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8-5

「らあっ!」

 ジオンの振り抜いた大斧の一撃を、滑るようにかわしたアスタロトは、素早く毒の滴る尾を彼の喉元へと伸ばし──。

「よっと──」

 その尾から距離を取るべく、跳ぶように退いたジオン。だが、身を躱した彼を追撃しようとしたのだろう、ぐっと体勢を低くしたアスタロトの足元へと、次の瞬間、眩い雷霆が突き刺さった。

 シズマが放ったその雷霆は着弾地点から八方へと稲妻を散らせる。

「オァオオァ──!」

 蝙蝠のような翼をはためかせ、ふわりと宙に舞い、稲妻から身を躱したアスタロトは猛毒の霧を周囲に撒き散らした。──が、その猛毒は何者をも溶かすことなく消え失せた。

「無駄だ、アスタロト」

 毒霧を己の能力で消し去ったヴァイスがゆっくりと宙へ右手を翳すと、その手掌がキラキラと小さく輝き──。

 刹那、眩い閃光が辺りを駆け抜けた。

「テンシ……」

 くぐもった声でアスタロトが唸る。

 ヴァイスの能力により、その僅かな一瞬の間に、閃光に当てられた彼の配下の魔物達はその半数ほどが音もなく、消え去っていたのだ。

 障害の目減りした魔物の群れに、炎の軍勢がここぞとばかりに猛攻を仕掛けていく。そんな戦況を視界の端に収めながら──、

「わっは! さすがはヴァイスじゃのー」

 ──と、手近な蜥蜴のような魔物をタコ殴りにし、一体ずつ確実に仕留めていたイェンロンが、組織のトップであるヴァイスの能力にそう素直な感想を漏らす。

「イェンロン、そういう賛辞は後からにしてくださいね!」

 その隣でレーベンもまた、腰に穿いていた剣で一体ずつ的確に魔物を斬り捨てていた。

「レーベン、やっぱりおヌシは特注の剣を持つべきだと思うんだがのう」

「……私もこういう時に真剣にそう思いますよ」

「うはは! 『真剣』だけにか?」

「イェンロン、阿呆なこと言ってると死にますよ!」

 互いに背を預けながら、緊張を解すように、他愛ない話をする二人。

「ま、でも、実際のところ、こうも早く使い物にならなくなる剣では困りますけどね!」

 正面から牙を剥き出して突撃してきた獣型の魔物の額に、レーベンは刃零れが酷くもう使い物にはならなさそうな剣を餞別の如く突き立て──、

「残念ながら、思いの外丸腰じゃないんですよ?」

──と、好機とばかりに突っ込んできた同種らしき魔物の頭に、いなすように掌を当て『反回復』を発動させ、それをグズグズに溶かし崩した。



「……してやられたわ。完璧に敵の罠ね、コレ」

 竜巻の内部ではツバキが得物を両手に、思案を巡らせていた。

「あちゃー、完全に竜巻に突っ込んでくるって読まれてたねー」

「そのようね……」

 先ほどから何度か渦巻く風に鎌を突き立てているツバキだが、どういうわけか、その刃は悉く風壁に弾き返され、彼女は竜巻から出られなくなっていた。

「多分だけど、あのシズマとかいう奴が生み出した竜巻をまるっと乗っ取って、自分の魔力で強化たんじゃないかなあ。ほら、もうこの風壁は見ての通り、ただの猛毒のカタマリだよ」

 どす黒く染まった、今や己を閉じ込める監獄と化した風壁に、ツバキは小さく唸り──、

「斬ってもダメ、突いてもダメ。ならば……仕方ないわね」

 そこから物理的に抜け出すことを諦め、ツバキは両の手から得物を離すと、ひたり、と地面に手を突いた。



 ずるり、と地面に吸い込まれるように竜巻が消える。

「はっ、バカね。私が影法師だと知っているなら、竜巻ごと影に飲み込まれるってことくらい考えていても良いと思うけど」

 鎌と刀を両の手に。そしてその背には数体の影武者を引き連れ──。正面から堂々と近づいてくるツバキの姿に、アスタロトはニタリと嗤う。

「真ッ向カラ来ルトハ、ナニヲ企ンデイル?」

「何も企んでなんかいないわ。私はあなたをただ正面から叩き潰しに来ただけよ」

 嗤う悪魔に負けず劣らずの嘲笑を浮かべながら、一歩、また一歩とアスタロトへと歩みを進めていくツバキ。

「……嘘ヲ吐クナ」

「あら。嘘なんかじゃないわよ。じゃあ逆に聞くけど、あなたこそ何を企んでいるのかしら。影に飲まれると分かっていて私をあの竜巻の檻に閉じ込めた。これが企みでないとするなら、何だというのかしら?」

「……」

 刹那──、ツバキとアスタロトと。両者の視線が交差した。

 正確には今のアスタロトには眼はないのだが、顔面が互いの姿を真っ向から捉えた時、確かに二人には相通ずる意識のようなものがあった。

 己の決めた道を往く為には、己の信じた道を進むには──相手を下すより他ないのだ。

 天使を抹殺せんとするアスタロトと、天使を──正確には、その庇護下にいる少女のために、天使と手を組むと決めたツバキと。睨み合う二人の道が交錯することはなく。

「俺ハ……」

 アスタロトはふいに紡ぎかけた言葉を──そのまま飲み込んだ。

 賽は投げられたのだ。

ならば、彼女がアスタロトを打ち破る気でいる以上、アスタロトにとっても、問答は何の意味も成さないのだから。


 相対するツバキはアスタロトを前に、ほんの僅かに目を瞑る。

 それは彼女にとって、精神を落ち着けるための瞑想のようなものだ。

 そして、再び瞼を開いた彼女の世界からは全ての雑音が途絶えていた。

 どこまでも、どこまでも、夜空にさえも星明かり一つない夜の凪海に独り佇むような、そんな世界で──、もうないはずの心臓だけがドクリ、ドクリと寄せては返す波のように鼓動の空耳を刻んでいる──。

