スキツォフェルニア
精神科医「恋愛不成就による自殺念慮か。」
理事長「新しいのが来たな。まあ、温まってきたら本人は今よりもかなり力を得られるよ。」
精神科医「温まってきたら本人もかなり楽になるだろうけど、それまでが。」
取り留めのないことを書きます。そして、僕のことを知っている人、黙っていてごめんなさい。僕は酷く心に休息を求めて潰れていました。今でも僕は統合失調症患者。男としては情け無いけど、恋愛に苦しみそうなったのだと思う。左手首には煙草をあてた火傷の跡とリストカットの傷跡が残っている。あまり重く受け止めないで欲しい。今じゃその病気のことも含めてかなり前向きに考えられるようになった。統合失調症から寛解したと自負はしているというよりも症状は変わらないが、それに対する対応の方法論を精神科医と議論を重ねて症状に対するコーピングの仕方を心得ているつもりだ。症状を持たない人にとっては全くわからないことなのだろう。なんとも不公平な世の中だ。メリットを考えたい。
僕は恋愛を重く受け止めていた。自分で思った通りの理想の女性に出会っていつか結婚するのだろうという考えが希望的観測に過ぎないということ気付きもせずに自分の思いの中だけで恋愛に甘んじていたんだと思う。僕はまだ本当の恋愛や結婚を知らない。凄く人間として情け無い話だからかっこ悪いけど、人を心から心配したり愛したりを続けていけるかどうかが自信がない。本質的にはちゃんとしたいのだが、うまく自分の中で成長しないといけないというのが一つの課題である。それでもしかし、この性格については変えようがないと言われれば、盛んなところを受け入れて上手に付き合っていくしかない。そしてそれを理解してくれる人がいればいいけど。わからない。兎に角、本当に女性とお互いを愛せるならばその女性と直接話ができればいいのだが。
僕は学生の頃フロリダに留学しティナに恋をした。
僕は今部屋で有心論を聞きながら彼女の意思を感じる。その曲を書いた野田洋次郎も似たような経験をして同じ思いをしたのかもしれない。恋愛で潰れた僕が自殺未遂まで起こして探し続けた答えがそこにはあった。今では君に深く恋愛できたことを感謝しています。
ティナはフロリダに住むスウェーデン人の血が通ったアメリカ人のクォーター。彼女は髪を黒く染め瞳は青く透き通っていた。彼女は日本が好きでアメリカの銃を持つような反社会よりも日本の保守的なものの見方や安全な社会を好んでいたようだった。僕たちは付き合っていた訳ではない。僕が一方的に好きなだけだった。
「耀司、よろしく。次の二次会も来てね。」
ティナがみんなと一緒に飲んでいたフロリダのビーチでそう言って握手を求めてきて、僕はそれに応じた。これが僕たちの初めての会話だった。
アメリカでは握手を求めるのは女性から握手を求めるのがマナーらしい。
二次会はビーチで行われた外飲みのあるメンバーの家で行われた。猫が数匹飼われている。一次会の時から一緒にいたレオンとティナの兄も一緒だ。僕はソファーに座りゆっくりしていた。みんなはテレビゲームなどや談笑をしたり猫と戯れていてレノンは一眼レフカメラでみんなの写真を撮っている。レノンはゲイだ。その時、僕は彼がそうであることに全く気付きもしなかったのだけど。僕はソファーに座りながらゆっくりと瓶ビールを飲んでいた。テレビゲームをしているのをなんとなく眺めていたらソファーにティナも座って僕に話しかけてきた。
ティナも瓶ビールを飲んで僕たちはしばらくソファーで談笑していた。レノンは写真を撮り、楯はテレビゲームをしていた。
数日後、大学の講義に彼女は現れたが僕の席の隣には座らず、他の留学生の側に座った。日本文化についての講義だった。僕たち日本人留学生がプレゼンターとなって日本の文化を実際にその講義で紹介するという趣旨だった。
講義が終わった後、僕ら留学組は集まって、僕がティナに連絡先を聞くよう皆に囃し立てられた。僕は冷静を装いながらも密かに期待をしながら彼女に詰め寄っていく。
“Tina, could you tell me your phone number?”(「ティナ、携帯番号教えてもらえますか?」)
“Sure.”(「もちろん。」)と言って彼女はメモに自分の携帯電話番号とメールアドレスを書いて僕に手渡した。そうすると、彼女はすたすたと講義室から出て行ってしまった。
時期は8月。まだアメリカ留学は始まったばかりの夏だ。みんなの期待とは裏腹に僕はティナに電話しなかった。電話じゃ緊張するし英語で何を話していいかわからないからだ。当時なにより僕は日本語においても英語においてもスピーキング力に自信がなかった。
幸いにも、僕は彼女のメールアドレスを知っている。大学のパソコン室で彼女にメールを宛てることにした。
(メールの内容)
Hi, Tina. Thank you for coming to the party yesterday. I was pleased that a cute girl like you talked to me. Let’s hang out with us again.
