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《 終 》

 その背を「お前ならそう言うと思ったよ」とため息混じりに見送りながら、次いでアスタロトは己の後方へと意識を傾け、その口元へと薄い笑みを貼り付ける。

「で、なんか面白い話は聞けたかい? 団長さんよ」

 アスタロトはゆっくりとその視線を時計塔内部の階段の方へと向ける。

「立ち聞きなんて、趣味が悪いと思わないかねぇ」

 やれやれ、と首を振るアスタロト。

 だがそれに答える声はなく。

 静かに階段を降ってゆく軍靴の音もやがて、人のものである今のアスタロト耳では捉えられなくなった──。



最終話 新しい日々



 騒々しい宴の翌朝──。

「くぉら! 起きろ、起きろってば!」

 アスタロトが、眠るツバキの枕をバフバフと両手で叩いている。

 耳元で張り上げる大音量にも彼女が目を覚ます素振りはない。

「遅刻すんぞ!? 今日から念願の学校なんだろーが!」

 耳を引っ張ろうが頬をつねろうが、髪を引こうが起きる気配皆無な少女の横で、黒猫が大きく伸びをした。

「ほーらね、言ったじゃん。悪魔の王国ほど、執事業は楽じゃないよ、って」

「いや、こんなに楽じゃなさすぎる執事業ってある!?」

 彼女がすぐ目を覚ますと思っていたのだろう、部屋の机に載せた、冷たくなってしまったコーヒーカップには同じくすっかり冷たくなってしまったコーヒーが注がれている。

「起きてとっとと着替えろ! 誰のために夜っ引いて白服繕って、完璧に洗濯までしたと思って──」

 ──刹那、ツバキの拳がアスタロトの下顎を容赦なく打ち上げた。

「あだぁ!?」

思わぬ衝撃に、顎を押さえて悶絶するアスタロト。

カゲロウは「あーあ、すぐ逃げないから……」と髭をひくつかせている。

「アホタロト……言っとくけど、ツバキまだそれ全然起きてないからね?」

「え……ウソ、マジで? 俺様、これ毎日繰り返すの?」

 頬を引き攣らせる兄弟分に、見かねたカゲロウが「今回だけだよ」と、起こし方をレクチャーするべく助け船を出す。

「ツバキ、朝だよ! ほら、ローザが一人で学園に行っちゃうよ!」

 勿論ローザは自分の屋敷から学園へ通うため、ここにいるはずなどない。

 だがその言葉はツバキに効果覿面だった。

「ええっ!? 一人でなんて危ないわ! ローザ待ちなさい、私も行く!」

 がばっと跳ね起きたツバキは辺りを見回し──、

「ツバキ、おーは……よぎにゃ──っ!」

 ──己を騙した黒猫の尾を掴むと、そのまま彼を容赦なく部屋の壁へと放り投げる。

びたん、と響いた生々しい音を──アスタロトは聞かなかったことにした。

「おう、よーやくお目覚めか」

「……眠い」

 くぁ、と大あくびをするツバキにアスタロトは小箱を手渡す。

「ナニコレ」

 ツバキがかぱっと小箱を開ける──と、中には色とりどりのサンドウィッチが入っており、その彩りといい、栄養面といい、どこをとっても完璧な出来具合に壁から戻ってきた黒猫がふんふん、と鼻を鳴らした。

「ふーん、さすがに器用だねえ」

ま、でも、ボクはもっと器用だけどね。と小さく対抗心を燃やすカゲロウ。

「何って……昼メシ。気に食わなければ購買にでも行け」

「……うん、購買行く」

まさか即答されるとは思ってもいなかったアスタロトは「行くのかよ」と半眼になる。

「これ、朝食べるから」

 寝ぼけ(まなこ)のまま、サンドウィッチにかぶりつくツバキの黒髪をアスタロトは手際よく梳かし、朝食が済んだツバキを学園へと放り出す。

──それは平穏だからこその、怒濤の朝。



 その後、主の不在となった部屋であちこちに付着した黒猫の毛を掃除するアスタロトは、悪魔の国にいた頃からの腐れ縁であるカゲロウすらも見たことのないような穏やかな笑みを浮かべていた。

「まあ……うん、仕方ないか──」

 彼の視た、魔王ルシファーを倒す未来。それは比喩などでなく、本当に砂一粒くらいの可能性しかなく。

 そして、その可能性への、蜘蛛の糸より細い道筋。その道筋には己の存在も含まれていた──ような気がするアスタロト。

 半分は、そのうろ覚えの道筋のために義理で手を伸ばしたようなものだったけれど。

 己を殺すだろうと思っていた彼女は、意外にも己が手を握った。

 砂一粒に到る、彼女の命運はまだ断たれていないのなら──。

「ま、手を貸したところで、この身体に転生してしまった俺様はもう、ちょっと前に視たはずの過去や未来すらあやふやで殆ど覚えていないんだけどな……」

昨日まで鮮明だったはずの樹の顔も、彼の中ではもう朧気(おぼろげ)で。

それは、彼が転生してしまった先が人間の肉体であった、ということに起因する情報処理能力と、記憶能力の限界。

「いずれは能力を完全に取り戻せはするけど、しばらくは不便だなぁ……」

やだやだ、とアスタロトは独り首を横に振る。

「ツバキ……かつての俺様の記憶の残滓でしかないけれど……、お前が選んでしまったその道はきっと、修羅道で片付けられるような生易しいものじゃなかったはずだぞ──」

 その道にある限りきっとまた、すぐにでも魂を削るような日々が訪れてしまうのだろう。

 だからこそ、今一時だけは。心穏やかに、平穏に。



 ──かごめかごめ。

 加護の中の鳥居は何時何時(いついつ)出遣る?

 夜明けの番人、鶴と亀が統べた。


 後ろの正面は──誰?


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