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第一部(前編) お相手は地獄のイケメン亡者

※この話は、前編と後編に分かれています。

※「地獄」というテーマ上、念のため「残酷な描写あり」にしていますが、具体的な暴力場面はありません。

木山七重きやまななえ、26歳、OL。彼氏ナシの独身。

趣味は料理(和食中心)、温泉巡り。楽しみながら節約すること。

一言:優しくて包容力のある男性が好きです。デートするなら割り勘で、いろいろとお話を楽しみたいです】


 恋愛の場数をそこそこ踏んできた私のプロフは、男ウケするポイントをわりと押さえられていると思う。でもこれが載っているのは、この世の「生きている」男性と出会うためのマッチングアプリにではない。


 出会いのなさを嘆いて、深夜にヤケ酒飲んでスマホをいじっていたら、偶然「地獄のマッチングアプリ」のインストール画面が出てきた。おう分かった、リアルでもさんざん修羅場見てきたんだ、こうなったら地獄でも何でもかかってこいって酔った勢いでタップしてしまった。アプリの利用ガイドによると、地獄に落ちた人間とやりとりしたり、気が合えば実際に会ったりできるアプリらしい。

 冒頭に載せたプロフを入力して、見ても減るもんじゃなしって夏に撮ったビキニの自撮りを載せたあと……気付いたら寝落ちして目が覚めたら、地獄から物凄い数の申し込みが来て女バチェラー状態。でも申し込んできた人たち全員死んでるし、しかも地獄に落ちた理由が「婦女暴行及び殺人」だの「一家惨殺及び放火」だの、やりとりするのも怖い人ばっかでドン引きの連続だった。写真も見るからにヤバそうな強面こわおもてが並んで、「会ってくれないとあの世で呪ってやる」とか「嘘ついたら針千本送る」とか恐怖のメッセージの連発だらけ。早くも「地獄のマッチングアプリ」の洗礼を食らってしまった。


 やっぱりアンインストールしようと思ったら、一人だけ、まともそうな顔をした人の申し込みに目が留まった。丸みを帯びたアーモンド型の目が特徴的な、細面の好青年だった。

 えーイケメンじゃん、でもサクラっぽい? いや地獄にサクラなんている?

 よくよくプロフを見ると、二日酔いの頭が瞬時にクリアになるような言葉の羅列があった。


[地獄に落とされた理由:殺人幇助ほうじょ


 それはつまり、「殺人」を手助けする行為のことだ。

 こんな爽やかイケメンくんが、なんで人殺しの手伝いを? 気になりだしたら止まらなくなって、気付いたら「トーク」のアイコンをタップしていた。


 これが私と、お相手のりんくんの出会いの始まりだった。


【地獄のマッチングアプリのトークにて】


『初めまして。倫と申します』


「初めまして。七重です。倫くんって、まだ若いよね。タメ口でいいよ」


『ありがとう。七重さん』


「倫くんってモテそうだね」


『よく分からないけど。アプリも使い始めたばかりで』


「そうなんだ! ねえ、どうして私に申し込んでくれたの?」


『なんとなく、七重さんが、僕の母に似ているから』


 げー、マザコンじゃん。やっぱイケメンって多いよね、だから私みたいなのに申し込んできたのかな。


「あー、お母さんのこと大好きなんだね」


『うん。とっくの昔に死んでしまったんだけど、もっと一緒にいたかったから、未練が強いのかもしれない』


「そうだったんだ。辛いこと書かせてごめんなさい」


『いいえ。こちらこそ、死人に似ているとか書いて申し訳ない』


 なんでだろう。やりとりしていると、すごく落ち着く。地獄にいる人とは思えなくて、穏やかな声まで聞こえてきそうだった。倫くんの純粋さが言葉の端々に感じられるような、柔らかい、優しい気持ちが、スマホの熱と一緒にてのひらに広まっていった。


「失礼かもだけど、死んじゃった人とは思えないね。なんか達観してる」


『地獄に長くいると、俗世らしい感情は消えていくから』


「そっちの世界に来て、もう何年になるの?」


『来週でちょうど16年かな。そろそろ生まれ変われるかもしれない。なじみの獄卒ごくそつが教えてくれた』


「獄卒?」


『地獄で死者に罰を与える鬼のこと。鬼だけど、現世のイメージとは違って、みんな意外と優しいんだ』


「それは倫くんが優しいからだよ」


『ありがとう。七重さんも、きっと地獄に行ったら優しくしてもらえるよ』


「あはは、そうだといいな。行きたくはないけど(^^;」


『ごめん、もう行かないと。今日はとても楽しかった』


「私もだよ。またやりとりしていい?」


『もちろん。七重さんと知り合えて、本当に良かった』


 我に返ると首がガチガチに固まってて、時計見たら30分以上もやりとりしてたと分かった。うわあ、こんな時間忘れるほど誰かとトークしたの初めて! 運命の人みたい!って小躍りしかけて、相手が死んでるのを思い出してやめた。

 でも冬なのに心臓はまだバクバクしてるし、変に脇汗かいてるし、さっきまでのトークを思い出したら、頬の筋肉がまた盛り上がってきて、ベッドの中で何度もゴロゴロと寝返りを打った。スマホを取り上げて、倫くんのプロフの写真を指で拡大して眺めていたら、久しぶりにどうしようもないほど切ない気持ちになった。