(こんにちは。ティナ。昨日、パーティーに来てくれてありがとう。ティナみたいなかわいい子と話せて嬉しかった。また出かけて遊ぼう。)
(ティナからの返信)
Hi, Yohji. Thank you for your letter. I also enjoyed it. Yeah, let’s hang again.
(こんにちは。耀司。素敵なメールありがとう。私も楽しんだわ。また出かけようね。)
結局、それ以降僕は彼女にメールを送らず留学生活を楽しんでいた。
そんな夏のお昼頃、楯のルームメイトが他の留学生と一緒に海に行こうという話を持ち掛けてくれた。フロリダの海は今まで見てきた中でどこよりも素晴らしい。海水は透き通り砂は白く綺麗だった。ちょうどハリケーンカトリーナが来ている時期の前だったが、僕たちは海水浴を楽しんだ。
10月末、アメリカではハロウィンが非常に盛んである。僕たち留学生も講義を受けているプレハブの内外で仮装をしてハロウィンに挑んだ。僕は大仏のお面を被り、アメリカ人の前でBuddha(仏陀)と言ってみたが誰も笑ってくれなかった。ティナはカウボーイハットにブラウス、デニムにブーツ、偽物の銃を支えるガンベルトを装着してカウボーイに仮装していた。僕は彼女の写真を撮ろうと思い、僕は彼女に声をかけると彼女は一緒に撮ろうと言って気さくに応じてくれた。僕は大仏のお面を被ったまま彼女と写真を撮った。
季節は秋から冬に代わってクリスマス前。僕たち留学生は帰国する前の時期だ。僕は秋にティナへデートの誘いのメールを送っていたが彼女からメールの返事がなかった。色々とここまでティナとの付き合いを書いたけど、実のところまともに2人でしっかりと話をしたということはなかった。僕は一人でティナに電話する勇気がない。そう怯えながらも僕は彼女のことが好きだった。僕は留学で一緒の楯を誘い電話するから校内の電話口まで一緒に来ていて欲しいと頼んだ。校内の公衆電話からティナに電話してみた。その時の僕の心臓の鼓動はいつもより激しかった。しかし、ティナは出ない。勇気を振り絞って電話したが失敗だった。失敗と言えば失敗だけど、失敗というよりもあわよくばメールを見てくれるだろうという魂胆だ。電話掛けたのは実際には凄く緊張したけど。
「まあ、またティナはメール確認してくれるかもね。楯、付き合ってくれてありがとう。」と僕が言った。
「全然ええよ。耀司、メール確認してもらえるといいな。」
そう楯が言うと僕たちはそれぞれ留学生寮に戻っていった。
その日の夕方、ティナからのメールが届いた。
Hi, Yohji. How are you doing? Thank you for asking me out. But I’m not sure whether I can go out with you because I’m going to take a trip to Philadelphia to see Lennon. I’m so excited to go there and see him. Perhaps, I might have a little time before going there.
