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10-1



十 彼岸花の約束



 悪魔討伐における現地での後処理を済ませ、討伐隊が本部に帰還したのは翌日の早朝だった。

本部の門扉前の広場では、今回の戦線に参加しなかった多くの一般兵士達や、居残りとなった七天使直属の部下達が討伐隊の帰還を今か今かと首を長くして待っており──。

「見ろ! 帰って来たぞ! 団長達だ!」

 ──ふいに響いた一人の兵士の声に、周囲からわっと歓声が上がる。

「本当だ! 団長だ! 七天使だ!」

「勝ったんだ……! 悪魔に本当に勝ったんだ!」

「時の竜騎兵すげえ……!」

 兵士達は銘々(めいめい)に好きな賛辞を口にしながら、徐々に門扉へと近付いてくる討伐隊の先頭──。時の竜騎兵団長、ヴァイス・ツー・アーベントロードのいつもと微塵も変わらぬ姿に称賛と安堵と、そして惜しみ無い尊敬の言葉を送り続ける。

 そして、そんなヴァイス隊に次いで、続々と帰還してくるアマラ隊や他の隊の姿にも、兵士隊は逐一歓喜の声を上げた。

「アマラ様よ! 私達のアマラ様がご帰還なされたわ!」

「ちょっと! もっと頭下げてよ! あたしからよくアマラ様が見えないじゃない!」

「早く早く! 遅れるわよ!」

 ──色めく声を上げながら、アマラへと花束を差し出す者達。


「ジオン様! 此度の遠征、お疲れ様でございましたァァ!」

「俺達、感激すぎて……、うっうっ!」

 ──暑苦しくも、ジオンを慕って止まない者達。


「はーい、お疲れー。どう? そっちは何もなかった?」

「ちょっ……誰だよ! レーベン様にこんな大荷物持たせた奴!」

「僕達だって止めたんだけど、レーベン様、怪我した奴の荷物、片っ端から持って行くんだもん……!」

「だもん、じゃねえよ! ならお前が持てよ!」

 ──お人好しな隊長の姿に、嘆く者達。


「ただいまなのじゃー! ……おお! コレは!」

「「「おかえりなさーい! イェンロン隊長ー!」」」

「おお……おお! 菓子にヌイグルミに……良い服まであるではないか! ワシは幸せ者じゃー! 帰って来られて本当によかったぞー!」

「「「プレゼントの山を用意して待ってた甲斐がありましたー!」」」

 ──何やら、愉快な者達。


「皆、ご苦労でしたね」

「シズマ様……ご無事で何よりでございます!」

「ふふ、皆あまり嬉しくないようですね?」

「ち……違いますよ! あんまり恥ずかしい歓迎したらシズマ様嫌がるじゃないですかー!」

「冗談ですよ。分かってますから」

 ──確かな信頼関係で結ばれた者達。

 

 歓喜の渦の中、ごった返す人波を掻き分け掻き分け、金髪のツインテールの少女が不安げな表情で、門扉をくぐる兵士の中に必死に目を凝らす──。そして──。

「……あ! 帰って……きた……!」

 ぞろぞろと帰還する兵士達の群れの中に漆黒の巨馬と、その背に跨がる親友の姿を見つけ、──彼女は脇目も振らずにその親友の許へと駆け寄った。

「ローザ。約束、守ったわよ」

 己へと必死の形相で駆けてくる友を人混みの中に発見したツバキは、疲れを微塵も感じさせない動作で馬から飛び降り──、いつもの声音でそうローザに告げる。

「良かった……ほんっっとに、良かったぁぁ!」

 予想していたよりも随分と元気そうなその友の姿に、力の抜けかけたローザを左右から二人の護衛兵が支える。どうやら彼らは人混みを掻き分け進むローザに追随してきたようだ。