 ――もっと、もっと知りたいな。倫くんのこと。


 そんな想いが地獄の死者に抱く恐怖心を上回ってからというもの、時間のあるときを見つけては、私たちはアプリのトークでやりとりを重ねた。倫くんは前世のことをあまり覚えていないらしく、私の話ばかり聞きたがった。いろいろ気になる点はあったけど、トークの中は、お互いを傷つけないようにしようという優しさで満ちあふれていて、現世と地獄間の果てしない隔たりとは対照的に、私たちの精神的な距離はどんどん近づいていった。


 ** ** **


 地獄のマッチングアプリで、倫くんとやりとりを始めてから3週間後。


『来週で生まれ変わることになったよ。会えなくなる前に、一目でいいから、七重さんの顔を見ておきたいんだ』

 倫くんから来たこのメッセージが決定打となって、私たちは現世で実際にデートすることになった。


 ――やっぱり倫くんのことが好きだから、ちゃんとお別れを言いたい。

 会えるワクワク感と関係の終わってしまう悲哀感が、アプリの更新中の輪っかみたいに、私の頭の中でぐるぐると混ざり合っていた。


 倫くんがどうやって地獄から現世にやって来るのかが見たくて、私はトークで示した待ち合わせ場所で、30分以上前からスタンバイしていた。犬が尻尾を追いかけるみたいに、小円を描いてあたりを徘徊しては、彼の登場をひたすら待った。

 2月のバレンタインデーが終わったあとだったけど、デートのお礼にと手作りのチョコを持って来た。死者はデートで現世にいる間だけ特別に食べ物を口にできると聞いたから、倫くんには地獄で食べられないものをたくさん味わってほしかった。


 マフラーに埋もれない程度に顔を出してキョロキョロしていると、背後から突然、フワッと風が吹いた。横に流していた前髪が目に降りかかって、かきあげた方向を見ると、そこには地味な服装だけど、シュッとした体形の青年が立っていた。そのアーモンド型の瞳が私をとらえると、はしゃぐように細められた。

「あ! 七重さん、だよね? 写真と変わらないね!」

 そう言って微笑んだ彼は、プロフよりもずっとカッコよかった。透明度の高い氷のような、輝きはあるけど生命体を感じさせない、不思議な雰囲気を放っていた。


「り……倫くん?」

 ぐるぐる回っていた私の両足はぴたりと止まって、今度は口が金魚みたいにパクパクしだした。最初にかけようと思っていた言葉が凍って、喉の奥で詰まっているみたいだった。

「ええっと、大丈夫?」

「これ、ちょちょ、チョコです! 今日のお礼に」

「あ、ありがとう! でも具合悪かったら、デート無理しなくていいよ」

「ぜ、全然! 全然だいじょうぶ!! 這ってでもデートするし、無理してないから!!」

 意気込んだ私を見て、倫くんが声を上げて笑った。無邪気で悪意なんて微塵も感じられない笑顔が、冬の太陽の下で、絵葉書みたいに心に切り取られた。


 女の子とデートした記憶がないという倫くんのために、映画館やゲーセン、小さな遊園地等を網羅した大型レジャー施設に案内した。

 レストランでランチをしたとき、ハンバーグを食べた倫くんが口の周りにソースをいっぱいつけているのが可笑しくて笑ったら、「七重さんも口に白いのついてるよ」と言われて、手鏡を見たらカプチーノの泡で二人ともゲラゲラ爆笑した。隣のお客さんが白い目で見てくるのも気にせず、倫くんがテーブルを叩いて笑うから、私もつられて引き笑いまでして咳き込んだ。笑いすぎてお腹痛いって言いながら、気づけば別の苦しさが込み上げてきて、いつの間にか自分の胸を押さえていた。


 ――このまま時が止まればいいのに。

 倫くんに心配されたけど、胸焼けだよってごまかした。


「七重さんって愉快な人だね! 僕、こんなに笑ったの、前世でもなかったよ!」

「そうなの? まあ確かに倫くんって、クールなイメージだったもん。家で食事するときも静かにしてそうって」

 そこまで言うと、倫くんの表情からサッと笑顔が消えた。

「ど、どうしたの? ごめん、私、なにか気に障ること言った?」

「……なんでもない。ちょっと、変なこと思い出しちゃった。ハハハ」

 怪我の痛みを我慢するような、強がりの笑い方だった。やりとりしていたときから抱いていた違和感が、また呼び起こされる。

 倫くんの顔を見ていると、さっきまで苦しかった胸の内が今度はざわざわしてきて、私はその場から立ち上がった。


「ねえ、食事も済んだし、この後どこ行く? 映画館とかゲーセンとか、倫くんの行きたいところなら、どこでもいいよ」

「じゃあ、一つ連れて行ってほしい場所があるんだ」

「どこ?」

 倫くんは、仏のように穏やかな笑みを口元に浮かべた。

「高いところ。深い地下から遠く離れてすべてを見通せるような、眺めのいいところに行きたい」

 不意に頭から冷水を浴びせられたように、私は虚を突かれた。


 ――そうだ、忘れてた。目の前で無邪気に笑うこの人は、地獄で長年苦しんできた亡者だってこと。

 皿に置かれたハンバーグ用のステーキナイフが、責めるように私の方を向いていた。


(後編に続く)

◎前編をお読みくださり、誠にありがとうございます。

明日、後編を更新いたします。よろしければお付き合いいただけると幸いです。

◎「地獄」と対をなす、「天国のマッチングアプリ」をテーマにした拙作、「天国のレイちゃんへ」も同日投稿いたしました。ご参考まで。

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