(こんにちは。耀司。元気?デートに誘ってくれてありがとう。でもフィラデルフィアに旅行してレノンに会うつもりだから一緒に出掛けられるかわからないわ。そこへいって彼に会うのとっても楽しみなの。でも、ひょっとしたらそこに旅行する前に少し時間が取れるかもしれないわ。)
Hello, Tina. I’m good. Okay. Let me know if you have a time.
(こんにちは。ティナ。僕は元気です。わかった。それじゃあ、時間があれば教えてね。)
Hey, Yohji. I can spend time to be with you before going to Philadelphia. Can you wait for me in front of your dormitory at tomorrow six in the afternoon. I’ll pick you up there.
(耀司、フィラデルフィアに行く前に一緒に時間を過ごせるわ。明日の午後6時、寮の前で待っててもらえる?そこまで車で迎えに行きます。)
Thank you, Tina! I look forward to seeing you.
(ティナ、ありがとう!会えるのを楽しみにしています。)
ティナとのデートの当日、ティナとのデートへ行く時、僕は黒のジャケットを着ていた。ニューヨークのH&Mで買った黒のジャケット。ティナは古着の千鳥格子のブラウンのジャケットを着てマツダのRX-8に乗って僕の寮の前まで迎えに来てくれた。彼女と僕はレストランに向かい彼女は車の中で音楽を流した。彼女の友達がティナのことを思って作った曲らしい。男性の声がしたがその歌詞をうたっている男性は何を言っているのか僕にはさっぱりわからなかった。ティナの話によると彼女の性格を歌詞に書き出してくれたらしい。僕はやっぱり彼女モテるのかな、他に好きな人がいるのかもとたじろいぎながらも車の中でティナと二人でいる時間を大切にしながらなにかを話していた。そんな風にして、車の中で僕とティナは会話を続け心穏やかにデートのスタートを切った。好きなミュージシャンがエアロスミスであることやお互いの誕生日はいつであるかなどを話した。
僕たちはレストランへ着くと黒縁の眼鏡をした黒人のウェイターが接客をしてくれた。なんともお洒落なウェイターだ。彼には独特な雰囲気と優しさが滲み出ていた。そんな彼に僕たちはステーキをオーダーした。
「ティナ。血液型は何型なの?」
「私?私はO型よ。耀司は?」
「僕はB型。日本じゃB型は自己中ってレッテル張られるんだ。」
「ははは!そんなの偏見よ。気にしないで。」
「ありがとう。」
「そこのポスターの人、日本のコメディアンに似てるよ。」
「この人?」
「うん。」
「なんて言うの?」
「レイザーラーモンHG。アメリカのゲイに人気あるらしいよ。」
「そうなの。」
「そういえば、レノンってゲイなの?」
「そうよ。彼、ゲイの男がお相手ですごくファッションが好きなのよ。アメリカじゃファッションやお洒落をすることはあんまり男性向けじゃないからね。あんまりオシャレしすぎると勘違いされるわよ。気を付けて。」
「わかった。気を付ける。」
僕たちは大量にあったステーキのディナーセットを残してレストランを後にした。ディナーセットを残したステーキを入れてある箱にはそれぞれお互いの箱に”HERS”(「彼女のもの」),”HIM”(「彼のもの」)と書かれていてそれを見た僕はカップルみたいな取り計らいが嬉しかった。
次にティナは僕をバーへ連れて行ってくれた。
すぐに僕は酔っぱらって彼女はレッドアイを注文してくれていた。
「ありがとう。」と僕は言った。
「いいのよ。」とティナは言った。
「これあげるよ。」
僕はここぞとばかりに鞄から封筒に入れた彼女のポートレートを手渡した。実は留学してから僕は時間を作って彼女の写真を見ながら彼女の肖像画を描いていた。
「ティナに喜んで欲しくて描いたんだ。良かったらどうぞ。」
「えっ!これなに?」
「いいから中身見て。」
「ひょっとして私に惚れてラブレター書いてきたんじゃないでしょうね。」
「いいから。」
ティナは封筒を開けた。
「これ、私じゃない。私の目青い色。今までもらった物の中で一番嬉しい。」
「あはは。そんなに喜んでもらえると思わなかったよ。」
ティナは嬉しくて満足そうな顔を浮かべていた。
「この後、どうする?」とティナは言った。
「まだ、どっか行きたいな。」
「じゃあ、レノンに電話するわ。これから彼の家に行きましょ。」
