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1-4

「いないのだわ……」

「いませんね……」

 その後も散々校舎中を歩き回らされた二人は、校舎一階の中央にある階段の踊り場で顔を見合わせ、大きくため息を吐いた。

 特に、日頃から能力云々ではなく、物理的な筋力など全く鍛えていないローザは、蓄積した疲労に耐えきれず、はしたなくも踊り場にぺたりと座り込む。

 シズマはそんなローザの姿に苦笑しながら、自身の携帯していた飲料水を手渡した。

「え、あの……」

 細い金属の筒に入った携帯用の飲料水とシズマを交互に見やるローザ。

「あ、大丈夫ですよ。それはまだ開封していない新品ですから。安心して飲んで下さい」

「いえ、そうじゃなくて! これ、シズマ様のお水なのに、頂いても良いのですか?」

 ローザはシズマが何かしらの不利益を被るのでは、と心配していたようだ。

「問題ありませんよ。本部に戻ったらまた補充しますし。それに、脱水症状を起こしかけている女性を放置しておく方が、よっぽど大目玉を食らいます」

 シズマの言葉に、素直すぎるローザは「そんなものなのか」と一瞬で納得し、水を一気に飲み干した。

「ああ……お水美味しい……」

 ローザがほっと一息ついている横で、シズマは壁に背を持たせかけながら思考を巡らせる。

「ここまで探して見つからないとなると、もしかすると、主席の方は学園に来られていないのかもしれませんね……」

 パレードに参加しない時点で、そもそも今日学園に来る旨味は少ない。

 探してもどこにもおらず、また誰もツバキを目撃していない以上、彼女は学園に来ていない、と考えるのが妥当なところだろう。

だが──。

「いいえ、いいえ! そんなはずがないのだわ!」

 休憩していたローザから返ってきたのは力強い否定だった。

「アイツ、ちゃらんぽらんだし、無気力だし、ひねくれた性格してるけど……、絶対学園にはいるのだわ。だって、アタシがここにはいるんだもの。アイツは私のことをいつだって護れるように近くにいてくれているのよ。だからアイツが学園にいないなんてことはまずないのだわ」

 ローザはツバキのことを良くも悪くも、心の底から信頼しているのだろう。

 シズマを前にしても、先程までのように物怖じすることも無く、ローザはそうきっぱりと言い切った。

 そんな少女を少しの驚きを込めて見つめるシズマは、ふと何かを思い出したように目を細める。

「なるほど。……なら、きっとそのツバキさんは学園のどこかにいるのでしょうね」

「えっと、自分で言っといて何なのだけど、こんな理屈で信じてもらえるの?」

 目を丸くするローザに、シズマは柔和に微笑む。

「あなたの言葉にふと思い出した友がいましてね。その主席の方と同じように、不器用でいてその実、性格は真っ直ぐで。……振り回されている者としてなんとなく、あなたの言いたいことが分かっちゃったんですよね」

