第二部(最終章:後編その2)女神の贖罪(しょくざい)
お待たせして本当にすみません。
最終章こと後編その2です。よろしくお願いいたします。
海岸地区の倉庫で犯人にスタンガンを当てたあと、俺は奴を縛り上げてDMに書いてあったことが本当か念押しした。
犯人が肯定した上で、俺は奴が咲良を襲ったのと同じやり方で「処刑」した。
「咲良から頼んできた。俺の気持ちを利用した」
そう繰り返し主張する奴の口に、俺はスタンガンを突っ込んで何度も放電した。
地獄で舌を抜かれる前に、罰せられるだけ罰してやる。
あのときの俺はたぶん、獄卒にも負けないくらい冷酷な表情をしていたと思う。
死体はネットで見た方法で手際よく海に沈めた。万一浮上してきてもいいように、着ていた服は全部脱がせて燃やした。
手のひらの「最強のホクロ」のおかげだろうか。
奴の死体も、俺の罪も、いまだに現世では明らかになっていない。
*
咲良が獄卒に連れて行かれてから、数ヶ月の時が流れた。
桜の季節はとっくに過ぎ去り、梅雨の中晴れで綺麗な夕焼けが自室の外に広がっている。
早ければ今ぐらいから、桜の木の枝で花の芽が作られるのだろう。咲良と歩いたソメイヨシノの街路樹の景色を俺は回想していた。
『新着メッセージがあります』
ちょうどそのとき、『地獄のマッチングアプリ』から久しぶりにメッセージが来て、俺は慌てて起動させた。
『佑真くん、久しぶり。元気してた?』
トークに表示されたメッセージの主を見て、俺の胸が数ヶ月ぶりに躍った。
はやる気持ちで返事を打ち込んでいく。
「話が出来なくて寂しかったよ 咲良のことずっと気になってた
あれから大丈夫だった? 地獄でさらにひどい目にあってない?」
『わたしも佑真くんと話がしたかった。やっと許可が出たの。
写真を拡散したのはわたしじゃなかったから、不注意のお咎めで済んだよ』
「良かった でも咲良が辛い日々を送っていることに変わりはないね」
『やっぱり自分のせいだからね。仕方ないよ』
「咲良は自分を責めなくていいから」
俺は彼女の罪には、あえて触れないことにした。
『実はね、わたしあと一回だけ、現世に行ってもいいって許可が下りた。
獄卒の鈴矢さんが監視についてくるけど、場所も相手も選ばせてもらえるの』
「良かったじゃん! 今度こそ行きたい場所でデート楽しんできなよ」
また俺と会って咲良に何かあったらと思うと、会いたい本音は書けなかった。
『うん。それでね、佑真くんに協力してほしいんだ』
「協力?」
咲良からの返信を見て、俺は久しぶりに世界が色づくのを感じていた。
*
「今日は『ねこ学園』のライブに来てくれて、どうもありがと~!」
小さなステージの上で、猫耳コスチュームを着た咲良が俺に明るく手を振っていた。
「イエエエイ!」
「咲良あいしてるぞー!」
何人もファンがいるように声を変えたりして、俺は観客席から大声で叫んだ。色とりどりのペンライトを手の指に挟んで振りまくる。
ここは小型ステージをレンタルできる建物の一室で、地下アイドルたちの小規模ライブによく利用されている。
『一度だけでいいから、現世でライブがしたい。歌を歌いたい』
咲良の望みを叶えるために俺が予約した部屋には、コンパクトながらもちゃんとした舞台と観客席が設置されていた。現世のときのライブに少しでも近づけたらと、俺は室内をカラフルに飾り付けてスモークを焚いた。
俺以外の人間を呼ぶことは禁止されたため、せめて雰囲気だけでもとマネキンを数体運んで観客席に置いた。
狭い観客席の隅では、鈴矢さんが相変わらずいかめしい面持ちで仁王立ちをしている。精悍な顔つきと筋肉質な体躯は、薄暗い場所だと甲冑の騎士のように威風堂々として見えた。
「あの~、一緒にペンライト振ってもらえませんか?」
「職務中につき却下する」