僕は言われるがままティナと一緒にレノンの家に行った。
僕とティナとレノンとで部屋にいたが酔っぱらった僕はベッドで横になっていた。すると、ティナが掛布団に入っていたので僕もその中に入った。しばらくすると、そこからティナは出て行ってしまいレノンとパソコンを見ていた。僕は疲れていてそのまましばらくそのベッドで寝ていた。
「耀司、帰る?」
「うん。せっかくだけど、かなり酔っぱらってしまってクタクタだよ。またね。レノンもありがとう。」
「了解。それじゃ、レノンに運転してもらおう。私も行くわ。」
僕たちはティナの車に乗り込んだ。僕もティナもお酒を飲んだので帰りはレノンが運転をしてくれていた。
帰り道がかなり寒かった。僕たちはみんな薄着だったので、車中でエアコンを点けてもらったが、外の寒さのせいでエアコンが効くまで時間がかかった。
車は僕の寮の前まで到着した。
「耀司、今日はありがとう。凄く楽しかったわ!」
「こちらこそ!とっても楽しかったよ。」
「電話して。」
「わかった。それじゃあ。」
その夜僕はティナに電話をせずメールで誤魔化した。
12月中旬、僕たちは帰国する時が来た。楯と彼のルームメイトは最後の挨拶を交わしていた。僕たち留学生はバスで空港へ向かった。僕は楯とペンサコーラであった話や写真を見ながら空港からアメリカを発った。
僕が留学で学んだことはよくわからないままだった。僕が英語を好きになったきっかけは英語を話せるとカッコイイからだ。英語を話している日本人アーティストの英語を見て凄くカッコイイと感嘆してから今に至る。留学すれば英語が流暢に話せると信じてこの地に来たのだったがそんな夢は満足には叶わず帰国するのだった。気持ちだけは熱いと思われるに違いないけど、多大な英語に対する情熱を得られたのも外大での学生生活を含めてこの経験があったからに違いない。文法がネイティブ並みにできると留学先の先生に言われていたが、表現を習得しているとは当時の僕は気付いていなかった。今じゃ、英語の訛りがわかる。そんな偉そうに語る僕は当時の資格試験で驚くほどほどスコアが伸びなかった。
僕たちはフロリダから僕たちの地元である大阪、関西国際空港へ14時間のフライトを終えて帰ってきた。留学生の親たちが戻ってきた。僕の家も例外ではない。うちに限っては祖父母もいる。
「耀司、よく戻ってきたね。」と僕の母は言った。
スーツケースを弟に渡して僕たちは父の車へ向かった。どういう訳か楯の両親はまだ到着していなかった。多分、時間を間違えたか何かだろう。特にそこに深い意味はないと思う。留学中、楯には色々と講義の教室でも世話になった。
僕たち留学生はみんな無事に帰宅しまた再び元の大学での学生生活を過ごすのだった。留学が終えて僕たちは直に大学4年生だ。大学4年生と言えば、就職活動が始まる。僕も留学したメンバーも皆が口をそろえて商社に行きたいと言って面接を受けていた。
僕は商社で最終面接まで漕ぎつけたこともあったが、結局内定は一社も取れなかった。なんだか心許ないけど、僕は残念ながら父のように優秀な企業人にはなれる才能はなかった。わからないけど、それでよかったのかもしれない。僕は結局のところ公務員採用試験で内定を得ることになる。楯は英語のほかに中国語を話せる優秀なエリートコースを辿るのか一流の商社から内定を貰っていた。
「楯、これからはお互い社会人だね。」
「そうだな。働いたら疎遠になるかもしれないけど、また連絡頂戴。俺、赴任先の会社が静岡にあるから。」
「わかった。一先ず、一人暮らしからだな。」
「まあ、楽しみだよ。それはそうとティナとは連絡取ってる?」
「しばらくだよ。俺、彼女が日本に来るんじゃないかなって思うだ。」
「ははは。何を根拠に言ってんだよ。」
「しばらくだよと言ったはものの、彼女日本の一か月留学プログラムの過程に申し込んだって未唯から聞いたよ。」
「マジで?」
「うん。」
「そうか、でも耀司には連絡なかったのか。じゃあ、メールしてみれば?」
「それもそうだな。聞いてみるよ。」
その日、僕はティナにメールしてみた。
Hi, Tina. How have you been? The human resource of Osaka education board decides to hire me. So, I’m going to be a school office staff this spring. What about you? I hear from Mi that you are going to come to Osaka. Is that correct?