 その空耳(こどう)を、ツバキはとても懐かしく感じた。

「悪魔が相手、というのも悪くはないわね。久々に感じ取れる……生命の瀬戸際。この真っ向からくる敵意の感覚……」

 それはかつて、期間こそ短かったものの山野を駆け回り、強大な魔物を打ち倒していた頃にだけ得られていた、悦びと充実感にとてもよく似ていて──。

 叩きつけるような膨大な魔力の圧を全身に受けながら、友が見たら、卒倒しそうなほどに凄みのある笑みを口許に貼り付け、ツバキは鎌と刀を交差させるように眼前に構えた。

「行きなさい!」

 影武者を放ち、進行方向の障害物を割らせると、ツバキは一足飛びにアスタロトの懐へと潜り込み、刀を咥え、両手で鎌を下から振り上げる。

 顎を縦に引き裂こうとするそれを、長い爪で掴むように食い止めたアスタロトは、ツバキの咥えた刀に喉元を裂かれるのと引き換えに、その鋭い尾で影武者を貫きつつ、そのままの勢いでツバキの脊髄を背後から狙い──、

「痛ッ──!」

 ──ツバキは背に走る、想定外の焼けるような痛みに口から刀を取り落とし、鬼の形相で背後を振り返る。

 彼女の視線の先にいたのは、──雷槍を撃ち込んだ態勢のシズマだった。

「シグレ! 何するのよ! 背中がちょっと感電したじゃない!」

「すみません! でも脊髄損傷よりはマシかと!」

 尾の一撃を寸でのところで阻止したシズマの雷槍は、それはそこ、本を正せば雷なのである。よって、少しばかりツバキの背にも飛び火が行ったようだった。

「五十歩百歩ってやつよ!」

 ツバキは雷槍に気をとられていたアスタロトの頬に即座に回し蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。

「いや、一歩と千歩くらい差がない?」

 鎌が冷静に突っ込むが、その声はアスタロトが岩壁に激突する音に掻き消されてしまった。

「いてて……やっぱり強えわ、アンタ」

 岩壁から身を起こし、アスタロトがぼやく。

 その甲冑の兜のような、頭部を全て覆っていた面が、片頬から口許にかけて剥がれ落ち、人型の顔面が半分覗いていたため、彼の声はくぐもることもない。

 アスタロトは手の甲で、額から流れる血を無造作に拭うと「よっ」と掛け声とともに立ち上がる。

「今の蹴り、本気で()る気だったろ?」

「……腹立たしいけど、その通りよ」

「だろうな。何せ、鉄より硬い俺様の兜面が崩れたんだ。さすがにゾッとしないな」

 言葉とは裏腹に、やはりアスタロトはのらりくらりとした体だ。

「まあ俺様が言うのもアレだけどさ、今の判断はそこの天使の方が正解だ」

 おめでとう、と感心したように手を打ち合わせるアスタロト。

「はっ、そんなこと、なんであなたなんかに──」

「分かるさ。何なら当ててやろうか。アンタは俺様の尾がアンタに刺さった瞬間に、俺様の首を咥えた刀で落とそうと考えてたろ」

 アスタロトの言葉に、ツバキはつまらなさそうに答える。

「……そうよ。肉を斬らせて骨を断つ。強者と戦う時には、あえて腕の一本、臓器の一つ二つくらい差し出した方が、結果として損傷が少なくて済むの」

「だろ? だが、残念ながら、それを果たすには今回はアンタの身体の硬度が些か足りなかったな。アンタが俺様の首を落とすよりも、そっちの脊髄をぶち抜く方がずっと早かったろうよ──」

 つい、とツバキを指差すアスタロト。

「そんなの、やってみなけりゃ──」

「やっていいワケがないでしょう!」

 怒気も露にピシャリと言い切ったのはシズマだった。

「ツバキ、貴女が認めていようがいまいが、一応共同戦線を張っているのですよ!? 独りで魔物狩りに出ているワケじゃないんです!」

 非難の滲むその声は、他でもない、心底から彼女を心配しているからこそのものなのだが、ツバキは聞いているのか聞いていないのか、どこ吹く風といった表情である。

「ねえツバキ、そいつの言う通り、その戦法は止めといた方がいいかもしれないよ。……あのね、アスタロトは『過去』と『未来』を見通す能力を持っているんだ」

 カゲロウの声にアスタロトはニタリと嗤う。

「なんだ、思い出したのかバアル。……まあお前が言う通り、俺様には『過去』と『未来』を視透す能力が──」

 刹那、鉛を引っ掻くような無機質な音が洞に響いた。

 次いで、アスタロトの背から、はらりと砕けた影の刃が花弁のように舞い落ちる。

「……無駄だって。その『影打ち』による影からの奇襲も視えていた。視える以上、お前達に勝ち目はないさ」

 奇襲に失敗したツバキは二刃、三刃とアスタロトの足元から突き上げるように刃を生やすが、攻撃を見越している悪魔の装甲には傷一つ付くことはない。

「あのなあ、無駄って言ってるだろ」

 やれやれ、と首を横に振る紅眼の悪魔。

「ツバキ! 無駄に力を消耗するのは得策ではありません!」

 アスタロトの隙を窺っていたシズマの声をツバキは丸無視し、彼女は次々と地面から刃を生やし続ける。

 地から襲い来る刃を羽と尾を駆使し、弾き返すアスタロトの姿にツバキは確信を得た顔で艶やかに笑んだ。

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