「ツバキ! ホントに、ホントに無事で良かったのだわー!」

「あなたこそ。転んでなかった? お腹空いてなかった?」

 斜め上の心配を向けてくる友人に、ローザは拗ね気味に口を尖らせ「アンタじゃないから大丈夫よ」とボヤく。

「ねえツバキ……アスタロトは……」

「──殺したわ」

 さらりと返ってきた答えにローザは「そっか」と呟き──、そんな彼女へと女性の護衛兵がそっと耳打ちする。

「ローザ様、そろそろ彼の件を……」

 女性護衛兵に促され、ローザは「あ、そうだったのだわ」と何かを思い出したように手槌を打った。

「ツバキ。実は……ツバキ達が留守にしている間に本部に死体が湧い──」

「──え!? そんなの聞いてないわよ! なんですぐに連絡寄越さないの!? 怪我は!? 隠さないの!」

 ツバキの反応は異常なほどに早かった。

 目を極限まで見開き、ローザの言葉を遮ったツバキは、ばっと親友に掴みかかると強制的にその全身を調べ回ろうとし、──二人の護衛兵が全力でそれを止めにかかる。

「お、落ち着いて下さいツバキさん! ローザ様には傷一つ付いていませんから!」

「煩い! ピヨっ子ども! あなた達の言葉なんて信じるわけないでしょう!」

 何とか彼女の暴挙を止めようと、必死に組み付く兵士達へと、激昂したツバキは吠え立てた。

 だがツバキの、その過保護ぶりはヴァイセンベルガー家ではいつものことなのだろう。護衛兵達の顔に、取り立てて驚いた様子はない。

「本当ですって! 我らの命に懸けて誓いますから!」

「そういう問題じゃない! 何故そんな危険なことをしたのかという話よ! ローザも、あなた達も、すぐに連絡寄越さなきゃ駄目でしょう!」

 ツバキに叱られたローザが項垂れ、黙りこくる。

猫の姿へと戻ったカゲロウの「まあまあ」という声も、ツバキには届いていないようだ。

返事のないローザへとツバキが再び口を開こうとした、──その時だった。

「……話に割って入るが、死体が本部に現れたというのは本当か」

 ──ツバキの隣へと軍靴の音を立てながらゆっくりと歩んでくるヴァイスの言葉に、あれほど賑やかだった場が水を打ったように静まり返る。

「……申し訳ございません。ですが、ローザ様は……」

 沈黙を破った男性護衛兵の言葉をツバキは一瞬にして両断し、斬り捨てた。

「ですがも何もないわ。こちらの戦力のことを考えていたとでも言うのでしょうけれど、それで黙っていた結果、万一の事があってみなさい! ……あなた達護衛兵は伯爵様に、ローザあなたは巻き込まれるかもしれなかった兵士、延いては民達にどう説明する気なの? 頑張ったから許して下さい、とでも?」

 淡々と放たれるツバキの言葉にローザはますます肩を垂らし、小さくなる。

ぐうの音も出ない、そんなローザを庇うように護衛兵と──見兼ねたカゲロウが彼女の側に付くが、その優しさはローザにとって、追い討ちでしかなかった。

「いいのだわ……今回の件は……ホントに、アタシ……が……」

「ツバキぃ! 言い過ぎだよ、言い過ぎだよぅ!」

己の意思を総動員して涙を堪えるローザの前で、カゲロウが背中の毛を逆立てる。

「黙りなさいカゲロウ。──『言い過ぎ』で済む幸運が、二度訪れるとは限らない。『言い過ぎ』で済まなくなった時──、どうなるかは判るでしょう?」

だから、此処でしっかりと反省なさい、──と、その場へとローザと護衛兵を座らせ、懇々と説教を浴びせる。そんなツバキの姿に、成り行きを見守っていたアマラとイェンロンは目を丸くして互いに視線を送り合っていた。