(こんにちは。ティナ。元気にしてた?大阪府教育委員会の人事部が僕を雇うって。だから、この春から僕は学校事務職員だよ。君はどうなの?大阪へ来るって未唯から聞いたけどほんとなの?合ってる?)
Hola, Yohji. I’m not too bad. I’m glad to hear that. Conglobulations. I’m going to go to Osaka this summer! Fun. Fun. Fun. I can’t wait. Let’s hang out in Osaka. See you then.
(オラ(スペイン語でこんにちはの意)、耀司。元気よ。就職したって聞けて嬉しいわ。おめでとう。私はこの夏に大阪へ行くの。楽しみで仕方ないわ。大阪で出かけましょ。その時までまたね。)
僕はティナが大阪へ来ると聞いてとても嬉しかった。
僕たちは就活が終わっていてティナが大阪へ来るのは僕たちが4月に働き始めて最初の夏だ。
通勤の朝、僕は最寄り駅で電車に乗って次の駅の反対車線のホームで高校生カップルがベンチに座っているのをいつも見ている。なんとも現実的というか男子高校生はいつもぐったりしている。女子高校生はいつもその隣で勉強をしている。その風景を見ると僕は男子高校生の方が女子高校生に対して気を使って疲れているのかと思ってしまう。
そのことを楯に電話した時に話した。
「気持ちの投影みたいなもんだよ。」
「投影?」
「そう。投影。耀司って男女で言えば男の方が大変だと思ってる?」
「そんなところもあるかも。」と僕は言葉を少し濁した。
「話を進めよう。その男子高校生は眠くてぐったりしてるだけかもしれないし、他のことで疲れてぐったりしてるだけかもしれないだろ?耀司は女の子に気を遣うからその男の子が気疲れしてるように見えるんじゃないかな。本当に当たってるかもしれないけど、他の見方もできる。つまり、人の写り方なんて自分の気持ちをあてはめて見えてしまうんだよ。だから、耀司はそんな風に見えたんじゃないかな。自分の心の持ちよう。」
「へえ~。そうか。なるほど。じゃあ、正しく人の状況や気持ちって見ただけじゃわからないね。」
「そうそう。聞いてみるまで人の気持ちを理解しようなんて誤解することも多いよ。特に男はね。女は器用って言うけど。投影は結構自分の気持ちを掴むためにも使えるよ。」
「まあ、アインシュタインに言わせれば、人皆同じだけどね。」
「ははは!出た!」
「なんで笑うんだよ。」
「いや、いいんだけどね。耀司らしいなと思って。なにも耀司の人間性を否定する訳じゃない。そこを間違えないように。完全無欠な人なんていないんだよ。」
僕はアインシュタインの名言が好きだ。そのことは一橋楯には僕からまだ話したことがなかったけど、そう言って僕をからかっていた。
社会人になって1年目の夏。ティナが大阪に来た。僕は早速ティナに電話をした。彼女に電話を通すには寮の受付を通しての電話になったので少し恥ずかしかった。
「ティナ。大阪に来たんだね。はるばるお疲れ様。」
「ありがとう。今日は部屋で荷造りしたものを広げてゆっくりするわ。また、落ち着いたら出かけましょ。」
「そうだね。それじゃあ、また電話するよ。」
「わかった。それじゃあ。」
電話を切って僕はティナが大阪に来てくれたことを嬉しく思い、次のデートで告白をしようと思った。もっと会う回数を増やしてからの方がいいんだろうけど、彼女が大阪にいる期間はたった1か月。僕は焦っていた。
