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ピクニックの話

 高校三年生の秋、受験で追い込まれていく同級生を横目に見ながら、早めに受験勉強を始め模試の結果も良好で心に余裕があるからか、取り留めのないことを考えてしまう。

 不意に吹き付ける風が体を冷やし、思わず身震いをする。両の掌をすり合わせて息を吹きかけても、体の芯までは温まらない。

「寒い」

 気温が冷え込み、すっかり秋になると、どうしても悲観的なことを考えてしまう。その寒さに、寂しさに、懐かしい思い出が意味もなく頭の中に蘇る。


 その日はなんてことない一日だった。

 いつものように部活が終わり家に帰ると、美優が家出をしたことを美紀さんから伝えられ、慌てて自転車に乗っていつもの場所、家出をする度に美優がいつも時間をつぶす場所、そこに向かって走り出した。

「やっぱりここにいた。もう暗いんだから早く帰ろう」

 いつものように美優の姿をそこで確認すると、思わず安堵のため息を吐いた。しかし、こちらの心配を他所に、美優は頑なに「帰りたくない」の一点張りだった。

「そうは言っても美紀さんだって心配してるんだから」

「横に来て」

 帰りを促す言葉を無視し、拒否権なんか認めないとでも言うように、美優が座るように促すから、仕方がなく俺もベンチに腰掛けた。そして、俺が隣に座ったことを横目で確かめた美優は、ゆっくりと話し始めた。

「私が小さい頃は、この公園に家族でたまに来てた。私の誕生日に家族三人でピクニックに来たことは、今も覚えてる。あの時は、確か楽しかった。私もお母さんも、みんな笑顔で過ごせてた、と思う。…嘘、本当はだんだん思い出せなくなってきてる。どんな声で笑っていたか、どんな顔で笑っていたのかすら分からない。残ってるのは楽しかったっていう感情の記憶だけ。それなのに、家族の楽しい思い出が残っているのはここくらいなのに」

 それっきり黙り込むと、美優は両膝に顔をうずめた。

 何回も聞いたことがある話だった。しかし、その度に俺は答えに詰まってしまい、気の利いたことなんて言えたためしもなかった。顔を見ることは出来なかったが、いつも、きっとこの時も、美優が傷ついている表情をしていたであろうことは明らかだった。そんな顔はしてほしくなかった。

「じゃあさ、新しく楽しい思い出を作ろうよ」

 いつもとは違う俺の突拍子もない提案に、美優はぽかんとした顔でこちらを見てきた。

「何それ?」

「もうすぐ美優の誕生日じゃん。だからさ、お弁当でも作って二人でピクニックでもしようよ。思い出せないで辛い思いをするくらいなら、新しい楽しい思い出を作って元気になって欲しいなぁ、って」

 そんな俺の精一杯の提案を聞くと、美優はしばらく黙り込んだ。俺の言葉を彼女がどう受け取ったのか分からなかった。ただ、黙り込んでいた時間は血の気が引くほど恐ろしく、しばらく考え込んだ彼女は、少しだけ明るい様子に戻って口を開いた。

「思い出を塗り替えるほど楽しませる自信あるの?」

 そう言ってからかうように美優は笑ってくれて、その日に初めて見せてくれた笑顔に心の底から安心した。

「頑張って楽しませるから」

「嘘、嘘。二人で楽しい思い出を作るんだよ」

 どうしようもなく単純な俺は、美優が笑ってくれるだけで満足だった。


 すっかり浮かれた俺は、よくわからないままに陽気になって、適当なことをつらつらと語り出した。

「そういえば、この森林公園って桜が有名なんだっけ?根岸の桜、いつか一緒に見たいよね」

「私の誕生日、秋なのに桜の話?そういうとこセンスないよね。私はこの公園のイチョウが好きなの。子供の頃、家族で一緒にイチョウ並木を歩いたの」

 すっかりいつもの様子に戻った美優は、大切な思い出を丁寧に懐かしんでいるようだった。

「ここのイチョウ並木か。見たことないかも」

「きっと拓海も忘れられない景色になると思うよ。根岸のイチョウ」

 なんてことのない会話、どうして今になって思い出したのかもわからない。


「お腹減ったから帰るよ」

 それから少しすると、空腹を思い出した美優に促されて、二人で家に向かって歩き出した。急いでいたような気もするし、少しでも一緒にいられるようにゆっくりと帰ったような気もする。

「拓海、なんで自転車で来るのよ」

「そう言われても、こっちは急いでたんだから」

「次からは手ぶらで来て。じゃなきゃ私が手持ち無沙汰になっちゃうでしょ」

 その言葉の真意はわからない。

 けれどもし、俺が感じたような意図が含まれていたのなら、きっとそれは十一月の中旬の夜の冷え込みのせい。人肌が恋しかっただけ。きっと他意はない。そして、何よりも俺は振られている。その事実で平静を取り戻そうとしても、意味もなく自転車を押す俺の隣に寄り添うようにして歩く美優の体温に、俺の心臓は高鳴ってどうしようもなかった。


 そんな思い出を意味もなく思い出す。

 秋にはいい思い出なんてないと思っていた。美優の父親が会社を辞めたり、振られたり、父に同棲を否定されたり、美優が亡くなったり、よくないことばかりだと思っていた。けれど、今回思い出したものは決して悪いものではなかった。秋にはいい思い出なんてなかったと、思いこんでいただけかもしれない。

 だから、笑って話せるような楽しかったこと、嬉しかったことを思い出すために、記憶をたどりながら自転車にまたがる。

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