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第二部(後編その1) 報復

後編その1です。よろしくお願いいたします。

後編その2で第二部最終章となります。

 黒いもや咲良さくらを引きずり込もうとしている。俺と反対側の両サイドから引っ張られる中で、彼女が苦しげに叫んだ。


「うっ……鈴矢すずやさん! どうして!? わたしルール違反なんてしてない!」

「咲良!? いったい誰と話してるんだ?」

「いやあ!! 離してえ!!」


 甲高い叫び声がした途端、咲良が一層強く引っ張られるのを感じた。俺も負けじと腕に力を込めて引き寄せた。


「咲良!! 俺につかまってろ!!」

「佑真くん!」

「誰だ!? 咲良を引っ張るな!!」


 ――釈迦戸しゃかど 佑真ゆうま。お前がその腕を離さなければ、この亡者の腕が折れるぞ。


 その低い声に喉の奥がヒュッと縮まった。いきなり氷水を浴びせられたみたいに体が固まる。


「痛いいぃ!!」

「さ、咲良!!」


 ――我に力では勝てん。亡者を想うなら早く離してやれ。


「……咲良、ごめんな」

 隣で苦しむ咲良を見て、俺は腕にこめていた力を抜いた。


 咲良が俺から離れた途端、目の前の靄が途切れた。中から姿を現したのは、一人の大柄な男だった。


(見つめられただけで、殺されそうな圧だ)


 男の眼光は靄の中でもギラリと光って、脳天に矢が刺さったみたいに動けなくなった。

 一目で分かる鍛え抜かれた筋肉質な体が、その鋭い目つきの端正な顔をより小さく見せている。艶々とした黒髪は、盛り上がった僧帽筋に届く長さまで伸びていた。


 忍者のような黒装束の格好をしていて、シルエットは全体的にゆったりとしていた。肩から胴へと長く伸びた掛け衿には、神代文字に似た模様が金字で縫い付けられ、闇を照らすように輝いている。引き締まった腰には白銀の鎖が幾重にも巻かれて、とぐろを巻く蛇を連想させた。


「お前は……獄卒だな?」

 俺がおそるおそる口に出すと、男は小さく感嘆の息を吐いた。その瞳は相変わらず冷たい光で俺を見下ろしている。


「なぜ分かった?」


「漫画で見たことがある。獄卒は亡者を押さえつけられるだけの力があって、懲らしめやすいように動きやすい服装をしてるって」


「なら話が早い。利用規約を破った亡者を取り締まるのは、我ら獄卒の役目の一つだ」


「規約破ったって勘違いだろ! 咲良はなんも悪いことしてないって! 」

「佑真くん……」


 靄の向こうに立つ咲良の腕は、獄卒の太い腕にがっちりと掴まれている。その腕はたくましく、鬼の棍棒並みの強靭さをうかがわせた。


「お前たちの撮られた画像が多くの人間の目にさらされた結果、『死んだはずの人間が蘇った』という噂が急速に流布した。『現世に混乱を招く行為』は利用規約違反に値する」


「……あの写真、ネットに拡散されたのか!?」

 獄卒は黙ってジロリと俺を見た。固く閉じられた口元が正解だと物語っていた。

 あのとき追いかけて削除させておくべきだったと、苦虫を噛み潰したような後悔が胸の内に広がった。


「現世での混乱を鎮めるため、本日の面会は打ち切る。行くぞ」

 獄卒が咲良の肩に手を置くと、彼女は俺を見て寂しそうに笑った。雨に濡れた花が首を垂れるような、力のない笑みだった。


「デート、思いっきり楽しめたよ。ありがとう……」

 咲良と獄卒の姿が、たちまち靄に包まれて見えなくなっていく。

「咲良!!」

 俺は靄の中に踏み込んで叫んだ。

「おい獄卒!! 咲良は悪くない!! 罰するなら俺にしろ!!」

 やみくもに手を伸ばしたが、虚空をかすっただけだった。


「生者の姿が広まることは規約違反ではない。だが次も利用するなら、気を付けることだ」

 低い声が反響して俺の耳に届いたかと思うと、靄はすっかり消えて景色は元通りになっていた。

 一人になった俺は、咲良が消えた空間を見つめた。


「ごめん咲良……俺、何にもできなかった」

 ダラリと下ろした腕には、咲良の腕の感触が鋳型みたいにまだ残っている。熱い手のひらを広げると、小さなホクロが、今の俺みたいにポツンと真ん中に浮かんでいた。

 何が最強のホクロだ。情けない。

 自分のふがいなさを思うと、鼻がツンと痛くなった。


 うなだれた俺のズボンのポケットから、スマホが重低音で鳴った。取り出してSNSのアプリを開くと、「殺された地下アイドルが渋谷でデート中?」というコメントで咲良と俺の写真が拡散されていた。

 ざっと検索して確認できたのはギャルたちの写真のみで、咲良と獄卒が現れた場面のものはなかった。あの瞬間だけ、おそらく周囲の人間から空間を隔離されていたのだろう。


 思いついて『地獄のマッチングアプリ』を開き、咲良のプロフを見ようとしたが、「調整中につきアクセスできません」と画面に表記された。嫌な予感で心がざわざわする。


(規約違反になると退会させられるのか? そうなったら、咲良とはもう……)


 花曇りの空が肩に食い込むように重い気分で、俺は家路に向かった。



『そっくりさん用意したんだろ』

『炎上目的は止めろ』


 拡散された写真から、俺のSNSのアカウントが早々に特定された。DM経由で嫌がらせコメントが次々と流れてくる。失意の感情に任せて、俺はすべてスルーし続けた。

 1週間ほどそんな状況が続いてうんざりしていたが、新たに届いたDMを見たとき、俺の情報収集のアンテナになぜか引っかかった。


『咲良が生きているなら行方を教えろ。でないとお前()痛い思いをするぞ』


(お前()? まさかコイツが……)