1週間後、僕はティナと出かける約束をした。瓢箪山駅の前で待ち合わせをした。僕が時間通りに駅に着くとそこにはティナともう一人別の女性がいた。彼女はスカーレット。留学中、講義で席が隣になり一度挨拶をしたことがある。握手もした。ただ、なぜ彼女がここにいるのか展開が読めず僕にはこの状況が理解できなかった。そう、この時点で僕はもう振られていたのだ。
「耀司、スカーレットよ。今回の大阪留学で一緒になったの。」とティナが言った。
「耀司。はじめまして。今日は3人で思いっきり楽しもうね。」とスカーレットが言った。
「はじめまして。よろしくお願いします。」
僕は酷く疲れた。ショックで頭がくらくらしていたが、僕は必死の思いで心斎橋へと彼女たちと向かった。無謀な希望と立ち向かいながら。僕は同期に教えてもらったレストランで彼女たちと時間を過ごした。ティナとスカーレットは煙草を吸っていた。その光景を見た僕は彼女たちが凄くカッコ悪く見えた。他に煙草を吸っている人を見てもそれまでなんとも思わなかったのに。
「耀司、ビッチって日本語でなんて言うの?私、嫌いな留学生がいるのよ。意地悪だしとてもその人見ててイライラするの。」とティナが言った。
「どうしてその人嫌いなの?」と僕は言った。
「意地悪…。」とだけティナは言った。
ティナがなぜその人のことを嫌いか問い詰めてもよくわからなかったけど、僕はさっきの質問の答えをティナに教えるとティナとスカーレットはその言葉を連呼していた。
なぜだか僕はその光景を見るとティナとスカーレットと最初に会った時の重い気持ちが晴れていた。
この日結局、僕はスカーレットを尻目にできずティナには告白できなかった。彼女に対する気持ちが衰えずただ日だけが過ぎていく。そう感じながら僕は平日は働き休みの日にはティナとスカーレットと出掛けた。ティナと出掛ける時はいつもスカーレットがいた。
一か月が経った。僕はティナに気持ちを告げることができないまま彼女はフロリダ州へ帰国してしまった。燃え尽きることさえ許されなかった。僕は言葉を失っていた。
僕は楯に電話でティナが留学に来ていたことその一部始終を話した。
「そうか。耀司。それは残念だったな。」
「そうなんだよ。煮え切らないまま終わった。」
「もうティナのことは忘れた方がいいよ。」
「そうだね。そうする。話聞いてくれてありがとう。じゃあ。」
ティナとの恋愛はうまくいかず、僕は単に働くだけの日々が続いた。僕はそんな人生に感謝もせず割に人生で損をしていると思いながら生きるようになってしまった。こんなこと起こるなんて俺は不幸だとでも思っているのか。自分がまるで特別であるかのように。イライラしていても仕方ないのもわかっている。状況が好転して欲しいと無意識に心理的にどこかで思っている。
休みの日、僕は以前の気持ちを払拭したいと思い堀江の街を歩いていた。堀江にはBIOTOPにカフェがある。そこでコーヒーを飲んで一息つこうと店に入った。アイスコーヒーを注文し、僕は店内の外の街行く人たちをガラスの壁越しに見ていた。店内に目を向けるとスマホを触る女性が何人かいる。カップルもいるが、女性は全部で7人もいる。女性単独が4名。すると、その中の一人の女性がこちらのテーブルに来て僕に話しかけた。
「渡部くん。」
「美月さん?」
「あはは。覚えてくれてたんだ。外大のフェスの実行委員会で一緒に係やって以来だもんね。元気にしてた?今何やってるの?」
美月恭子-外大でフォトコンテストがあった時に僕は彼女と一緒にコンテストの係をやった。ちょくちょく大学の食堂で一緒にランチを食べていたが、卒業してから大阪のメーカーの広報に配属されたと聞いて以来全然連絡を取っていなかった。