 言葉は雄弁でなくとも、真意に態度がそぐわなくても、伝わる想いはある。

「まあ、そんな生きづらい性格している人なんて、僕の友人くらいのものだろうと思ってましたけど……」

 その友人のことを思い出しているのだろう、シズマは困ったように笑んだ。

「まさかシズマ様も苦労人仲間だったなんて。……本当に困っちゃいますよね。絶対近くにいるくせに、ほんっと根性悪いんだか──」

 その瞬間だった。ローザの頭に一つの疑問が浮かんだのは。

「トラバサミ……?」

「ローザ、どうかされましたか?」

 シズマが訝しげに、急に固まったローザの瞳を覗き込む。

「シズマ様、確か先生はトラバサミに掛かった者がいるって言ってましたよね?」

「ええ。でも、それがどうか?」

「さっきの保健係の子、ノラって言うんですけど、ノラはトラバサミに掛かった奴なんていないって言ってました」

「あ、確かに。どういうことでしょうか……?」

 首を傾げるシズマとは反対に、ローザの頭の中では、疑問のピースが、一つ、また一つとあるべき場所へと填まっていき──瞬く間にそれは確信へと変わった。

「まさか……、あ、あの、アタシ、ここで失礼します!」

 シズマに勢いよく頭を下げると、ローザは疲労もどこへやら。俊敏な動作で立ち上がり、彼の横をすり抜ける。

「ローザ!?」

 己を呼ぶシズマの声を背に聞きながらも、立ち止まることなくローザはそのまま廊下を全力で走り抜け、玄関口へと向かった。

 その道中で、彼女は廊下の角から現れた男子生徒とぶつかったが、どうやら彼女の中では、謝っているヒマなどはどこにもないらしい。

半ば己に撥ねられた形である、尻もちをついたその男子生徒への謝罪もそこそこに、ローザは有無を言わさず彼を強制的に立たせ、

「大丈夫ね!? 大怪我とかしてないわね!?」

その剣幕に圧されるように頷いた男子生徒の姿に、彼女は問題なし、と判断したのだろう。猛然とその横をすり抜けたローザは一直線に校庭へと飛び出したのだった。



「先生ッッ!」

 ローザは息を切らしながら、外回りを見回っていた頭の侘しい教諭をとっ捕まえる。

「ヴァイセンベルガー! どうだ、ミツルギはいたか!?」

 こっちは全く収穫なしだ、と首を横に振る教諭に、ローザは金のブレスレットをはめた手を伸ばした。

「してやられたのだわ、先生……! ……このぉッ!」

 ローザが自身の能力を発動させるのと、彼女を追いかけてきたシズマが、その背に追い付いたのはほぼ同時だった。

 派手な轟音とともに、教諭の頭上に太い雷が落ちる。

「ローザ!? 何をして──!」

 シズマの上げる声も、落雷の轟音に掻き消され──閃光が収まった後には放心状態の教諭がぽかんと突っ立っていた。

 どうやらローザは雷を教諭の頭上キリキリのところでかき消したようだが、残念なことに数本、残り少ない頭髪が犠牲になってしまっている。

「ふふん、これでも学園十八位! アタシの雷をナメてると、痛い目をみるのだわ」

 ローザは己の能力に、誇らしげに胸を張った。

 実際のところ、頭上間際で落雷を霧散させたり、そもそもの雷の召喚に”言霊”と呼ばれる詠唱を必要としなかったりするあたり、ローザが優秀なのは事実なのだが。

「先生、ツバキはどこなの?」

 ローザは放心状態の教諭に改めてツバキの所在を聞く。

「ローザ、それが分かれば我々も……」

 苦労はしていませんから、と続けようとしたシズマの言葉は、いとも簡単に断ち切られることとなった。

「あれ? ヴァイセンベルガー? わしは、もしかして……」

 頭に疑問符を大量に浮かべている教諭に、ローザは「やっぱり」と呟く。

「先生、今朝ツバキを見ましたよね?」

 ローザの問いに、一瞬で何かを思い出したのだろう、教諭は己の回想より少し遅れる形で徐々に青ざめ──、

「助かったーっ! わし、本当にもうダメかと思ったぞ──!?」

 おいおいと泣き出してしまった。



 涙目で追いすがる教諭を宥め落ち着かせたローザは、シズマを連れ、校舎一階の廊下をだかだかと歩いていた。

