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10-2

 ヴァイスの決定は──、

「……わかった。そいつの助命嘆願を受け入れよう」

 ──ツバキの願い、その形だった。

「団長!? さすがにそれは!」

 黙って成り行きを見守っていたシズマから異を唱える声が上がる。

 集まっていた兵士達もどよめき、互いに顔を見合せていた。

「万一にも、我が団に危害を与えようと……いや、その気配があった時点で私がこいつを即、始末する。それで問題ないだろう」

「ですが……相手は悪魔です。やはり万一ということも……」

「シズマ。この人間の肉体に転生した悪魔に私が遅れを取ると?」

 銀の眼に射竦められたシズマは「それは……」と口籠る。

「あのー、シズマ」

 ふいに響いたレーベンの声に、シズマは顔を上げる。

「シズマ、私も貴方と同感ですが……」

 シズマはレーベンがちらちらと視線で、何かを見るよう促していることに気付く。

 レーベンの視線の先、もう見慣れた黒髪の少女。

 少女は眉を吊り上げてアスタロトへと怒鳴っていた。

「あーもう! やっぱり死になさいあなた!」

「ええっ!? そりゃないぜ嬢ちゃん!」

 生存権を獲得できたアスタロトは狂喜乱舞で「ありがとな!」とツバキを抱き締め──もとい、締め上げる。

 本人には全く悪意はないようだが、骨からミシミシと嫌な轢音が上がっているツバキはその満面の笑みを湛える男の頬へと、隠しもしない殺意と共に、横殴りの鉄拳を叩き込んだ。

「がふっ!」

 首が捩れたアスタロトの腕から、次いでゴキリと痛々しい音が響く。

「ツバキに……触れるなぁっ!」

 音の正体は獰猛な獅子へと姿を変えたカゲロウがアスタロトの腕に思い切り噛みついた音だった。

「バアル! テメエ加減って言葉知らねえのか!」

 このままでは腕を食いちぎられてしまうアスタロトはツバキを離すと、獅子の首へと腕を回し、全身の力を込めて締め上げる。

「ぎゃふ! し、白髪男! やっぱりコイツは殺そう!? 見て、凶暴だよ、ねえねえ!」

 泡を吹く獅子。してやったりな表情で獅子を締め上げる男。

 じゃれ合う二人の姿は、それはまるで──、

「兄弟、のようですね……」

 シズマが苦笑する。

 悪魔といえども、心がないわけではない。

 楽しい時には笑い、不機嫌な時には怒るのだ。

 ただ、それが人間の倫理から遠くかけ離れていることもあるけれど。

「ツバキぃ、ボク昔からコイツは嫌いなんだよぅ!」

「あら、何でよ?」

「だって、だって、小さい頃からいつも要領良くボクの手柄を先取りして……ずるっこばっかりするんだよ! するんだよ!」

 もうそれは、どこからどう聞いても要領良い兄にしてやられる弟の発言でしかない。

 実際、悪魔の王国では二人は兄弟のようなものだったのだろう。

「一度だけ、信じてあげても良いんじゃないでしょうか。他でもない、彼ら兄弟が、ああ在ることを望んだ、ツバキさんに免じて」

 団長が見張ってますし、大丈夫ですよ。と微笑むレーベン。

 シズマはしばらく目の前の兄弟喧嘩を見つめていたが、やおら、諦めるように呟いた。

「仕方、なさそうですね」

 