「妙な光景に見えるか?」

 ジオンの声に、アマラ達は弾かれたようにそちらを振り向く。

「え、ええ。まさかあのちゃらんぽらん娘がそんなマトモなことを言うなんて……」

「じゃの。ワシらの知っておるツバキはもっと滅茶苦茶じゃ」

 イェンロンもアマラに同意のようで「今晩はカボチャでも降るのではないかの?」と、謎の天災まで疑う始末だ。

 だが、それも無理からぬこと。何故ならツバキは常にローザ至上主義で、他者は二の次三の次であることを名言しているのだから。

「別におかしなことでも何でもないですよ。……だって、ツバキは憎まれ口を叩きながらでも、何だかんだ言って、そこそこ皆を大切にしているようですから」

自然な流れで会話に入ってきたシズマの声に、イェンロンは──、

「……本音と建前ってやつかのう?」

──と、難しい表情で首を捻っている。

 外野で彼らがそんな話をしているなど露知らず。ツバキは「それから」と悄気(しょげ)込むローザへと更に説教を畳み掛け──。

 刹那、成り行きを見守っていた群衆の群れから非難の声が一つ上がった。

「なーなー、ソイツ反省してんだし、もういいんじゃね?」

 声の主は雑多に紛れているようで、ツバキはその姿を視線だけ向けて探すも、如何せん人が多すぎるため、すぐに声の主を探すことを諦め、彼女は言葉だけを返す。

「誰か知らないけど……外野は黙っててくれるかしら」

「……なんでだよ。それに別に外野じゃねぇし。結局にっちもさっちも行かなくなっていたそこのお嬢達を颯爽と助けたという、完璧内野だし」

 お嬢達を助けた。

その言葉に漸く声の主を本気で探し始めるツバキ。

「出てきなさいよ。何処の何奴(どいつ)だかよく分からない奴!」

「ん? 出てったら何かあんのか?」

どう贔屓目に見ても、まず真面目そうではないその声に、ツバキは「ええ、ちゃんとあるわよ」と告げた。その瞬間──、ふいに外野の人波が割れた。

声の主を探している彼女の行く手を阻んではならないと思ったのだろうか、ばっと割れた人波の先──。そこで挨拶をするように片手を挙げ、群衆に紛れていたのは──、

「あなた……どうして此処に!?」

「んー、そりゃ俺様が特別な悪魔だから?」

 ──先ほど、彼女が影の世界に葬ったアスタロトその悪魔(ひと)だった。



「え……悪魔? アスタロト?」

 ローザは予想だにしなかった情報にぽかんと口を半開きにしている。

「そそ。俺様アスタロト。まあほらなんだ、あの状況でも名乗っちまえば騒ぎになるのが必至だから意図的に黙っていたってわけだ」

 アスタロトはさらりとそう宣うと、呆然としているローザに、親指をぐっと立てて見せた。

「ま、待ってよ……アスタロトの送り込んだ刺客を倒したのがアスタロトで……」

一人状況を整理するローザを、律儀に「うんうん」と頷きながら待つアスタロト。

「ってことは! つ……つまり、あの死体の敵襲は自作自演ってコト!?」

 気付いてしまった事実に、さっと青ざめるローザ。

だが、そんな彼女そっちのけで、ツバキはアスタロトに文字通り掴みかかった。

「どういうことよ! 私はあなたが影の世界から出る許可なんてしていないわ! なのに何で影の世界に葬ったあなたがここにいるのよ!? まさかまた樹!? 樹の仕業なの!?」

「んー、樹ぁ関係ねぇな。一言で言うなら、俺様がすごいから帰って来られた感じ?」

 ニンマリと笑むアスタロトの顔に、ツバキは一瞬にして無表情になると、ふらふらと覚束無(おぼつかな)い足取りで近場の兵士へと近付き──、彼が腰に穿いていた剣を勝手にスラリと引き抜いた。