こちらをにらむ目つきに相変わらず戦慄を覚えたが、淡々とした口調にそこまでの冷たさは感じなかった。
そういえばと、鈴矢さんが咲良を連れ戻しに来たときのことを思い返した。俺を無理やり引き剥がすことは造作もなかったはずなのに、あえてそれをしなかった。亡者に罰を与える鬼とはいえ、案外、優しい人なのかもしれない。
「じゃあプライベートだったら振ってくれるんですか?」
「作業に集中しろ」
地底から鼓膜を震わすような声に、湧いてきた親近感は一瞬で消え去った。
「ご、ごめんなさい」
凄みのある眼光で俺をにらむと、鈴矢さんは舞台の上を見遣った。
(あの恐怖の視線を浴びても笑顔を崩さないとは……さすがプロの地下アイドルだ)
にっこりした咲良の視線の先には、俺だけが立っている。そう思うと嬉しすぎて涙が出て、俺は「ねこ学園」のロゴの入ったタオルを目元に当てた。
*
咲良を殺した犯人を始末したことは、このライブが始まる前に伝えた。
「わたしのせいで、佑真くんまで地獄行きに……」
俺の手を取ると、咲良は両目からダアダアと涙を流した。「ごめん」と言いかけては何度もしゃくり上げる姿を、俺は最高に可愛いと思った。彼女が俺のために泣いてくれただけで、復讐したことが報われると思えた。
それにーー。
「俺はむしろ嬉しいんだ」
「?」
咲良が小首をかしげる。俺は彼女の手を握って続けた。
「だって俺がこの先死んで地獄に行ったら、咲良にまた会えるんだから。咲良の歌が地獄で聴けるなら、俺は喜んで地獄に行くよ」
覚悟はもうできていたから、俺は本心から笑うことが出来た。
「もし咲良が贖罪を終えて転生しちゃってたら、俺は鈴矢さんと楽しくやってくよ」
「我を友達扱いするな」
少し離れた場所から、鋭いツッコミが飛んできた。
「でも……」
咲良はまだ何か言いたげだった。
「何度でも言うけど、咲良は俺の女神だから。地獄でもどこでも、いてくれるだけで俺は救われるから」
「それなら、佑真くんだって同じだよ」
大きな瞳に俺の姿を映して、咲良が言った。
「私の仇を討ってくれて、もう一度ステージで歌わせてくれる……望んだことをすべて叶えてくれたあなたも、私の女神だよ」
そう言うと、咲良は俺の胸に手を当てた。心臓が大きく跳ねる。
胸潰しインナーで抑え込まれた俺の豊満な胸が、余計に苦しくなった。
「やっぱ分かってたんだ……俺のこと」
「デートで腕組んだとき気付いた。二の腕の筋肉とか骨の感じが、どこか男の子と違うって。手のひらが柔らかかったのは、そういうのもあったのかなって」
「騙しててごめん」
「謝らないで。佑真くんは悪くないし、大好きな気持ちは変わらないから」
俺の右手を咲良が握手会のときのように、優しく包み込んだ。
一つになるような温もりが、俺の全部を丸ごと受け入れてくれるように思えた。
確かに「最強のホクロ」は当たっているのかもしれない。
今の俺は、欲しいものすべてを手に入れられたのだから。
*
咲良がステージで歌う姿を、俺はこの目に焼き付けた。その凛としたよく響く声に身をゆだねた。
俺だけのために歌ってくれるんだ、これから先どんな辛いことがあっても、俺は耐えて生きていけるだろう。咲良の秘密は、警察に捕まっても隠し通そうと強く誓った。
俺はただただ、咲良の歌声に耳を澄ませた。春の訪れを告げる鳥のさえずりよりも純粋で、花の芽よりも生き生きとした生命力に満ちていた。
満開の桜の花のように、鮮やかな照明がいつまでも咲良を照らしていた。
(第二部 完)
最後までお読みくださり、誠に、誠にありがとうございました。
第三部もまた投稿したいので、今後ともお付き合いいただけるととても嬉しいです。
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