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冒険者ギルドの調査員は、土下座で事件を解決する。  作者: 長坂グリム
死霊の婚約者の物語
8/40

8 目撃情報

「出くわした? コールマンと?」

 ロアリーとアンリエットは驚きの声を上げる。

「教えてくれ、バーミッサ。何時頃、どこで見かけた?」

「昼飯食った後、ブラブラしていた時だから、午後一時過ぎってとこか? 場所はセットランド大通りの、でかい女神像建ってるとこあるだろ? あの辺だぜ」

「女神像か……。スリーピング・スフィンクス亭からは、随分離れているな。見かけただけ? 話は?」

「二言三言ほどかな。あたしが先にコールマンを見つけて、軽く手を振って呼び掛けたら、近づいてきた。なんか顔色悪かったし……妙にヒヤッとしたぜ」

「ヒヤッとした? どういう意味だ? 何かまずいことでもあったのか?」

 ロアリーの問いに、バーミッサは首を横に振る。

「リアルに寒気がしたって意味だよ。氷の精霊に近づくと感じるアレよ」

「へえ。今日はそんな暑い日じゃなかったと思うがね」

 召喚された氷の精霊は、その周囲に冷気をまき散らす。故に真夏、涼む手段としてしばしば利用される。

「コールマンって精霊魔法使えたのかね?」

「知らねーな。でも、戦士職でもちょっとした魔法を使える奴なんて、いくらでもいるだろ。とにかく、顔色が悪い上にあの冷気で、何故か黒いマフラーを巻いていて……」

「黒マフラー?」

「そうそう。結構目立つ黒マフラー。まず黒マフラーに目が行って、『こんな時期にマフラー巻いてるとかどこのどいつだ』って思ってよく見たら、コールマンだって気がついて、びっくりしてさ。『顔色悪いけど、大丈夫?』って声を掛けたら、向こうは『デイミアスとエグバートがどこにいるか知らないか?』って聞いてきた」

「デイミアスとエグバート……?」

 聞き慣れぬ名を、アンリエットは繰り返す。

「ギルドメンバーだな。ダリル・デイミアスと、イーラム・エグバート」

 二人の姓名を、ロアリーは正確に口にする。そして、バーミッサと共に戻ってきた一団を見回す。

「ここにはいないよな?」

 問われて、一団はお互いの姿を見やる。

 名乗り出る者はいない。が、

「そいつらなら、ちょっと前にパーティ組んで、どこかに遠征に行ってたっけな」

 一団のうち一人が情報を提供する。

「コールマンとデイミアスとエグバートと、あと何人かで。詳しくは知らんけど」

「……実に具体的な情報だな。大いに感謝する」

 投げやりに礼を言って、ロアリーはバーミッサに続きを促す。

「あたしは『知らねーけど』って答えた。そうしたらあいつ、何も反応しないでさっさと歩いて行っちまったよ」

「そのまま見送ったのか」

「仕方ねーだろ。失踪中なんてなんて知らなかったし。事情を知ってたら止めてたぜ」

「コールマンが、以前の仲間を探している? 何のために?」

 ロアリーは眉間にしわを寄せ思索する。

「用心棒の仕事を投げ捨ててまで、やることでしょうか。逆に言うと、それだけ重大なことなんですかね?」

 アンリエットは視線をバーミッサへと切り替える。

「他に何か気付いたことはないですか?」

「これ以上は、特になあ。というか、腹ペコのままじゃ頭が回んねえよ」

 バーミッサは苛立ち気味に言う。

 悪い悪い、とロアリーが笑いながら謝る。

「引き留めちまったな。とりあえず、お食事にありつこうじゃないの」



 ヒューモント館の食堂には、一度に十数人が食事を取れる長テーブルが据えられている。

 食卓に用意されているのは焼きたてのパンに温かなスープ、そして簡単なサラダ。品目は少ないものの量は十分。香しい匂いも食欲をかきたてる。

 待ってました、とばかりギルドメンバーたちはすごい勢いで夕食を平らげ始める。

「いつ食ってもうめえなあ、ギルドのメシは。ミアズマストームが発生した時は、まずこれが一番の楽しみなのよ」

 満面の笑みを浮かべながら、バーミッサは右手と左手、それぞれにパンを掴み、ガツガツと食らう。

「もう少しおとなしく食べたらどうなんです」

 アンリエットはパンを小さくちぎって少しずつつまみ、スプーンを使って音もなくスープを食している。育ちの良さが表れた、マナーを守った食べ方だ。

「うめーもんはうめーうめーって言いながら食べるのが礼儀ってもんだろうよ」

 輝くインファナイトの入れ歯でパンを噛みちぎり、スープ皿を両手で抱え、スプーンも使わずに一気に飲み干す。

「アンリみてえなお上品な食い方じゃ、うまいもん全部他の人に取られちまうぜ」

「早食いは身体に良くないです。文句を言われる筋合いはありませんよ」

 とはいえ、この場にあって浮いているのは、アンリエットの方だった。

 食卓についているのは、常人の三倍でも食い足りない、とでも言いたげなギルドメンバーばかり。しかもバーミッサに負けず劣らず、激しくモリモリと食べまくっている。食卓に山と並んでいたはずの食物は、あっという間になくなっていく。