「ちょ、ここでドンパチす──」

 咄嗟に両手を上げ、戦意がないことを示そうとしたアスタロトだが、そんな彼の予想に反して、ツバキが剣先を向けたのは己の首だった。

「ふ……ふふふ……影法師でもない者に影葬りを耐えられたなんて、私はもう恥ずかしくて生きていけない。……そうよ、生きていけない……だから今死ぬ、ここで死ぬ!」

「え!? そこまで!? 俺様一応太古の悪魔なんだけど!?」

「悪魔とかなんとかは関係ないわ! それじゃあさようなら!」

 冗談でなく喉に剣を突き立てんとするツバキの手に、がばっと立ち上がったローザがしがみつく。

「ツバキ、落ち着いて! やめるのだわそんなコト!」

「止めないで、ローザ!」

「止めるに決まってるじゃない、このおバカ!」

「ええそうよ、悪魔を取り逃がした馬鹿よ。だから死んで償うわ。はい決定」

「……おーい、そろそろ俺様の話、ちゃんと聞いてくんね?」

 ハブとマングースのような口合戦を止めに、間に割って入ったのはアスタロトだった。

「安心しな、影法師──鍔鬼」

 ドレストボルンの人々と違い、流暢な言葉で己の(あざな)を呼ばれたツバキはぴたりとその動きを止める。

「お前の能力──、お前の刃は確かに俺様を殺した。本当に──見事だった」

 悪魔である己を殺してのけたツバキに、アスタロトは惜しみない賛辞を贈る。

「あの死体どもは確かに俺様がここを侵略すべく用意したさ。……だが、お前が俺様を殺したことで計算が狂っちまったんだよ」

 僅かに力の抜けたツバキの手からローザが剣を毟りとり「取られないように持ってて」と、護衛の男性兵へと押し付けた。

「奴等が始動する条件。それは、勿論俺様が遠隔で指示を出した時、そしてもう一つは『俺様の縛が消えた時』だ。後者はまず有り得ないことだ、と思っていたんだが俺様はまさかの敗北を喫した。しかも、影の世界に葬られるとかいう、悪魔泣かせの一手によって、だ」

 やれやれ、と首を横に振る悪魔アスタロト。

「そこのバアルも例外ではなく、元は、の話にはなるが、俺達悪魔は配下を引き連れているものでね」

「元は、で悪うござんしたー。まあどこかの誰かみたいに、腐った蜥蜴とか死体とか? ちっとも配下に欲しくないけどー」

 カゲロウは黒い毛を膨らませながら反論する。

「バアル、てめぇさあ、俺様の言いたいこと分かってんならちょっとは説明手伝ってくれたっていいんじゃね?」

 黒猫をじとっと睨むアスタロトだが、カゲロウはどこ吹く風といった体を崩さない。

「けっ、まあいいさ。とにかくだ、俺様達悪魔は万一己が死ぬようなことがあれば、『転生』と呼んでるんだが……まあ早いが話、己が配下の肉体を己の新たな肉体として奪うことができるんだ」

「そうなの? カゲロウ」

聞いたことないけど、と首を傾げるツバキの肩に、カゲロウは一足飛びに飛び乗ると──、

「んー、永らく配下なしで生きてたからキレイに忘れちゃってたけど、そういやそんなコトもできた気がするなぁ、ボク達は」

──と、この上なく呑気に答えた。

「忘れてた……ってあなたねえ……」

 肩に乗った、呑気を体現したかのような黒猫の姿にツバキは小さくため息を吐く。

「影の世界に送られちゃあさすがに治外法権で俺様も転生なんて夢のまた夢。だから影に全身が沈む直前に、転生しようとさくっと自刃したはいいものの、そこらで絶賛掃討中の蜥蜴達に乗り換えたところで、転生した瞬間に何もできずに消し炭にされるのが関の山。……ってなると、悲しいかな、もうここに送り込んだ死体に転生するより他なかったってわけだ」

悲しい俺様、と真紅の眸を芝居じみた様子で蔭らせるアスタロト。

「ふむふむ、つまり、今能力を取り戻せていないあなたをもう一度ここで殺せば、人一人殺すくらいの労力であなたを殺せて、尚且つ配下も尽きているでしょうから転生も不可能。──大団円ね」

