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冒険者ギルドの調査員は、土下座で事件を解決する。  作者: 長坂グリム
死霊の婚約者の物語
3/40

3 調査部長は問いかける


 正午過ぎに、ロアリーとアンリエットは冒険者ギルドに戻る。

 マッサリア冒険者ギルド本部の建物は間口十五メートル、奥行き百メートルほどの石造で、これがフォカニー中心部の広場に面して建っている。外見は地味で面白みもなく、周囲の風景に溶け込んでいる。むしろ、この建物に出入りする冒険者達の個性的な姿の方がより目立つ。

「足下、大丈夫だろうね」

 ギルド入口手前の左右に広い石段を登りながら、ロアリーは声を掛ける。

「大丈夫ですって」

 ワインを二杯ほど飲んだアンリエットだったが、宣言通り、酔った様子は全くない。変わらぬ顔色のまま、確かな足取りで石段を登る。ロアリーの心配は杞憂だった。

 大きなアーチ門をくぐって、開け放たれた正面入口から中に入る。

 広い正面ホールは一般人の出入りも多い。ギルドに依頼を持ち込みに来た人々が窓口に貼り付き、担当員と話し合っている。

 ホールの正面奥には依頼案件を記した書類がピン留めされた掲示板が並び、仕事を探すギルドメンバーが壁をなしている。

 冒険者達はこの中から気に入った仕事を見つけて書類を事務員に持ち込み、細部の説明を聞いた後、依頼者のもとへと向かう。時には依頼者がこの場でギルドメンバーに直接依頼することもあり、そういった面々は、ホールから直接行ける併設のレストランに腰を落ち着け、依頼内容と報酬条件を語り合う。

「今日も繁昌しているな。結構なことだ」

 人を避けながら、ロアリーはギルドの奥へ向かう。

「ところで、この荷物を預けるには、誰に相談したらいいんだろうね?」

 酒場から回収してきたコールマンの荷物を掲げ、アンリエットに問う。

「新入りの私に聞かないでくださいよ。事務員の方に当たってみては?」

「そりゃそうだ。……おや」

 会話中、ロアリーは知り合いを見つけて足を止める。

「やあ、ミセリカ。忙しそうだね」

「あっ。ロアリーにアンリじゃないですか」

 白シャツを来た小柄な女性が、二人を見つけて歩み寄ってくる。

 ミセリカ・スティレット、冒険者ギルドの文書管理部に所属する事務員だ。

 成人ながらロアリーよりは年下で、髪は金髪ショートヘア、眼鏡を掛けている。今は書類の束を抱え、書類を綴るための複数本の革紐と、紙面に穴を穿つための千枚通しを握っている。

「今日も今日とて書類仕事ですよ。こんな時はストレス解消に、なんでもいいから穴を開けたいですね! ロアリー、なにか穴を開けて欲しい物とかありません?」

「今の所は間に合っている。いつか、屁が出そうで出ない時にブスッと頼むよ」

「それは嫌です」

 ミセリカは真顔で言った。しかしすぐに笑顔を取り戻す。

「そういやロアリー、この間のバルダーズの件、調査報告書提出しました?」

「あっ」

 ロアリーは目を丸くし、すぐさまその場で土下座する。

「そ……その件は、もうあらかた出来ております。あとは見直しするだけですので、平にご容赦を……!」

 調査活動と調査内容について報告書を記し、上長に提出するのも、調査部員の仕事の一部だ。

「本当ですかねえ」

 疑わしげな眼差しを、ミセリカはロアリーに向ける。

「それより、頼まれて欲しいことがあるんだよ」

 ロアリーは立ちあがって、抱えていた荷物を掲げる。

「ギルドメンバーのコールマンについて調べて欲しい。カーティス・コールマン」

「何かあったんですか?」

「失踪したようだ」

 スリーピング・スフィンクス亭での聴取内容を交え、ミセリカに簡単に事件概要を告げる。

「よその店で前後不覚になるまで飲んだくれて、いまだに鼾をかいている、なんて可能性もゼロじゃないが、多分違うだろう。以前の仕事でトラブルに巻き込まれてなかったか、知りたい」

