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8-3

先頭を疾走するシズマとヴァイスは、ニクスから作戦失敗の報告を受け、並走しながら、言葉を交わしていた。

「奴はどれだけ騒ぎを起こせば気が済むのだ……」

「はは、全くです」

 毎日毎日飽きもせず事件を引き起こす、トラブルメーカーのせいで、ヴァイスは大幅に仕事と頭痛が増えていた。

「団長、確かにトラブルだらけですが──」

「……皆まで言わずとも、流石の私でも解る」

 シズマの言葉を遮るヴァイス。

「アレが来てから、時の竜騎兵はこう……何と言うか、煩くなった」

「……賑やかって言ってあげてください。そこは」

 皆、時の竜騎兵に所属していることに、誇りを持っていることは微塵も変わらない。

 そんな中、ひょっこりと紛れ込んだ一人の少女は、それはもう、傍若無人の限りを尽くしており、その周囲にはトラブルが絶えない。

 だが兵士達の多くは、徐々に、彼女の起こす悲喜こもごもな毎日の事件を楽しみにするようになっていた。

「私は、少なくともその変化を『善いもの』と取っているのだろう」

「団長、それは僕もですよ。……こんな毎日が、ずっと続けばいいと思っています」

「そうだな。でもそのためには、皆で無事、生還するしかあるまい」

「ですね。……でも、その前に」

 シズマとヴァイスは遥か後方にちらちらと見え始めた黒点に目を凝らす。

「団長、今日のトラブルですよ」

「ああ。作戦開始といこうか──全団散開!」

 ヴァイスの指示に、彼の率いる兵団と、シズマの率いる兵団が散開する。

 横へと長城の如く兵を散開させたレーベンの失敗を踏んだのだろう。天地を問わず、等間隔に配置されたペガサスの壁に、カゲロウは闘志を燃やす。

「それくらいじゃあボクは一位になるまで止まらな……ん?」

 カゲロウは徐々に自分へと近づいてくる、純白のペガサスに気付いた。

 ペガサスはある程度まで近づくと、くるりとカゲロウへと尻を向け、立ち止まる。

 その背から自分へと視線を注いでくる人間に、──カゲロウはキッと眥を吊り上げた。

「あー! オマエ! ツバキの腕を斬った奴!」

 シズマはカゲロウが横をすり抜けるより少し早く、ペガサスを走らせ始め、カゲロウの横へと付かせる。

「その件については、申し訳なく思っています!」

 蹄の音に掻き消されないよう、声を張り上げるシズマ。

「臥薪嘗胆! 捲土重来! 不倶戴天!」

「それ、なんの呪文です!?」

 レムベルクには存在しない言葉をまくし立てるカゲロウにツバキは──、

「ねえ、途中から意味がちょっと違わない?」

 ──と、いっそ冷静にぼやいた。

「カゲロウ、少し落ち着いて下さい!」

 シズマは徐々にペガサスを寄せ、無の表情でその背にかじりつく騎乗者へ手を伸ばすも──、

「あっ! またツバキをイジメる気だな!」

 ──と、カゲロウは目敏く、シズマから横に離れるように跳ねる。

「いじめませんから! というより今彼女をいじめているのは貴方です!」

 彼の言葉は、傍目には完全な正論なのだが、残念ながらカゲロウにはその論理が通用するような立派な思考はなく。

「天使はワルモノ! そんな言葉、信じないよーだ!」

「聞き分けて下さ──」

「それっ!」

 カゲロウがシズマの騎乗するペガサスへと一気に近付き、体当たりをかます。

 彼のペガサスは突然の衝撃に、倒れこそしなかったものの、態勢を崩し、よろめいた。

「アデリナ!」

 シズマが上手く手綱を捌き、愛馬を落ち着ける。

 だがその衝撃でアデリナは完全にスピードを落としてしまった。

ご機嫌で走り去るカゲロウを見送るシズマは──、