 その晩、時の竜騎兵は盛大な宴を催した。

 歴史に名を遺す一日だったのだ。

 一般兵士達は生きている喜びに、どんちゃん騒ぎに明け暮れ、幹部達はそれを眺めながら、しみじみと勝利の美酒を味わう。

 まあ、幹部の中には一部、

「あ、アマラ様! そろそろお止めになった方が……!!」

「ふぇ~? なんでよぉう~。酒ぇ~、お酒ぇ~!」

 と、例外もいるが。

「シズマ、そういやアレ、どうなったんだ?」

 へべれけになっているアマラを苦笑混じりに見つめていたシズマは、同胞ジオンの声に、そちらを振り向く。

「アレ、とは?」

「チェスの最終戦、やるんじゃなかったのか?」

 ジオンの言葉に、シズマは「あ」と何かを思い出したのだろう。横に置いておいたのだろうチェスセットを手に取ると、キョロキョロと辺りを見回し始める。

 彼の探し人は自称、彼女の親衛隊と酒盛りをしていたのだが、酒豪である彼女にしては珍しく、酒を全く口にしていないようだった。

「飲まないんですか?」

 ツバキは酒瓶を片手に歩み寄ってくるシズマに気付くと、

「シグレ……」

 ──と、もう覚える気すらない名を呼ぶ。

「飲んでもいいのは分かってるんだけど、少しやらなきゃいけないことがあるのよ」

 唇に薄い笑みを刷くツバキに、シズマは「これですか?」と持ち運び式のチェス箱を振る。

「……あら、よく分かったわね」

「ええ。ここできっちりと優劣つけましょうか」

「そうね。私とあなた。どちらがより優れた軍師であるかを!」

 ガヤガヤと野次馬が集まってくる。

 二人はそんな周囲には目もくれず、盤面に並べるべく、互いにキングの駒へと手を伸ばしたのだった。



 ところ変わって時計塔の上。 

兵士達の宴騒ぎを他所に、二人の悪魔が夜空を見上げていた。

 一人はかつて悪魔の王国でもやっていたらしい、執事という立場を無理矢理もぎ取った浅黒い肌の悪魔。もう一人は淡い水色の長髪を風に遊ばせる、痩せぎすの青白い肌の悪魔。

 二人の顔にはおおよそ、笑みと呼べるものは浮かんでいなかった。

「それは、本当なのか」 

 カゲロウの問いにアスタロトは「間違いねえ」と頷く。

「一瞬だったが、影の世界で見たアレは、確かに樹そのものだった」

「おかしいな。天使の一人も見たと言っていたが……俺も何度もツバキとともに影に潜っているが……一度として奴に会ったことはない。更に言うならツバキは、隠しているようだが、影の世界の何処にいるかも分からない奴を探す為によく単独でも影に入り浸っているのだぞ」

「……人としての在るべき姿を見つけたら迎えにこい、っていう奴との約束のためか?」

「そうだ」

「過去を視られるのは便利なものだな」

説明の手間が省ける、とカゲロウは小さく口端を吊り上げる。

人間の身体に転生したアスタロトは、能力が戻るまで、もう過去も未来も視ることはできないのだが、先の交戦の折に視た樹の記憶は残っているようで。

「じゃあツバキはまだ理解できていないってことだろ。人とはどういうものかを。だから樹は現れねえ」

 ハハハ、ぶっちゃけよく分かんねえがな、と腕を組むアスタロト。

 兄弟の他愛ない会話のような、静かな飾らぬ空間。

 だがそれは、一瞬で凍りつくこととなった。

「──バアル。ツバキを絶対に樹に会わせるな」

 いつになく真剣なアスタロトの声にカゲロウは眉を寄せる。

「……何故。彼女はずっと、ずっと樹に会いたがっているんだぞ」

「知ってる。視たからな」

「樹も、確かにツバキの救済を、最後まで願っていた」

「それも視た」

「では何故──」

風に靡く水色を視界の端に納めながら、アスタロトは苦々しげに口を開く。

「奴は確かにツバキの救済を願っている。ツバキが己を迎えに来る日を待っている──だが、ツバキが奴に会うとき、ツバキは命を落とすことになる」

「それは……どういうことだ!」

 刹那、無表情だったカゲロウの顔に、烈火の如き怒りが浮かぶ。

 牙を剥き、吠えるその姿は正しく悪魔そのもので。いつものぼんやりとした彼の面影はどこにもない。

「樹は──奴は影法師。里を護らなくてはならなかった者。故に、無辜の犠牲者となった里の民のため、里を滅ぼしたツバキを赦すことは絶対にできないからだ」

 アスタロトはそんな同胞を横目で見やりながら淡々と続ける。

「奴はツバキに気付いてほしいんだ。己の過ちを。それに気付けば、彼女は自ずと自らが罰せられる理由を知るだろう。理由が解れば、ツバキは怨みのため、憎しみのために己が殺されるわけではないことが理解できる。憎しみではなく……彼女の罪を人として裁き、贖罪として死を与えるために樹はずっと、其処にいるんだ──」

 それは至って正論のこと。

 だが、ツバキ至上主義のカゲロウには我慢ならないことだったのだろう。

「それが真ならば、俺は樹を殺す。いや……ただ殺すだけじゃ飽きたらない。ツバキが奴を庇おうが、その助命を乞おうが認めない。奴の指の一本にいたるまで挽き潰し、肉片も残らぬように灰塵に帰してくれる!」

 カゲロウはメキメキとその身をカラスに変えるとその場から飛び立った。

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