表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドの調査員は、土下座で事件を解決する。  作者: 長坂グリム
死霊の婚約者の物語
1/40

1 冒険者ギルドの土下座要員


「えっ? 冒険者ギルドに調査部なんてあるんですか?」

 新米ギルドメンバー、イアンは疑問を素直に口にした。

 すぐさま「失言した」と気付いて、慌てて口を手で塞ぐ。

「あ、すいません! 失礼なことを言ってしまって……!」

「なぁに、全然失礼じゃない」

 対して、マッサリア冒険者ギルドの調査員、ロアリーは笑いをこらえながら応じる。

「ギルドの内外問わず、よく言われる。その手の質問、今年だけでもう百回は聞いてるよ」

 王都フォカニーの港湾地区の一角を占めるトレランティア広場は、朝から行き交う人々で賑わっている。空は朝から晴れ渡り、秋の到来を思わせる爽やかな風が穏やかに吹き付けていた。

 広場の中心には勇者レヴィロスの像が建っている。一メートルほどの台座の上に、常人の約二倍サイズの勇者像が、天に剣を掲げるポーズを取っている。待ち合わせ場所の一つとして、フォカニー市民の間ではよく知られている場所だ。

 新人冒険者イアン・ザカリーは、初めての依頼を引き受けるにあたり、この勇者像前に呼び出された。そろそろ朝十時になろうという頃に、二人の先輩冒険者と無事落ち合い、互いに自己紹介をしているところだった。

「改めて。俺はロアリー・ジーベントゥルム、マッサリア冒険者ギルド調査部に所属している」

 ロアリーは自己紹介を繰り返して、握手を求めた。

 年齢は二五歳、黒髪でひょろりとした長身の青年だ。丈の長い黒ジャケットをまとい、薄汚れた灰色のズボンを履いている。雰囲気は温和で、よく言えば人が良さそうだが、悪く言えば覇気がまったくない。

「よろしくお願いします」

 イアンは握手を返しながら、一点奇妙なことに気付く。ロアリーは剣を差しておらず、魔法の杖を持っているわけでも無い。冒険者であれば普通は何かしら得物を持っているものだが。

「私はアンリエット・メルヴェイユ。同じく、調査部員です」

 続いて、ロアリーの隣に立つ女性が手を差し出す。

 白いシャツの上に黒いエプロン風ドレスをまとい、長く伸ばした銀色の髪を後頭部でひっつめている。ロアリーより頭一つ分小さいので錯覚しそうになるが、女性にしては長身の部類に入るだろう。背筋をぴんと伸ばしているためか、胸回りは実際以上に大きく見え、それでいてウェストはよく引き締まっている。礼儀正しいながらも目つきは鋭く、ロアリーとは対照的に刺々しい空気をまとっている。

 手を握ると、アンリエットは力強く握り返していた。手の平の感触も柔肌にはほど遠く、意外にごつごつとしている。

 自然と、イアンの目は握手したのと反対の手に注がれる。

 アンリエットの左手は、金属製の長柄の槌のようなものを握り締めている。全体的に暗赤色なのは、インファナイトと呼ばれる金属の特徴だ。

 柄はアンリエットの身長より高く、その先端には小さなハンマーヘッドが張り出していた。一般的なウォーハンマーのように片側がピック状になっているわけではなく、左右いずれも円筒形だ。

