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家系能力

作者: じゃろけ

 気がついたのは7歳のときだった。友達とごっこ遊びをしているとき、彼を突き飛ばして怪我をさせてしまった。意図的ではなかったにせよ、友達に痛い思いをさせてしまったことに私は涙を流した。涙を拭いていた私の右手は、徐に光り、数秒がたった時には眩い光に包まれていた。それがなんなのかをだれかに説明されたわけではないけれど、私はその光は人を癒やす光なのだと直感し、彼の膝に手を当てた。光はさらに光度をあげ、次の瞬間、光は傷とともに消えた。彼は数秒唖然とした顔を見せたあと、笑顔に変わり、私に「ありがとう」と言った。

 私は隠した。彼の傷を治したとき、私の膝に同じ傷ができていたことを。

 これは回復させる特殊能力ではないのだろうか。私は悩んだけれど、全くわからなかった。

「自分のせいで怪我をしてしまった友達が治ってよかった」

 それが7歳の私に出せた結論だった。


 一週間たっても彼から移った傷は治らなかった。二週間、三週間と過ぎていき、それでも全く変わらない傷を見て怖くなった。一生治らない気がして、夜眠ることができなかった。夜中の1時になっても寝ていない私に気が付いて、父は「どうしたの」と声をかけてくれた。私は、信じてくれるかどうかなんて気にせずにありのまま喋った。

「そうかそうか。それは辛かったな。でも大丈夫だから。今日は安心して寝なさい」 

 父は優しい笑顔で私に言った。父の言葉はすっと心のなかに染み込み、私は安心して、いつのまにかそのまま眠っていた。

 朝起きると膝にあった傷は治っていた。治りが遅いだけで、普通の傷と同じように治ることがわかって安心した。

 私が中学校に入学する三日前に父は亡くなった。母は父が亡くなった時も毅然としていた。

「あんたの父ちゃんは本当に優しくて、強い人だったんだよ」

 父が亡くなってからの母の口癖だった。何度きいても私の耳はその言葉を自然な形で受け入れていた。あの能力は、あれからほとんど使っていない。傷を治すと、自分に傷が移って治りが遅くなる。そんなのは割に合わないと子供心に感じたのだと思う。

 中学校でもその能力を使うことはなく、高校を卒業する頃には自分にそんな力があることは忘れていた。大学は東京にある大学にいくことにした。なんとか第一志望の国立大学に受かることができ、4畳半のアパートに一人暮らしをすることになった。18年間住んできた家に感謝をしながら自分の部屋を片付ける。

「机とかベッドは新しく買って、むこうの部屋に届くようにしなさい。小さいものだけ、うちから持って行きなさいな。部屋ががらんとしたら、寂しいわ」

 母は寂しそうに言う。私は母の寂しそうな表情を背負って一人暮らしをする。そんなふうに考えながら、机の引き出しの中を整理する。高校で使っていたプリントは一番上の引き出しに入っていた。それらをすべて取り出し、ごみ箱に捨てる。下の方には中学校の頃のプリントも混ざっているように見えた。一つ下の引き出しは使った覚えがなかった。鍵のついている引き出しで、使うのがなんとなく面倒だった私は、使わないという選択をしたのだと思う。なにかを入れた覚えはなかったけれど、筆記用具が入っている引き出しから鍵を取り出し、開けてみる。開けてみると何も入っていなかった。念のために奥の方まで手を入れてみると、箱のようなものが手にあたり、取り出してみる。見覚えがなかった。開けてみると四つ折りにされた紙があり、ゆっくりとひらく。父からの手紙だった。


 いろいろ書きたいことはあるけれど、この手紙でお前に伝えたいことは一つだ。お前も能力を引き継いでしまったんだな。俺の親父、つまりお前の爺ちゃんにも同じ能力があった。親父は40歳で死んだ。きっと俺も長くはない。この能力は自分を不幸にするんだ。誰かを治す力っていうのは、誰かを救う能力ってことだ。誰かを救う能力があるっていうことはな、つねに誰かを見捨てる選択をするってことなんだ。普通に生きていれば、めったに誰かを助けることなんてできない。そんな力ないのだから、選択できない。でも俺達には選択できてしまう。選択できるのにそれを選ばないということは、救わないという選択をすることだ。親父は見捨てるという選択ができなかったし、俺もできなかった。俺たちは弱かった。他人から俺たちに移った傷は治らない。俺の知る限り一生治らない。全く後悔しなかったのはお前の傷を治した時と、お前の母さんの火傷を治した時だけだ。お前がもしその能力で悩んでいるなら、自分のことだけを考えて生きろ。きっと俺は一年もしないうちに病気で死ぬ。昔からの親友が病気で倒れ、俺はあいつを見捨てることができなかった。俺にこんな能力がなければよかったのにな。


 社会人になってもうすぐ5年たつ。私は父の言葉を大事にしながら生きている。あれからまだ一度も能力を使っていない。使ってもいいと思うような友人ができるのが怖かった。恋人もいない。私は誰かを見捨てているのかもしれないという考えを振り払うように頭を振り、テレビを見る。

 流れているバラエティー番組は、私を笑顔にした。

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