「コールマンのお仕事履歴について調べればいいんですかね」

「あとできれば、身内がいるかどうかも調べて欲しい。荷物を縁者に引き取ってもらわないと、ギルドの倉庫の肥やしになっちまう」

「結構ですけど、ただでやれっていうわけじゃないですよねえ?」

 期待するような表情を、ミセリカは見せる。

「おいおい。このくらいはギルドメンバーとしての義務だろ。同じギルドに所属する者同士、お互いに助け合わないと」

「それはそうですけど、個人的な感謝の意を示してもらうと、よりやる気が出るんですけどねえ」

 言いつつ、ミセリカは千枚通しをぎゅっと握り締め、さりげなく顔の高さに掲げてみせる。

「いやはや、俺の鼻穴を三つにする気かよ。わかったよ、後で一食おごるとも」

「やった。ありがとうございます」

 にっこり笑って、ミセリカは千枚通しを引っ込める。

「えーと、そうだ。調査部の部長がアンリのことを探してましたよ」

「部長が? 急ぎの用ですか?」

 アンリエットは眉をひそめる。

「どうでしょう。でも、随分暗い顔をしていましたっけよ」

「部長が暗い顔をしているのはいつものことですけど……」

 ロアリーはアンリエットの肩を軽く叩く。

「アンリを探しているってことは、アーティファクトの話に決まっている。さっさと荷物を預けて、部長のご機嫌伺いに行こう」

「それが良さそうですね」

「では、よろしくお願いしますねー」

 三人は軽く挨拶を交わし、それぞれ別の方向に歩いていく。



 マッサリア冒険者ギルド調査部長の執務室は、事務的で殺風景だ。

 部屋の奥寄りに置かれた執務デスクは、ただ頑丈さのみを考慮した代物で飾り気はゼロ。デスクの上には書類の山が積み上がっている。

 調査部長ブランドン・ボウは右の山から文書を一枚取り、印を押して、左の山に積み重ねるという作業をひたすらに繰り返している。

「お疲れ様です、部長」

 執務室に乗り込んだロアリーが挨拶をしても、ボウの作業は止まることがない。ちらりと視線を送ってロアリーとアンリエットの姿を確認しただけで、手をせわしなく動かし続ける。

「遅かったな。待っておったんだぞ」

 五十代、肥満気味の男性だ。頭頂部は禿げ上がり、一方で側頭部から後頭部を廻る灰色の髪はふさふさとしている。かつてはギルドで活躍した剣士であり、執務室の壁に飾られている剣は、往時に実際に使用していたものらしい。

 ボウが座っているのはシンプルな木の椅子だ。一方、執務デスクの対面にある客用の椅子は、座面にしっかりクッションが詰まり、肘掛けもよく磨かれて立派だ。ただし、一人掛けが一脚置いてあるだけだ。

