いずれこうなることはわかっていた。
「私はアスベル様に相応しくありません。きっと、お姉様のような人のほうが相応しい」
「――! わかっているじゃないか」
アスベル様は笑みを浮かべる。
わかっているとも。
私と婚約してからずっと、彼は私ではなくお姉様に色目を使っていた。
最初から私との婚約も、お姉様に近づく口実だったのだろう。
お姉様は才能のある魔法使いで、容姿も美しく、貴族としての振る舞いも完璧だ。
そんな彼女に言い寄る男性は多い。
少しでもお姉様に近づくために、あらゆる手段を使う。
そのうちの一つとして、私が選ばれただけだ。
「君のことが嫌いなわけじゃない。ただ、より近くにいることで、彼女のすばらしさに気づいてしまったんだよ」
「そうですね。お姉様は素敵な女性だと思います」
「……本当に気味が悪いな」
「え?」
「どうして笑顔を見せる?」
アスベル様は気味悪がった。
婚約破棄をされながら、それでも笑顔を見せ続ける私に。
笑顔の理由?
そんなの簡単だ。
少しでも相手に不快な気分をさせないように。
辛いことがあっても落ち込むのではなく、常に前を向いていられるように。
「そういうところも苦手だった。君の前でユリアと話している姿を見せても、君は何も感じていないような……むしろ喜んでいるようにさえ見えた」
「それは……」
別に喜んでいたわけじゃない。
でも、幸せならそれでいいと思ったんだ。
人は誰しも、自分の幸せを追い求める。
アスベル様には彼の幸せがあって、お姉様といることが幸せなら、私はそれを祝福するだけだ。
「君はまるで、人のふりをする人形みたいだね」
「人形……」
「一体誰のために生きているんだか。一緒にいるとこっちまでおかしくなりそうだよ」
「……」
人形……か。
そんな風に言われたのは初めてだ。
けれど、誰のために生きているかなんて決まっている。
私が生まれ変わったのは、見知らぬ誰かを助け、支えるためだ。
そのために生きている。
この元気な身体は、そうあるべきだと言っている。
落ち込んだりしない。
後ろ向きになんてならない。
私は前を向き続ける。
これが正しいと、信じているから。
◇◇◇
「やっと終わった」
お姉様から命じられた仕事が終わったのは、定時を一時間ほど超えたあたりだった。
仕事は終わっても、研究が残っている。
お姉様が集めた資料や調査書をまとめる仕事だ。
「この量だと、今日中に終わるかな」
少し不安だけど、悩んでいても終わらない。
私はさっそく取り掛かる。
「あ、そういえば……」
結局戻ってはこなかった。
夕方には戻ると言っていたお姉様は、未だに姿を見せたい。
すでに夕日は沈んでいる。
「直接屋敷に戻られたのかな」
それならそれで構わない。
私とは違って、お姉様はいろんな人から頼られている。
お忙しい人だ。
お姉様には、お姉様にしかできない役割がある。
――私には?
「早く終わらせないと」
一瞬だけ浮かんだ不安を首を振って誤魔化し、作業を続けた。
それから三時間と少し。
ようやく終わったのは、日付が変わる前だった。
「思ったより早く終わった。ちょうどいいし、ここで書いちゃおう」
私はカバンから日記帳を取り出した。
三年前くらいから始めた日記も、すでに二冊目の後半に突入していた。
ここまで続くと見返すのも大変だ。
私は今日あったことを記す。
反省点と、明日やることを残して。
「よし」
日記を書き終わったら、もう一つの日課を始める。
取り出したのは折り紙だ。
私は日記を書いてから、折り紙を折ることが日課になっている。
折るのは鶴だ。
折り方は前世で教わった。
いつか私が、誰かの無事を祈れるように。
そんな日が来るように。
もちろん、ここは異世界。
ただの折り紙じゃない。
「完成。じゃあ、いってらっしゃい」
折ったばかりの鶴は、パタパタと羽ばたいて窓から飛んでいく。
これは私が新しく開発した付与魔法の使い方だ。
簡単に言うと、折り紙に意思を持たせることができる。
私の心、想いを付与魔法で折り紙に与え、意思を持った鶴はどこかへ飛んでいく。
どこへ行くかは、私にもわからない。
私が折り紙に込めた願いは、どこかで困り苦しむ誰かの元へ届きますように。
鶴にはもう一つ、記した文字の効果を与える、という付与を施してある。
困った時、辛い時、この鶴が助けになればいい。
かつて私を、顔も知らない人たちが支えてくれたように。
同じことができたらいいなと、始めたことだ。
「あ……」
そういえば、今のでちょうど千羽目だった。
千羽鶴。
人々が願いを込めた千羽の鶴。
私の願いは届いただろうか。
私の……。
「願い……か」
誰かの役に立ちたい。
そのために生きると決めて、今日まで頑張ってきた。
でも、時折思ってしまう。
今のままでいいのか。
私がやりたいことは……本当にこれなのか。
不安になる。
誰でもいいんだ。
誰か、答えを教えてほしい。
そう、願っていた。
「やっと見つけた」
「え?」
一羽の鶴が、戻ってきた。
窓が開いている。
吹き抜ける優しい風と共に、一人の青年が私と目を合わせる。
「あなたは……誰?」
「初めまして。優しい折り紙をくれた人。僕はファルス、王国から勇者の役割を与えられた人間だ」
「勇者……様?」