「まあ、なんとか狙い通りですね」

 ──と小さく呟いた。



 蹄が地を蹴る音が近づいてくる。

 ヴァイスは展開した兵士達を背に、真っ直ぐ突っ込んでくる暴走馬を空中から見据えた。

 その視線に気付いたのだろう。カゲロウは鋭く嘶くと、走りながら首を低く構える。

 カゲロウが狙うは、立ち並ぶペガサス達の隙間を抜けることだった。

 ヴァイスの騎乗した、純白の体毛に青い瞳を持つペガサスをまるっと無視し、カゲロウはペガサスの合間へと流星の如く突っ込み──、

「うわぁ!?」

 ──カゲロウはたたらを踏んだ。

 合間を潜り抜けようとしたカゲロウの頭上から降ってきたのは、何十というペガサスの集団だった。

「邪魔! 邪魔だよぉ!」

 カゲロウは後ろ足を蹴り上げ、前足を跳ねさせ、暴れ回る。

 ──が、その度に視界を塞いでくる数多のペガサスの翼に、カゲロウは首を振り、視界を開けさせようと躍起になった。

 だが、何度首を振り回そうと、ペガサスは増える一方で。

「ねえカゲロウ、もうあなた殆ど首位じゃない? 一等賞よ、おめでとう」

 顔にバサバサと当たるペガサスの羽に、若干の獣臭さを覚えながら、ツバキは至って平静に述べる。

「妥協なんてやだっ、完璧に一番獲るんだもん! もう、オマエらあっち行けーっ!」

 ペガサスに行く手を妨害され続けるカゲロウは既に我慢の限界だった。

 白く塗り潰された視界のまま、闇雲に走り始めた黒馬に、背中から鋭い声が掛かる。

「馬鹿! 止まって!」

「なんで!? やだよ! 後少しなんだもん!」

 暴走するカゲロウは一際大きく嘶くと、その強靭な脚を以てして、全力で跳躍した。

 ペガサスの群れを突き破り、鮮明になった視界に一瞬喜んだカゲロウだったが──、

「あ……」

「はぁ……だから言ったのに」

 ──着地地点を目視し、彼の喜びは消え失せた。

 カゲロウは切り立った崖の上を跳んでいたのだ。

「わ、わわわわわあっ!」

 なんとか蹄を切り立った崖に突き立て、バランスを保とうと試みるカゲロウだったが、蹄に砕かれた岩の破片が、その鬣にぶら下がるしかなくなったツバキの顔を襲い──、

「ッッ!」

 ──目を守るべく、咄嗟に両腕で顔面を覆ってしまった彼女は「あ」と己の愚行に気付くが、時すでに遅く。

「あー……」

 馬から投げ出された彼女の耳にびゅうびゅうと空を切る音が響き、視界には渓谷の岩肌の合間から覗く、真っ白な雲の一つだけ浮かんだ、高く澄み渡る青空が映る。と──。

「行け、オスカー!」

 ──鋭い馬の嘶きと共に、彼女へと雲が猛スピードで突っ込んできた。

「……!?」

 真っ白な雲だと思っていたそれは、ヴァイスの騎乗した純白のペガサス──オスカーだったのだ。

 流星の如く突っ込んできたオスカーの背から、黒いコートを閃かせるヴァイスが手を伸ばす。

「掴まれ!」

 ヴァイスの声に、ツバキは一瞬手を伸ばしかけるも──、

「ぁ……」

 ──結局、何かに阻まれるように、その手が伸びることはなかった。

「ッ──!」

 限界まで伸ばされたヴァイスの指先を、ツバキの白服の袖が掠める。

 ──後少しが遠かった。

 空を掴んだ白い手袋を見つめながら谷底へと落ちゆくツバキは、頭でつらつらと考える。

 恐らく、自分さえ手を伸ばしていたら、助かっていたであろうことは、想像に難くない。

 ではなぜ、手をあの時伸ばさなかったのだろう──。

 そう自分に問い掛ける。

 天使の手を借りたくなかった? それは小さな一因としてあるだろう。

 だが、それだけではないはずだ。もっと大きな何かがあったはずだ。

 最悪、己の力だけでなんとかなると慢心していたこと?