「ああ。美月さんからは就職が決まったと聞いてから僕からはなにも連絡してなかったね。僕は学校事務だよ。こう見えて公務員。」
「へー。そうなんだ。渡部君らしく安定路線ね。それにしても、本当に久しぶりね。買い物も久しぶりだからちょっとつきあってよ。」
「わかった。どこ行く?」
「ここの2階行こ。マルジェラで気になってる指輪があるの。」
「へー、そうなんだ。僕もマルジェラの指輪ちょうど今欲しいけど、手が出なくて。」
「高価だもんね。」
「まあ、一点豪華主義にもなるんだけどね。それでもあんまり浪費はできないし。」
「そうよねー。それでも欲しくなるのが服。どうしてでしょ。服の魅力って不思議ね。」
僕たちはBIOTOPの2階のメンズとレディースを見てBIOTOPを出た。
「見たいのこれだけ?」と僕は言った。
「え?」
「見たいのこれだけ?」と僕はもう一度言った。
「んー。マルニも見たいな。」
「行く?」
「うん。」
美月さんはマルニでブルーのセットアップを購入した。セットアップと言っても上はノースリーブになっていて夏仕様だ。
「あ~。また服増えたー。」と美月さんは言った。
「欲しくて買ったんじゃないの?」と僕は言った。
「そうなんだけど、たまに好きな服買って虚しい気持ちにならない?」
「後悔でもないけど、なんだかなーみたいな感じ?」
「ふふふ。そうよ。ほら。欲しい服って結構な値段したりするじゃない。それでも欲しくなるんだけど他にもっと買うべきものがなかったかなって思うことがあるの。そんな時にあ~、また服増えたーって思えちゃうわ。」
「あはは。わかるわかる。」
「今そんな風に思ってても結構また買いに来ちゃったりするのよね。」
「だよね。」
僕たちはマルニを見た後、ミスターハリウッド大阪へ行った。ここの服屋は紳士物ばかりを扱う。僕はこの服のコンセプトが気に入っていて数か月に一度立ち寄っている。ここの店員の西島陽次は高校の後輩だとわかったのはダイレクトメールを送ってもらうための用紙に自分の住所を記入した時のことだ。高校の話になり同じ高校出身だとわかった。僕は高校生の頃の彼を知らない。僕は今、ミスターハリウッドのトラウザーが欲しい。西島陽次に聞いてみるとすぐに完売してしまたらしい。僕は諦めて服を一つ一つ見ていた。
次の日、僕は美月さんにメールを送った。
(僕からのメール)
「美月さん、昨日は買い物一緒にしてくれてありがとう。なんだか久しぶりに大阪まで出て来た買い物だったから僕も何か買えれば良かったんだけど。また良かったら服の話もしたいし買い物かご飯でも付き合ってください。」
(美月さんからの返信)
「渡部くん、メールありがとう。昨日買ったセットアップなかなか気に入ったわ。でも一緒に買い物やご飯についてはごめんなさい。仕事が忙しくて。またどこかで会ったら声掛けるわ。」
(僕からのメール)
「了解。じゃあ、また会える日まで。」
僕はティナに告白できずになんとか気持ちを切り替えたいと思った矢先の出来事だった。そんな時に美月さんとたまたま会って盛り上がったと思っていた。それでも、現実はそう甘くない。僕はこれ以上恋愛でいくら頑張ってもなんの成果を得られないと思った。そう冒頭でも書いた通り僕は恋愛がしたかったのだ。そんな恋愛に裏切られる弱い生き物それが自分。自分がかわいい。よく見られたい。目立ちたい。悪いのは自分じゃない。カッコ悪い刻印が付くだけだった。
僕はそれでも仕事は続けていた。仕事はしていても損だと思いつつもどこかで僕は仕事を楽しんでいる。