 先頭を行く彼女のその目は半分据わり、足元からは隠しきれない怒りが小さな稲妻となり時折迸る。

 すれ違う生徒が本能的な危険を察知し、賢明にも二人にすぐに道を譲り空けたため、彼女達は障害物に当たることもなく、目的地に辿り着き──、

「やっぱりここにいたわね」

 足を止めたローザの見上げる先にあるのは”職員室”のプレート。

「え? ここ、職員室ですけど……おや?」

 シズマが「静かに」と伝えたいのだろう、己の唇に人差し指を当て、ローザに視線を送る。

 職員室の中へと意識を集中させた二人の耳に聞こえてくるのは、

『かごめ、かごめ──』

澄んだ、鈴のような声音で紡がれる──。

「何かの詠唱でしょうか……?」

 声を潜めるシズマに、ローザは、

「あー、アレはツバキがよく歌っている唄です」

 もう聞き慣れているのだろう歌声に、さしたる感心もなく答える。

「唄、ですか?」

『籠の中の鳥は、いついつ出逢う──』

 黄昏を誘うような、憧憬に寄り添うような、物悲しくも美しい歌声だが、聞き慣れたローザにとっては特に有り難みもなく、言ってしまえば紅茶を注ぐ音に等しい。よって別段、もっと聴いていたいと思うことも無く、

「くぉらぁっ! ツバキ!」

 怒号とともに、両開きの扉を開け放った。

パレードで職員が出払い、無人となっていた職員室の片隅。校長専用である高価な二人掛の革製ソファーに、優雅に足を組んで仰向けに寝転がっているサボり魔が一人、そこにはいた。

「夜明けの──ん?」

 思わぬ者の訪いに、唄がぴたりと止んだ。

 ソファー前に設えられた一枚板のテーブル上からは黒猫が申し訳なさそうな金瞳を来訪者へと向けている。

 サボり魔ツバキはソファーから起き上がることもなく、ぼんやり眺めていた天井からローザへと、ちらりと一瞬目を向けると「あー、そういうこと」と独りごちる。

「何がそういうことなのかしら」

 足元から稲妻を放ちつつ、怒気も露に近づくローザを特に気にした風もなく、ツバキの目は再び天井を眺めに戻った。

 シズマはというと、(くう)を伝って不意討ちのように足元へと延びてくる稲妻を避けつつ、ローザの背後から、その頭越しにパレードをいとも簡単にすっぽかした学園主席の姿を盗み見る。

 と、彼の存在に気付いたのだろうツバキもまた同じタイミングでシズマへと視線を向けた為、バッチリ目が合ってしまったシズマは、少し気まずい気持ちになり、挨拶をしようと口を開こうとするが、ローザの恨み節が始まってしまったため、結局彼は挨拶の機会を逸してしまった。

「ツバキ、アンタにはアタシがここまで辿り着くまでの苦労をたっぷり聞いてもらうのだわ」

 怨みの感情を恨みで溶いて凝縮させた、纏わりつく闇のような声音を、ツバキは「結構」の一言で一蹴した。

「け、結構って……アンタねぇ──」

「聞く間でもないでしょう。さっきの落雷、あれが落ちてから”捉えられなく”なった。つまり、あなたがアレの術を解いた、それしかないから」

 やっぱり即席じゃあ簡単に解かれるわね、とぼやくツバキ。

 話を端折りすぎて、二人だけにしか分からない会話に、全く付いていけないシズマは視線だけでローザに説明を求める。

「あ、ごめんなさい! シズマ様はそう言えば見たことなかったのだったわ! えっと、簡単に言ってしまうとツバキが能力を使って、自分がサボるためにあの先生を洗脳して操っていたのだわ」

 ローザの説明に、それまで穏やかだったシズマの表情が一瞬にして固くなった。

 それを視界に収めたツバキもまた「ちっ」と苛立たし気に舌打ちすると、表情固くシズマを睨みつける。

「ローザ、今の言葉は本当ですか? 僕が学園から受けている彼女の能力は”透視”だったはずなのですが」

「あっ!? しまったのだわ……!!」

 やらかした、と慌てて口をつぐむローザだが、一度口から出てしまった言葉が再び口へと戻るはずもなく。

 困惑した目だけで「どうしよう」と訴えかけてくるローザを一度ジロリと睨んだツバキは、豪奢なソファーからゆっくりと上体を起こした。

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