「前にも言ったと思いますけど、簡単なやつで構いませんから、二つ目の椅子を用意していただけませんかね」

 ロアリーは主張したが、ボウはさして興味を持たない。

「すまんな。そもそもここに来客を迎えることがめったにないのでね」

「いやはや。ほらアンリ、レディファーストだ」

 ロアリーはアンリエットに腰掛けるよう促し、アンリエットはそれに従う。

「ありがとうございます。……部長、お呼びだそうですが」

「ああ。おまえたち、今抱えている案件はなんだったか?」

「コールマンの件に取りかかっている最中です」

「ああ、そうだ。最近は物忘れが激しくていかん」

 ボウは嘆いて、首の付け根に手を当てながら頭をぐるりと回す。

「何もかも、忙しすぎるのが悪い。あまりにも忙しすぎて、最近は八時間しか眠れておらんし、一日三食しか食べられん。まったく……」

「それはそれは。大変ですねえ」

 空々しく、ロアリーは適当に相づちを打つ。

「で、どうなっておるかね? コールマンの件」

「酒場の大将には納得してもらいましたよ。用心棒の仕事は継続できそうです。ただ、コールマンの身に何があったかは今の所謎ですね。調査中です」

「結構。それとは別に、引き受けてもらいたい案件がある」

「俺の身体は一つだけなんですけどねえ」

「アーティファクトがらみの案件だ。アンリに頼るしかあるまい」

「やはり、そうですか」

 アンリエットは神妙に頷く。

「ま、そのために鍛冶屋ギルドから出張してもらっているわけだからな」

 魔法の武器、防具、あるいは道具などを総称してアーティファクトと呼ぶ。冒険者の強い味方ではあるが、便利な道具は悪用もされがちなもの。犯罪に利用され、ギルドメンバーや一般市民に害をもたらすことも珍しくない。

 調査部が扱う案件にアーティファクトが関わってくることも多く、専門的知識が要求される場合がある。そのため伝統的に、冒険者ギルドは鍛冶屋ギルドからアーティファクトにに関するエキスパートを派遣してもらい、調査部員として迎え入れている。

 アンリエット・メルヴェイユは、つい一ヶ月ほど前に派遣されたばかりだった。

「ジュリアン・フェイバーを知っているかね?」

「ギルドメンバーですね。海賊男だ」

 ロアリーはすぐに反応する。アンリエットはピンとこない。

「海賊男?」

「見たことないか? いっつもドクロマークが入った三角帽を被って、伊達の眼帯つけてる奴」

「あ、あの人ですか! 見かけたことありますよ。陸のど真ん中で海賊の格好って、すごい目立ちますよね」

「先祖が海賊だったから、自分も海賊のコスプレしてるんだと。当人は船に乗ったことすらない上に、泳げないとも言ってたけど」

「そのフェイバーから連絡が入った」

 書類を処理する速度を緩めぬままに、ボウは説明する。

「療養中につき、引き受けていた荷馬車護衛の仕事をキャンセルさせて欲しい、と」

「療養? 海賊ごっこで壊血病にでもなりましたかね?」

「何故海賊ごっこで壊血病が真っ先に出るんですかね……?」

 アンリエットは呆れ気味に言う。

「海賊ごっこと言えばチャンバラあたりだと思うんですが」

「チャンバラは海賊だけがやるもんじゃなし」

「壊血病ごっこなんて具体的に何をするんですか」

「船乗りの食事を再現して、塩漬け肉や干し魚ばっかり食べていると、陸にいても壊血病になるらしいぞ。先祖の苦難を実体験するなんて名目でやりかねないよ、あいつは」

「壊血病ではない。怪我だ」

 ロアリーの冗談を、ボウは無慈悲に斬り捨てる。

「なんでも実家に強盗が入り、斬られたそうだ」

「なんと。あいつ、剣の腕はそこそこ確かだったと思いますけど」

 ロアリーが驚きの声を上げる。

「詳しいいきさつは、当人から聞いてくれ。強盗連中に秘蔵のアーティファクト武器を盗まれた、という話でな。是非ともアンリに相談したい、と言ってきた」

「私に相談、ですか」

「細かくは知らんが、聞く限り、深刻な問題のようだ」

 真剣な表情を、ボウはロアリーとアンリエットに向ける。

「フェイバーの一族は、代々有力な冒険者を輩出している。私は以前館を訪れたことがあるが、すごい数のトロフィーが飾られていてな」

「トロフィー?」

「わざわざ自宅に展示場を作って、冒険から持ち帰った戦利品を飾っているのさ。数十年分はあると語っておったから、その中に問題あるアーティファクトがあっても不思議ではなかろうよ」