「お若いのに、ベテラン戦士としての風格がありますね」

 イアンは賞賛したつもりだったが、

「戦士⁉ 私は魔法使いですよ!」

 アンリエットはイアンをきっとにらみつけ、反論した。

「え⁉ 魔法使い? いやだって、長柄のハンマーを握ってるのに……」

「これは杖ですよ! 魔法の杖!」

 アンリエットはぐっと左手を押し出し、「杖」を見せつける。

 殴られる、と思ってイアンは思わず大きく退く。

 改めて観察してみるものの、やはり金属製の槌としか思えない。

 助けを求め、ロアリーに視線を送る。

「いや、これは杖だよ。魔法の杖」

 ロアリーはぶるぶると震えながら言う。

「以前アンリに『これはハンマーでしょ』って言ったら、あのハンマーヘッドで足の甲をぶん殴られた。だからこれは杖なんだよ」

「適当なこと言わないで下さいよ! 殴ったことなんてないですよね⁉」

 アンリエットは思わず大声を張り上げる。

 そのまま殴りに行きかねない勢いだったが、イアンの視線に気付いて、小さく咳払いして落ち着きを取り戻す。

「とにかく、私は魔法使いです。鍛冶ギルドから派遣された身の上ですので、ハンマーを象った杖を愛用しているってだけですよ」

「鍛冶ギルド? 本職は鍛冶なんですか」

「そうなんだよ。有名な鍛冶屋の家系に生まれたエリート鍛冶なのさ、アンリは。赤ん坊の頃からガラガラの代わりに木槌を持たされたとか」

 ロアリーが勝手に説明する。

「……そうですか。調査部って、具体的にどんなことをしているんですか?」

 イアンは話題を元に戻す。

「行きながら話そう。お互いについて理解を深めるのも悪くないが、先方が待っている」

 そう言ってロアリーは歩き出し、アンリエットとイアンもそれに続く。

「調査部の仕事と言っても、他のギルドメンバーとやることが著しく異なるわけじゃない」

 歩きながら、ロアリーは語る。

「ギルドメンバーだって、依頼の内容によっては調査を行うこともあるし、俺たちだって悪党や魔獣どもと戦うことがある。何かはっきり違うことがあるとすれば、俺の場合、土下座だな」

「土下座? 土下座って言ったんですか?」

 イアンは自分の耳を疑い、思わず聞き直す。

「そう。土下座」

 ロアリーは首をひねり、イアンに向かってにやりと笑う。

「依頼者とギルドメンバーの間でトラブルが起きるとする。そういう時は俺たちの出番だ。前後関係を正確に調べ上げて、どちらに責任があるかを判定する。依頼者側に責任がある場合はいいとして、ギルドメンバー側がやらかしているケースも結構ある」

「そういうものなんですか?」

「考えるより先に手が出る荒くれ野郎が多いからな。そんな時、俺たちがギルドの代表として土下座して、許しを請う」

「土下座するのはロアリーだけですけどね」

 アンリエットは訂正する。

「私は必要に応じて頭を下げはしますけど、土下座なんて絶対にしませんよ」

 白く整った顔立ちの美人が眉を吊り上げ、鋭い眼差しをロアリーにぶつける。

「アンリも土下座しようぜ」

 ロアリーは言い返す。

「最初は抵抗があるのも分かる。でも、一度慣れちまえばどうってことないぞ。むしろ、相手から見下されるのが快感になる」

「私には到底到達しえない境地ですね」

 アンリエットはイアンに目を転じる。

「土下座はロアリーの趣味ですけど、依頼人に謝って回るケースが多いのは事実ですよ。調査部と言うより、お客様苦情係と呼んだ方が、実態には合っているかもしれません。私はこの仕事について一ヶ月ほどですけど、それが正直な印象ですね」

「はあ……そうですか」

「今から行く先も、まずは謝罪ですからね」

 ため息をつきながら、アンリエットは言う。

 イアンは当惑の表情を浮かべた。

「謝罪? なんのことです?」

「あれ? 聞いてない?」

 ロアリーに問われて、イアンは頷く。

「ええ。実は、急ぎで酒場の用心棒の仕事がある、って言われただけで。特に事情も聞かず、二つ返事で受けたんですけど……。なんかまずい案件とか?」

「大したことじゃない。うちから派遣していた先任者が、突然失踪したってだけさ。よくある話だ」

 軽い調子を装って、ロアリーは言う。

「失踪……? 何があったんです?」

「これから調べる。それが俺たち調査部員の仕事だよ。コールマンって知ってるかい? カーティス・コールマン」

「いえ、知らないです」

「そうか。ギルドメンバーのコールマンが、スリーピング・スフィンクス亭という酒場の用心棒を務めていたんだがね。一昨日の夕方に店を出たっきり、帰ってこないんだとさ。だから急いで代理の者を提供する必要がある。それが君ってわけだ」