「あとは酒でもあれば嬉しいんだけどさあ!」

 調子に乗ってバーミッサが言うと、

「それは賛成です。晩餐にはおいしいワインがつきものですよ」

 アンリエットも賛意を示す。

「今日はアルコールはいけません」

 しかし、サンテルムがたしなめる。

「ここが最前線であることを忘れないように。夜の見張りもしてもらわねばなりませんので」

 との指摘に、男達は一瞬静まり返る。

 魔獣たちには昼も夜もなく、突然館に襲撃を仕掛けてくる可能性もゼロではない。夜通しの見張り任務という面倒な仕事を思い、テーブルの方々からため息が漏れる。

「ストームに突入したんだろ? どんな具合だ?」

 パンに噛みつきながら、ロアリーはバーミッサに問いかける。

「今回のストームの中は、密林が生い茂ってる。マッサリアじゃ見ねえ木ばっかりでさ。クソでかい実をつけるやつ」

「ヤシかな」

「それそれ。んで、その木の上から大ザルどもが降ってきやがる」

「大ザル型の魔獣どもか」

「どいつもこいつも全身毛むくじゃらでさあ。体毛が一メートルくらい伸びてて、巨大な髪の毛の山が駆け回ってるようなもんよ。バカみたいな腕力で、殴られると死ぬほど痛い。まともに食らったら骨が砕けるだろうぜ」

「もっと人員が要りそうな感じかな」

「要る。少なくとも、ここにいる人数だけじゃ無理だ」

「その点は安心して下さい」

 サンテルムが口を挟む。

「明日以降、増員が見込めますので。ある程度メドはついています」

「そいつは心強い。だったら、俺たちは俺たちの仕事に集中できそうだな。コールマン探しに注力できるってもんだ」

 ロアリーは一安心し、小さく笑う。

「コールマン……そうだ」

 その名を聞いて、サンテルムはふと思い出す。

「実は先程ギルドに戻った時、ミセリカから頼まれまして。コールマンの件について伝えたいことがあるので、明日にでもギルドに来て下さい、とのことです」

「あ、そうなの? 何か分かったのかな?」

「それは当人から聞いて下さい。それからもう一点、これは調査部長からですが……」

「お。俺たちに臨時ボーナスでも出してくれるのかな」

「いえ。『バルダーズの件の報告書をさっさと提出しろ』とのことでした」

 サンテルムの一言で、ロアリーの表情は冷え切る。

「あ、そうですか。なるほどね……」

「バルダーズの件ってのはなんだよ?」

 ニヤニヤ笑いを浮かべ、バーミッサが問う。

 うんざりしながら、ロアリーは答える。

「バルダーズ市場で悪臭騒動があったんだよ。もう一週間くらい前になるか」

「アレは本当にイヤな事件でしたね」

 アンリエットも苦悶の表情を浮かべる。

「悪臭騒動? そんなの、ギルドで対処する問題かよ」

「それがそうでもない。バルダーズ市場には、ギルドから警備員を送り込んでいるんでね。ただで朝飯にありつこうとする手癖の悪い奴等が多いらしくて、毎朝二、三人は捕まるんだと」

「そんなに? そりゃ警備員がいるな」

「そういうこと。で、それを逆恨みしたんだか、誰かが悪臭爆弾を放り込んだのさ。朝の一番忙しい時間帯に」

「悪臭爆弾?」

「正確には、インファナイト製、手の平サイズの丸い壺のアーティファクトだ。蓋を外すと、中から凄まじい悪臭を放つ黒い煙が立ち上る」

「どこかのアホが、嫌がらせを目的としたとしか思えない代物を作ったんですよ。あんなしょーもない用途にアーティファクトを利用するなんて、許せない……!」

 憤懣やるかたなし、という表情を浮かべ、アンリエットが怒りの言葉を漏らす。

「何がタチ悪いって、ぱっと見には小さなミアズマストームが発生したように思えるってところでね」

 ロアリーは話を続ける。

「一気に数メートルの高さに黒い煙が立ち上るもんだから、その瞬間に市場全体が大パニックさ。全員が一斉に逃げだそうとして大混乱、コケて踏みつぶされて大怪我、って人がかなり出た。さらに時間差で悪臭が市場全体に広がって、まあ地獄絵図だったようだ」

「あー。思いだしてきたぞ。そんな話を誰かから聞いたような気がする」

「アーティファクトの専門家であるところのアンリ先生が呼ばれて、俺も同行した。現地に着いてみたら、まあ臭いのなんの。いやはや、あの日ほど、ギルドの調査部に所属したことを後悔したことはないよ」

「一日一回は調査部を辞めたいとか言ってますよね」

 アンリエットはツッコミを入れたが、ロアリーは気にする様子もなかった。

「炎天下に放置した生ゴミの臭いを百倍濃縮したような悪臭に、目鼻への刺激のおまけつきでねえ。アンリと俺と、二人して涙と鼻水をデロンデロンに流しながら、どうにか壺を塞いで悪臭の元を絶った。市場中なにもかもがひっくり返ってしっちゃかめっちゃかで、被害総額がどれくらいになったかなんて考えたくもないね」

「どこのアホがそんな真似をしたんだよ?」

 バーミッサの問いに、ロアリーは悲しげにかぶりを振る。

「いまだに不明だ。事件の直前、銀色の鼻をした二人連れが壺を持っていた、なんて証言は得られたが、その正体については今後の調査が待たれる」

「銀色の鼻ってなんだよ?」

「予想ですけど、おそらくそれもアーティファクトでしょうよ」

 不機嫌そうに、アンリエットは言う。

「悪臭を完全にカットするアーティファクトを使って、自分たちの鼻がもげるのを防いだんでしょう。当人を捕まえないと、断言はできませんが」

「まだ未解決問題なんだが、中間報告は上げなきゃならんのさ」

 悲しげに言って、ロアリーは肩を落とす。

「今晩中にやっておいてくださいよ。明日ミセリカに会うんですから」

「そうだな……。ミセリカの千枚通しで尻の穴を二つにされかねない」

 アンリエットの言葉に、ロアリーは渋々頷く。

「二つで済めばいいけどな。まあ頑張れよ」

 にやりと笑いながら、バーミッサはギザ歯でパンを噛みちぎる。

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