「それは大いに興味がありますね。わかりました、その件、引き受けます」

 アンリエットは承諾し、小さく頭を下げる。

 その横でロアリーは苦い顔をする。

「いやはや。仕事は増えていくばかりだな」

「ロアリーが忙しいのは承知しておる。先のバルダーズの件も、まだ報告書が上がっていないようだし」

「ギクリ」

 ボウの指摘に、ロアリーの顔は青くなる。すぐさま土下座し、床に頭をこすりつける。

「そ、その件は、一両日中に提出させていただきますとも。九割方報告書は出来上がっておりますので」

「私の目の前で土下座するんじゃない。例の拳法で殴られるんじゃないかとヒヤヒヤする」

 ボウは印を押す作業を一旦止め、手の平をひらひらと振る。

「謝る暇があったらら、残り一割をさっさと仕上げることだな」

「もちろんですとも。では、これで」

 ロアリーは素速く身を起こす。アンリエットも椅子から立ちあがる。

 ボウは左手側の書類の山に手を乗せる。

「ロアリー、これを文書管理部の方に持って行ってくれないか?」

「いいですよ。この程度、大した仕事じゃありませんからね。俺たちの案件に比べれば」

 文句を言いながらも、ロアリーは椅子を回り込み、書類の山に手を伸ばす。

 アンリエットも手伝おうとしたところ、ボウは手を伸ばして制する。

「アンリエットはいい。ついでに話したいことがある」

「……それじゃ、ギルドの玄関で落ち合うか。また後で」

 ロアリーはそう言って、書類を抱えて執務室を出て行く。

 ロアリーの姿が消えてから、ボウは怪訝な顔をしているアンリエットに語りかける。

「構えなさんな。ちょっと雑談がしたいだけだ。君が冒険者ギルドに来てから、もう一ヶ月か。どんな具合かね?」

「楽しくやっていますよ」

 正直に、アンリエットは答える。

「優れた魔法鍛冶になるには、鍛冶の腕前を鍛えるのみならず、冒険者として実地を体験することも重要だ、と父に言われて、こちらに来ました。たしかに、冒険者の需要を理解することは大切だ、と毎日痛感していますし、ギルドメンバーの方々の活動に触れるのは面白いものですね。調査部員としての活動、楽しいですよ」

「なるほどなるほど。それは結構」

「ただ……どうして私のパートナーにロアリーを選んだのですか?」

「おや。不満かね」

「いえ、替えて欲しいわけではないです。ただ、ロアリーは調査部員の模範だとは到底思えないのですが」

 アンリエットは執務室の扉を振り返り、ひょっこりロアリーが戻ってこないか確認してから、続ける。

「記憶力に優れているわけでなし、推理力が高いわけでなし、いつもヘラヘラとして、冗談は下品だし、すぐ土下座するし。彼のいいところなんて、身体が異常に頑丈なことくらいじゃないですか。まあ、戦闘面では頼りになりますけど」

「そんなにロアリーのことが気になるかね」

 にやりとボウは口元を歪める。

「今まで会ったことのないタイプの人間なもので。ロアリーは何故調査部にいるんです? 普通の冒険者として活動した方が、稼げるのでは?」

「ふむ。ま、当然の疑問だろうな」

 ボウはさも愉快そうに言う。

「まず、第一の質問について。ロアリーのパートナーの席が空いていたから君と組ませただけであって、ロアリーを模範として欲しいという気持ちは一切無いので安心して欲しい」

「言われるまでもなく、絶対マネなんてしませんけどね」

「第二の質問については、私の口から言うべきことではないね。他人の心中について勝手に決めつけああだこうだ言うのは、おこがましいというものだろう」

「それはそうでしょうけど……」

「私から言えるのはただ一つ。ロアリーは調査員として結果を出している。故に、私からロアリーに首を言い渡す理由はない。辞められたらむしろ困る」

「…………」

「知りたければ、ロアリーの口から直接聞くことだ。あいつのことだから、まともには答えんかもしれんが、行動を共にしていれば、いつかぼろっと漏らすこともあるだろう。パートナーを辞める気は無いのだろう?」

「はい。今の所は」

「ならば、行きたまえ。答えが得られることを祈っているよ」

 ボウは手を一振りすると、書類作業に戻る。未決書類はまだまだ山積みで、一日や二日程度で解消できるとは到底思えない。

「では、失礼します……」

 アンリエットは一礼し、執務室を辞した。

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