「まあまあ大したことのように聞こえますが。先方、怒ってるでしょ」

「一ヶ月間、代理の用心棒をタダで提供します、って言ってやれば、向こうも文句は言わないだろうさ」

「タダ? 僕はタダ働きしなきゃならないんですか?」

「そこは心配無用。君の報酬はギルドの方から補填する。君もコールマンにならって失踪しない限り、の話だが」

「それは大丈夫です。失踪しなきゃならないような問題は特に抱えてませんので」

「そいつは頼もしい。ギャンブルで借金を抱えた失踪予備軍のギルドメンバーが何人いるか知ってるかい? 知ったらビビるぞ。実は……」

「他人のプライバシーを勝手に漏らさないでください」

 アンリエットがロアリーの肩を叩く。

「業務上知り得た情報を言いふらすのは、趣味が悪いですよ。そもそもロアリーが人のことを……ひゃあっ⁉」

 更に言おうとして、突然悲鳴を上げる。

「よお、美人の姉ちゃん! いいケツしてんなあ! 一緒に飲まねえかい?」

 テラス席で飲んだくれていた男の手が伸び、アンリエットの尻を撫でている。

 びくりと身体を震わせたアンリエットは、怒りの表情を閃かせるとともに、スタッフを力強く振り上げて、

「触るなッ!」

 男の脳天に叩きつける。

「ほげっ⁉」

 炸裂音が響き渡り、男は椅子から転げ落ちる。べたりと石畳の地面に手足を伸ばし、そのまま動かなくなる。

 途端、男の連れ達が血相を変え、立ちあがる。

「おいてめえ! 何しやがる⁉」

「それはこっちの台詞ですよ! 無礼者!」

 アンリエットはスタッフを突きつけながら言い返す。

「なんだとこの女……!」

 三人がアンリエットへ詰め寄ろうとしたところ、

「申し訳ございません!」

 ロアリーが素速く間に割り込んで、流れるような動作で土下座して、

「皆様、どうか落ち着いていただけませんか!」

 石畳の地面に額をこすりつけ、必死に謝罪する。

 なるほど、これは土下座慣れしているな、とイアンは納得する。

「ふざけんな! ダチになんてことしてくれんだよ!」

 三人の怒りは収まらない。ロアリーを無視し、アンリエットに接近する。

 対して、ロアリーは土下座の姿勢のままするすると移動し、三人の進路を塞ぐ。

「ここは一つ、平にご容赦を……!」

 土下座体勢を保ったままの、あまりにも滑らかすぎる移動。

 普通の人間であれば思わず目を疑うところ。事実イアンは、ロアリーの気味の悪い動きに恐怖すら覚えた。

 が、三人の男は午前中から既に酩酊していて、一切気にする様子がない。

「邪魔すんじゃねえ! このアホ!」

 先頭の男が、道に転がる石を蹴飛ばすかのごとく、ロアリーの頭にキックを放つ。

「ロアリー⁉」

 イアンは叫ぶ。側頭部に一撃くらい、悲鳴を上げてひっくり返るロアリーの姿を想像する。

 ところが――

「んがっ⁉」

 悲鳴を上げたのは、蹴りを放った男の方。

 全力の蹴りはロアリーの頭にしっかりと突き刺さっていた。

 だが、ロアリーの頭は一ミリたりと揺るがない。

 その反動は、全て男のつま先に跳ね返る。

「いっでぇぇ⁉」

 男はひっくり返る。右足を押さえてのたうち回る。みるみるうちに顔が青ざめ、冷や汗を大量に流し出す。

 そんな様子に、残る二人の男も血相を変える。一瞬で酔いは吹き飛び、言葉を失って、ただロアリーを見つめる。

「あーあー。つま先の骨、砕けたんじゃねえの」

 ロアリーは頭だけをもたげ、のたうつ男に同情の視線を送る。

「今すぐ医者に駆け込んだ方がいい。さもないと今後一生、つま先がひん曲がったままになるぞ」

 男達はしかめっ面をしながらも、ロアリーの助言を受け入れた。一人はつま先を砕いた男の肩を抱き、もう一人はアンリエットに殴られ気絶した男を引き起こして、慌ててその場から去っていく。