 ニコリ、と黒い笑みとともにツバキは肩に乗ったカゲロウの背に手を宛がい──、

「はーい、あ、鎌でいいよね?」

 ──と、カゲロウも、主と同じく顔に黒い笑みを貼り付ける。

そんな主従に、アスタロトは「待て待て」と両手を上げた。

「待て待て、待てって! 何だかんだでお前の友人を助けてやったろ!」

「ええ、でも聞いたところによると、元はやっぱりあなたの蒔いた種だったから」

「そそ。そーだよアホタロト! 自分でまいたタネだよーっと。さ、ツバキ、収穫しちゃお」

 ぐにゃり、と鎌へと姿を変えるカゲロウ。

「酷い! 鬼! 悪魔!」

「悪魔はあなたでしょうに……」

 悪魔に悪魔と呼ばれたツバキは不服そうに目をすがめた。

「ほら、嬢ちゃん既に悪魔一匹匿ってる身じゃん! こんな人間に成り下がってしまった哀れな悪魔一匹、見逃してくれたっていいだろ!」

「あら、見逃したら、いずれ能力を取り戻す、でしょう?」

 そう言うが早いか、アスタロトの首筋に笑顔でツバキは鎌刃を当てた。

「え!? 本当にこのまま俺様殺しちゃう気!? マジで!?」

「ええ、残念だけど……」

「そりゃないって! ほら、だって俺様この体では初の人生、いや悪魔生よ!? まだ罪を犯してないんだから見逃してくれたっていいじゃん!?」

 俺様は今はまだ無害だ、むしろ人助けをした、と騒ぐアスタロト。

「いんや、ダメだね! ツバキ、ささ、殺しちゃお!」

 嬉々とした声音の鎌に、アスタロトは青ざめながらも腹立たしげに吠えた。

「バアルてめぇ!」

「さあ殺そ〜、すぐ殺そ〜! ……おんや、ツバキぃ?」

 物騒な歌を歌う鎌とは違い、意外にもツバキは渋面を作っており──。

「罪は肉体にあるものじゃない。罪はあなたの魂が背負っているもの……だけど、あなたが一度死んだ身だというのなら、確かにもう罪を問うべきではないのかもしれないわ……」

「えー!? ダメだよツバキ! 悪魔なんて生かしておくだけでキケンなんだよ!」

 間髪を容れずカゲロウから非難の声が上がる。

 己も悪魔だということはこの際棚に上げたらしい。

「そうそう! 俺様もう償い済みよ! だから、なあ影法師、頼むって! この通り!」

 パン、と手を打ち合わせてツバキを拝むアスタロト。

「……はあ」

 ツバキは大きくため息を吐くとヴァイスを振り仰いだ。

「ここの団長はあなたでしょう。あなたが決めて。この馬鹿を生かすか殺すか」

「……私にそれを問えば、答えは一つしかないが?」

「──だそうよ?」

「そんなぁ! 鬼、鬼ぃっ!」

 助けてくれよー、とゴネ続ける悪魔からヴァイスは視線だけを逸らし、横に立つツバキの頭頂部を見下ろす。

「お前は、こいつを助けてほしいのか?」

 予想だにしなかった言葉にツバキは目を見開き、長身の偉丈夫を見上げた。

「何よ。何を企んでいるのよ」

「何も企んでなどいない。ただお前の意思を確認しているだけだ」

 淡々と告げられた声に、ツバキは目の前で微動だにせず己を拝み続ける悪魔を見やる。

「私は……いえ、私の願いが叶うのなら、この馬鹿にもう一度機会を与えてほしい。そう思うわ」

 ツバキは長い睫毛を一度伏せ、己の胸元に手を宛がう。

「この街が、怨敵である私やカゲロウに機会をくれたように。もう一度、もう一度だけやり直す機会を──」

 祈るような声音に、アスタロトはただただ無言で何度も頷く。

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