聞いたことがある。
数年前、王国が管理する聖剣に選ばれた人物がいると。
平和な時代だからこそ、あまり大きな話題にはならなかったけど。
一時的に噂が流れた。
現代に新しい勇者様が誕生したと。
「あなたが……勇者ファルス様?」
「うん。初めましてだね? ミモザ」
「どうして私の名前を?」
「これが教えてくれたんだ」
彼の肩に、私が折った鶴が乗っていた。
そしてもう一羽、さっき飛び立ったばかりの鶴が、私の手元に戻ってきている。
「その鶴は……」
「君が折ってくれたものだろう?」
「はい」
いつのものかはわからない。
ただ、私が以前に折って飛ばした鶴の一羽であることは明白だった。
今も私の魔力が感じられる。
「勇者様の元にも、届いていたんですね」
「うん。僕はこの子に救われた。僕は仲間と一緒に、世界を巡る旅をしているんだ。その最中、どうしても解決できない問題にぶつかって、困っている時にこの子が来た」
勇者様は語ってくれた。
私が飛ばした鶴の一羽は、勇者パーティーを救っていた。
彼らが守ろうとした人々を、私の鶴が助けてくれた。
「それ以来、この子はずっと僕たちと一緒に旅をしてくれている。いつかお礼を言いたいと思っていたんだ」
「そうだったんですか」
ホッとした。
実は少し不安だったんだ。
飛び立った鶴たちは、ちゃんと誰かの役に立っているだろうか。
邪魔をしていないか。
煙たがられてはいないだろうか。
それが今、答えとなって私の前にある。
こんなにも嬉しいことはない。
「あれ……?」
なぜだろう?
涙がこぼれて来た。
悲しい涙じゃないはずだ。
嬉しくて、涙がこぼれ落ちている。
けれど、それだけじゃなくて……。
「なんで……?」
どうしてこんなにも、安心しているのだろうか。
理解できなかった。
役に立っていたことが嬉しい。
それは今までも、ずっと感じていたことじゃないの?
お姉様の役に……立っていたはずじゃないの?
今さらなんで、こんなにも心が……。
「君のことは、この子を通して教えてもらった。誰かのために生きようとする子がいる。まるで僕たち勇者みたいだ」
「え……?」
私が……勇者みたい?
「けど、君自身はどうなのかな?」
「私自身……?」
「君は見知らぬ誰かのために頑張れる子だ。この子が僕たちを助けてくれたように、君の想いは世界のどこかで、必ず誰かの役に立っているよ」
「そうなら……嬉しいですね」
私は笑みをこぼした。
そんな私を見て、勇者様は優しく笑う。
「そう思えるのも、君の心が優しいからだよ。でも……」
彼はゆっくり歩み寄り、鶴を受け止めている私の手に、そっと手を添えた。
温かくて、大きな手だった。
「君は、君自身の幸せを求めてもいいんだ」
「――!」
心が震えた。
「私の……」
「誰かの役に立ちたい。その想いは素敵だし、素晴らしいことだ。だけど忘れてはいけない。これは君の人生なんだ」
「私の……人生……」
「そうだよ。誰かのために……だけじゃない。君は君自身のために生きていいんだ」
勇者様の言葉が、私の想いを揺らす。
ずっと不安だった。
今のままでいいのか。
見知らぬ誰かを支えるために生きる。
そう決めたのに、どうして悩むのか自分でもわからなかった。
不安の答えが、ようやくわかった気がする。
「私は……誰かに感謝されたい。よく頑張ったねって褒めてもらいたい。私がいてよかったって思って貰いたい」
「うん」
「全部……自己満足だった」
私はただ、誰かに認められたかったんだ。
頑張っている自分を、誰かの支えになっていることを。
何もできなかった過去を背負い、新たな生を手に入れたからこそ。
私は、私の存在意義を示したかった。
誰かのためなんて綺麗事を並べて、結局は自分のためじゃないか。
「それでもいいんだよ。見返りなんかじゃない。君が他人のために、人生を使おうとしていたことは本物だ。何より、困っている誰かを助けたい。その想いは本音だろう?」
「……はい」
そうだ。
困っている人がいたら助けたい。
顔も名前も知らない誰かでも、苦しんでいるなら支えてあげたい。
私がそうしてもらったように、今度は私が支える側になる。
自己満足でも、その想いに嘘はなかった。
「なら、僕たちと一緒に来ないかい?」
「勇者様と……?」
彼は小さく頷く。
「僕たちは旅をしている。恒常的な平和を維持することが目的だ。終わりのない旅……困っている人を見つけて助ける。それを続けて行く旅」
「素敵な旅ですね」
私は涙を拭って笑顔でそう言った。
心からそう思ったから。
「君のやりたいことは何だい?」
「私は……困っている誰かの支えになりたいです」
その想いに嘘はない。
「それをして、君は何を得る」
「ただ、感謝の言葉さえあれば、私が頑張れます」
認めてくれる人が、優しい言葉があればいい。
私を必要としてくれる誰かのために、この力を、人生を使いたいと思う。
「なら、一緒に行こう。君が求めているものは、ここにある」
彼は手を差し伸べる。
「……いいのでしょうか。私より、お姉様のほうが魔法使いとして優秀です」
「魔法使いとしては、ね?」
含みのある言い方だった。
私は首を傾げる。
「君には君にしかない才能がある」
「私にしかない……」
才能?