ある日の土曜日、僕は初めて南船場にあるメゾンマルジェラへ立ち寄った。そこで幾何学模様をモチーフとした長袖のニット素材のポロシャツとセーラーパンツが気になっていた。どっちも色は黒だ。接客してくれた女性も上下黒を着ていた。僕はとてもニットのポロシャツが欲しくなり結構な値段がするものだが購入した。この日接客してくれたのが元木柊子。
僕は軽い気持ちでマルジェラ一着くらいならいいかと思っていた。
二週間後、僕はまたマルジェラに立ち寄る。そこには元木さんはおらず、違う女性が接客をしてくれた。彼女は立花美咲。花が美しく咲き誇っているかのような名前だ。僕はいい加減の服を手に取って鏡の前で合わせてみた。接客をしている彼女は僕と一緒に写っている鏡越しにニコッと笑った。それを見かねたのか僕はその服を買った。多分、その接客が良かったのだと思う。
「渡部さん、ありがとうごいざいます。私、立花美咲と言います。良かったらダイレクトメールをお送りしますのでこちらの用紙に必要事項をご記入ください。」と立花さんは言った。僕はそれに応じてダイレクトメールを送ってもらうことにした。
ミスターハリウッドの服を店舗まで買いに行く。そこで店員と談笑し、マルジェラの話にもなった。僕は南船場のマルジェラによく行くと告げると元木さんがマルジェラの人事を行っているという噂を僕は聞いた。
次の日、僕はミスターハリウッドの店員である西島陽次とSNSで友達になった。そのSNSでミスターハリウッドの店員と友達になって服を買いに行くことことはもちろん立花美咲とコンタクトを取れるようにならないかという下心も働いていたのは事実だ。
僕と西島とで映画を見に行った。
映画を見た後、僕は言った。
「男にとってこんなにいい商売ないよな。」
「そうですよね。」と西島陽次は僕に合わせるかのように話した。
僕は話を続けた。
「女と寝てお金か。その道を極めると人生の見方変わるかもしれない。」
「渡部さんってそう言いつつも絶対に一線を越えるようなことはしないですよね。」と西島は返答した。
僕は西島が悠然とタトゥー入りの連中と夜中遊んでいるところをSNSで見たことがある。そこに写っていた西島は唯一タトゥーがない人物だった。
彼が僕よりも掛け離れて誠実であることはわかっていた。僕はそんな西島みたいになりたくて頼りにしていたのだと思う。西島に対してそうとも言えずただ僕はうまく自分を解体はできても構築はできなかった。つまり、自分でこうありたいという気持ちがわかっていても現実の自分を自浄できなかったのだ。そんな理想と現実に揺さぶられながら僕は立花さんのことを想い続けていた。無駄な抵抗とも知らず他力本願でありながら。
夏、僕は新幹線で東京へ向かっている。東京である舞台を見に行くことにした。モデル出身の女優見たさにその舞台を申し込んだと言っても過言ではない。その舞台のテーマは「一つ質問。結婚して変わったことは何ですか?」僕は結婚生活を過ごしたことはないけど、一人称単数でこんな風に語っていても寂しくて少し目頭が熱くなった。それと、東京に行けることと東京に住んでいる弟を訪れることができることも楽しみで、今回の旅行は思いっきり楽しみたい。
僕は朝の電車の通勤で最寄り駅に乗りその次の駅で停車したところでいつも高校生のカップルを見る。その彼氏の男子高生はいつもぐったりしていて彼女の女子高生はいつも勉強している。絵になるように見えて実は現実を見ているのだなとそのカップルの朝の風景を自分には落とし込めずにいた。
-もうこれ以上物語を作り上げたくない。僕は常に流されずに前向きでいようと思う。流されずに論理的且つ正しく生きること。