 半信半疑で返信した。


「咲良を襲ったのはあなたですか?」


『同じ目に遭いたいか? お前のことは大体把握している』


「本当に?」


 そう返すと男から俺のさまざまな個人情報が送信されてきて、そのすべてが事実と一致していた。ただの脅しにしては手が込んでいると、俺は察知した。


「場所は教えられません 咲良には近づかないでください」


 『地獄のマッチングアプリ』のことは知られていないようだったので、あえてまだ生きているように書いた。


『アイツのしたことを知らないくせに。お前も騙されてるだけだ』


 その一言に神経がざわついた。「教唆犯きょうそはん」の文字が頭をよぎる。

 真実を知りたい。スマホに打ち込む指がわずかに震えた。鼓動が急速に高鳴っていく。


「信じられません」


『じゃあ教えてやる。アイツが俺にしたことを――』


 相手から複数に分けて送られたメッセージを、俺は夢中で追った。



 本気で選ばれたかったアイドルのオーディションで、咲良はライバルによって飲料に毒を盛られ、実力を発揮できなかった。積み上げてきた努力を無にされた咲良は報復を決意する。自身の熱烈なファンで、探偵業のアルバイトをしていた犯人に目を付けて、ライバルの徹底的な身辺調査を行うようそそのかした。


 ――咲良は弱みを握ったら、ネットで拡散しろと俺に指示した。


 運良く探し当てたスキャンダルを犯人がSNSで流布した結果、ライバルはアンチの炎上にあい、精神的に追い詰められた。ふらふら歩いていた所を車に跳ねられて死亡したが、警察は双方の前方不注意と判断し、咲良の罪は公にはならなかった。

 咲良は証拠が一切残らない指示をしており、犯人は距離を置かれたことに怒りを覚えて犯行に及んだ。




 読み終わった俺は、逆に犯人への怒りが沸々と込み上げてきた。


(これが本当だとしても……咲良は被害者だ。ライバルだって当然の報いだ)


 咲良を崇拝する気持ちは、もはや俺を支える太い背骨になっていた。


(何を知っても俺は、彼女が好きだ)


 小さい頃からアイドルに憧れていたと言っていたときの、鮮やかな唇の色がまぶたの裏に浮かんだ。顔を寄せたときの甘い匂いが胸を締めつけた。

 俺の中の咲良は、どんな罪にも染まらない純粋な美しさを放っていた。


 少し逡巡してから、まだ震える指でスマホに返事を入力した。


「咲良に会わせてあげます こちらの指定する場所まで来てください」


 ……


 DMのやりとりが終わると、俺は深いため息をついた。まだ心臓がバクバクしている。


 涙ぐんだときの咲良を思い浮かべた。地下アイドルとしてもう少しで花開く前に、やっと育った芽が咲く前に、無残に命を奪った奴はやはり許せない。


 ――彼女を地獄に落とした奴は、俺が必ず地獄送りにしてやる。


 そう誓うと、俺は強くこぶしを握りしめた。


 *


 海岸地区にひっそりとそびえ立つ古い倉庫の隅で、俺は呼び出した相手が来るのを一人で待ち構えていた。ほとんど廃墟化したこの場所は、地元民も怖がって近づかない危険スポットとしても有名だった。


 (本物の地獄を味わっている咲良に比べれば、なんてことない)


 咲良を思うと、夜の闇の中でも恐怖で目を閉じることはなかった。

 しばらく潜んでいると、両手で握りしめたスマホがブブっと振動した。SNSにDMが届いた知らせだった。


『待ち合わせ場所に着いた。どこにいる?』


「倉庫の中 鍵はかかってません」


 返信してすぐに、ギイッと扉の開く音がした。月明かりが入り込むと、人影が亡霊のように床に伸びた。


『どこにいる?』


「そのまま真っ直ぐ、突き当たりの壁まで」


 打ち終わるとスマホをサイレントモードにして、自分のカバンにしまった。

 スニーカーを履いているのか、ときどき床とこすれる音が遠くで鳴った。相手のスマホから漏れる光が、壁の物陰に潜む俺の方へと徐々に近づいていく。

 積まれた段ボール箱の裏で、俺は相手の一挙一動に全神経を集中させた。


「……チッ」


 舌打ちする音が聞こえて、俺は物陰からそっと半身をのぞかせた。

 相手はスマホに何かを打ち込んでいて、光で照らされた顔がボウッと浮かび上がった。

 俺はエアソフトガンのトリガーに指をかけ、男の顔にそっと焦点を当てた。


「おい」


 俺の声に反応して相手が顔を上げた瞬間、


 パンパンパンパンッ


 相手の目を狙ってエアソフトガンを連射した。


「グアッ!!」


 ガチャッとスマホを落として、相手が顔を両手で覆った。命中したようだ。

 すかさず俺は近づいて左手を構えた。その手に握られているのは、130万ボルトは出せるスタンガンだった。

 スイッチを押すとバチバチと激しい音がして、クワガタの角みたいな電極間に白い閃光がスパークした。闇に流麗線を描いて相手の胴体に突撃していく。


 ――お前も地獄に落ちるぞ。


 恐ろしいほど低い声が脳裏に響くと同時に、咲良の笑顔が閃光に溶けた。


(最終章:後編その2に続く)

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。最終章も引き続きお読みいただけるととても嬉しいです。


※エアソフトガンを人の顔に向けるのは危険なので、絶対に真似しないでください。

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