それって……。
「その話も旅の中でしよう。これまでの冒険で、君の力に助けられたことがたくさんあるんだ。聞いてくれるかい?」
「はい! 聞きたいです」
私の力が、どうやって勇者様や人々を救ったのか。
見えなくてもいいと思っていたけど、やっぱり知りたいと思った。
「なら、そろそろ手をとってほしいな」
「あ、すみません! はい!」
私は慌てて彼の手を取る。
改めて触れると、なんて大きくて優しい手なのだろう。
触れているだけで安心するような……。
心が温まるような。
「これからよろしく。ミモザ」
「はい! 精一杯頑張ります! 勇者様!」
「ファルスでいいよ」
「ファルス様?」
「様もいらないんだけど、まぁ追々でいいかな」
彼は呆れたように笑う。
こうして私は、平和を維持する勇者パーティーの一員となった。
後のこの出会いを運命だと感じる。
私は、彼らと共に旅をするために、この世界に生まれ落ちたのだと。
◇◇◇
「――どういうこと?」
翌日、私はお姉様に報告をした。
案の定、お姉様は驚いた。
「説明した通りです。私は本日より、勇者パーティーに同行します」
お姉様に書類を見せた。
ファルス様が朝一番に国王陛下へ説明し、許可を貰ってくれたらしい。
これで正式に、私は勇者パーティーの一員になった。
それに伴い、お姉様の補佐役を降りることになったから、その報告も兼ねている。
「今までお世話になりました。お姉様のおかげで、たくさんの経験ができました。心から感謝しています」
「ありえないわ。なんであなたが……ミモザが選ばれるのよ」
「……そうですね」
「私のほうが優れているのよ? 魔法使いとしても、女性としても!」
「そう思います」
「だったらどうしてあなたなの? 何をしたの?」
「何も……私も驚いていることです」
焦り、取り乱すお姉様に、私は冷静に答える。
「ファルス様は私を選んでくださいました。勇者パーティーの旅に、私が必要だからと」
「意味がわからないわ。私のほうがいいじゃない」
「かもしれません。それでも……」
選ばれたのは私だった。
その事実が、お姉様には耐えられないのだろう。
「ふざけているわね。誰のおかげで宮廷入りまでしたと思っているの? 全部私のおかげでしょ?」
「はい。だから感謝しています」
「恩を仇で返すのね!」
「そう思われても仕方ありません」
覚悟の上だ。
罵倒されてもいい。
それでも……。
「私がいなくても、お姉様なら一人でやれるはずです」
「――!」
誰でもいいわけじゃない。
ファルス様と話して、自分を見つめ直して気づいたことがある。
誰かの助けになりたい。
その想いに嘘はないけど……。
私の助けが必要ない人にまで、届いてほしいとは思わない。
少なくともお姉様には、私の助けは必要ないだろう。
自分でも言っていたことだ。
「だから、私のことを必要としてくれる人と一緒に、これからは頑張ってみます」
「ミモザ……」
「お姉様も、お姉様の役割を頑張ってください。きっとお姉様なら、一人でも大丈夫です」
「当たり前よ。馬鹿にしないで」
そう言うと思った。
だから心置きなく、この場所を去れる。
両親にも挨拶は済んでいる。
あとは一歩を踏み出すだけだった。
「お世話になりました。どうかお元気で」
お辞儀をして、背を向ける。
予感がした。
きっともう、この部屋に戻ることは……ないだろう。
歩き出し、待ってくれている彼に声をかける。
「お待たせしました。ファルス様」
「もう行けるか?」
「はい。行きましょう」
助けを必要としている人たちに、私の想いが届くように。
勇者パーティーとして、旅に出る。
終わりのない旅路が、終わりを迎えるまで。
【作者からのお願い】
最後まで読んで頂きありがとうございます!
楽しんで頂けたなら幸いです。
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