「いやはや。おっかない奴等だなあ」

 男達の背中を見送りながら、ロアリーは立ち上がり、ズボンについた土埃を払う。そして、アンリエットに非難の眼差しを向ける。

「気持ちは分かるけど、いきなり相手を殴るのはいかがなものかな」

「圧倒的に向こうが悪いです。見知らぬ男に尻を撫でられる恐怖なんて、あなたにはわからないでしょうね」

「いや、分かる。俺も、見知らぬ男に尻を撫でられたらビビって漏らす。すぐさま殴り返す度胸はないよ」

「ちょ……ちょっとすいません」

 ロアリーとアンリエットが言い合っているところに、イアンがおずおずと割り込む。

「今、一体何が起きたんです? どう考えても、頭を蹴られたロアリーの方が卒倒するところじゃないですか。なんで相手の方が……?」

「俺の普段の行いが正しいから、神様が守ってくれたのさ」

 ロアリーが真面目な顔で答えると、アンリエットがロアリーを軽く叩く。

「神なんて信じてないくせに」

「信じているとも。ほれこの通り」

 ロアリーは懐に手を突っ込むと、ネックレスを取り出す。

 ネックレスの先には、縦棒に上向きの弧状の枝が生えた、レヴィロス十字が銀色の輝きを放っている。勇者レヴィロスを崇めるレヴィロス教のシンボルだ。

「それは大抵の冒険者が持っているでしょう。信仰心の証にはなりませんよ」

 アンリエットはロアリーを指さし、イアンに言う。

「この人は、世にも奇妙な格闘術の使い手なんですよ。ナントカツーシン拳とかなんとか……」

「大地通身拳」

 正しい名前を、ロアリーは口にする。

「大地通身拳……? 初耳ですね」

「北大陸のどこかの山奥の僧院に伝わる格闘術だそうですよ」

 アンリエットが解説する。

「大地の精霊の力を自分の身体に取り込んで、一時的に超人的なパワーを手に入れるとかなんとか。さっきの土下座は、その予備動作なんですって」

「おいおい。俺の秘密を勝手にしゃべるなよ」

 などと言いつつ、ロアリーは自身で説明する。

「身体のどこかを地面に接することで、大地の精霊の力を俺の身体に取り込むんだ。土下座で接地点を増やすと、よりパワーが大きくなる。大地通身拳を極めた者は、チョップ一発で鋼の鎧を紙切れのように引き裂き、破城槌の一撃すら指一本で受け止める。試してみるかい?」

 拡げた右手をイアンに向けて掲げ、剣の一振りを受け止める格好を取る。

 イアンは腰に剣を帯びていたが、試す気にはなれなかった。

「それは、いずれの機会ということで」

「あ、そう? 試したくなったら、事前申告してくれよ。さすがに不意打ちされると痛いんで」

「あともう一つ。そのハンマー……じゃなくて杖で殴られた人、大丈夫なんですか?」

 恐怖の視線を、イアンはアンリエットの杖に向ける。

「大丈夫でしょうよ。派手な音はしましたけど」

 アンリエットは杖を差し出し、イアンに受け取るよう促す。

 恐る恐るイアンは杖を手に取り、

「……あれ? 軽い?」

 予想外の軽さに目を丸くする。

 杖自体は確実に金属製だが、その大きさに対してあまりにも軽い。木製の細長い棒だと勘違いしそうなほどに。

「これはインファナイト製のアーティファクトで、軽量化の魔法がエンチャントされているんですよ。だから、これで殴っても、木槌ほどの痛みしか感じませんよ」

 説明して、アンリエットは杖を取り戻す。

「殴られた人は一撃で気絶してましたけど……」

 とイアンが言うのと同時に、遠くから時を告げる鐘の音が聞こえてきた。

「おっと、無駄口叩いている場合じゃないな。今から酒場の店主に土下座しなきゃと思うと、憂鬱だねえ」

 ロアリーは徒歩を再開する。

「憂鬱ですって? 三度の飯より土下座が好きなくせに」

 文句を言いつつ、アンリエットもロアリーに続く。

 最後に、イアンも二人の後を追う。怪訝な目で、二人の背を見つめながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