 それも間違いなくあるが、これも一因にすぎなかった。もっと決定的に何か、大事なことが、自分の手を伸ばすことを厭んだはずだ。

 投げ出されるように、重力に引かれるままに落ちてゆくツバキは──、

「ああ、そっか──」

 ──怖かったんだ、と閃くように気付く。

 里の民を無惨に殺しておきながら、自分だけが浅ましくも生にすがり付こうと手を伸ばしてしまうことが。

そうしてのうのうと生き永らえることが。

 気がつけば、手を伸ばしてくれた者の顔を見ることさえも──、

「全く……どこまでも──」

 臆病者ね、私は──。

 だんだんと小さくなっていくペガサスから目を逸らし、一度、大きく深呼吸をする。

 ひんやりとした空気に、心なしか、酸の臭いが混じっている気がした。

「いや、気のせいじゃない、か?」

 酸の臭いは、徐々に強くなっていく。

 耳を澄ますと、空気を切る音に混じって、ごう、と水の流れる音が聞こえてきた。

 どうやら峡谷の下には川が流れているようだったが、水に落ちれば助かるなどと甘い考えは持てるはずもない。

 何故なら、高所から水面に叩き付けられるのは、即ち地面に叩き付けられるのと同義だから。

 暗視の利く、影法師の目で、ツバキは峡谷の底に目を凝らし──、

「……嘘でしょう?」

 ──と、呆然と呟いた。



 同刻──ローザは本部の廊下をゆっくりと歩いていた。

 その手に大切そうに握りしめているのは一輪の翳形草──。

「心配ないのだわ。アイツは、帰って来るって言ったなら、絶対に帰って来るのだわ」

 何度も何度も自らに言い聞かせた言葉を更に重ね、なんとか不安を紛らわせる。

「大丈夫よ……」

 ツバキが約束を破る心配はしていない。だっていつも破られているし。

「いつものことだもの。……でも、いつものことだからこそ……」

 その約束から遠く離れることがないことも知っている。

 しかしながら、今回ばかりはどうしても彼女は不安を拭い去れそうになかった。

 何せ、相手は太古の悪魔なのだから。

「ローザ様……」

 背後に控えていた、心配そうな男女の兵士二人を見やり、ローザは「大丈夫」と気丈に微笑む。

 二人のその兵士はヴァイセンベルガー家に仕える、ローザ付きの護衛兵だった。

 彼らは幼き頃よりずっとローザに常に仕えているため、彼女のことをよく知っている良き理解者でもある。

「アイツが戻るまで、アタシもアタシにできることをやるのだわ。……救護室はここね?」

 アスタロトを発見し、方々の体で逃げ帰ることのできた、兵士達が休む救護室を訪れたローザは、護衛の兵士達の反対を押し切り、救護室の扉を静かに開く。──寸前、扉が勝手に内側から開いた。

「きゃあっ!?」

「ローザ様!」

 咄嗟に護衛兵がローザの前に滑り込む。──と。

「ふう、疲れた疲れた……」

 ──扉の奥からは、襟に水色の隊章を付けた眼鏡の男が、頭をポリポリと掻きながらふらつく足取りで出てきた。

 寝不足なのだろうか、目をしょぼしょぼさせたその男は、大きな欠伸を一つし──、

「ふぁ……あ? ありゃ、ヴァイセンベルガー様。ここは救護所ですよ? 何かご用でも?」

 ──救護所にヴァイセンベルガー家の令嬢が用事があるとは露にも思っていないのだろう男は、桶を片手に、そのまま出てきた扉を閉めようとする。

「あの、アタシ、何かお手伝いが出来ればと思って来たのだわ。それ、今から水汲みに行くのでしょう? アタシが代わりに行くのだわ」

 男の手から桶を奪い取ろうとしたローザに、男は眠気を吹き飛ばし、目を剥いた。

「い、いやいや! ヴァイセンベルガー家のご令嬢に水汲みなんてさせた日には、間違いない、俺はクビになってしまいますから!」

「アタシがやるって言ってるのだわ! 渡さないと、本当にクビよ!」

「ええっ!? いや、でも……いやいや、やっぱり無理です!」

 進んでもクビ、退いてもクビの案件に頭をか抱えるしかない男に、護衛兵は同情の目を向ける。

 桶を頑として手渡そうとしない男と、何としてでも奪い取ろうとするローザが、ギャーギャーと桶の引っ張り合いを始める。──と、ローザの胸ポケットから、翳形草がはらりと床に落ちた。

「あ──」

「今だ!」

 ローザが翳形草に気を取られた隙に、男は桶を脇にがっちりと抱え込むと、彼女達の前から一目散に逃げ出していった。

「ああっ、待つのだわ──!」

 翳形草を拾い上げたローザが追おうと咄嗟に振り返るも、男は兎のように、俊敏に走り去っていった後で。

「うーっ! 何でなのだわ!?」

 顔を茹でられた蛸のように真っ赤にして憤慨するローザ。

 だが、護衛兵達は、さもありなん、といった表情である。

「いいわ、戻ってきたらあのオジサンもお説教するのだわ!」

 プリプリと怒りながら、ローザはできるだけ静かに扉を開け、救護所へと足を踏み入れた。

 白を基調とした、救護所特有の、薬品の臭いが充満する部屋には、五十を超すベッドが整然と並べられている。

「とりあえず、手前の人から……っと」

 ベッドに横たわる兵士の一人にローザは駆け寄る。──と、床の白さに彼女は気付かなかったようだが、先程の男が、床にうっかり桶の水を溢していたのだ。

「ひゃっ!?」

 ツルン、と綺麗に足を滑らせたローザは、あろうことか、意識なく横たわる負傷兵に、覆い被さるように倒れ込んだ。

「ローザ様!」

 倒れ込んだ彼女へと、慌てて護衛兵達が駆け寄ってくる。──が、彼女は倒れた先が布団であったということもあり、怪我は免れたようで。

「あだだ……。大丈夫、大丈夫だから──」

 兵士達を手で制しながら、むくりと起き上がったローザは、倒れた拍子に、兵士から剥ぎ取ってしまった布団を掛け直そうとし、──気付いてしまった。

「あ……ああ……」

 気付いたその真実に腰が抜けたのか、床に尻餅をついたローザの姿に、護衛兵が訝しげに顔を見合わせる。

「ローザ様? どうかなされたのですか?」

「──ないのだわ」

「え?」

「だ、だから、息をしてないのだわ!」

 ローザの言葉に、男性の護衛兵が、素早く寝台の上の兵士の首に手を当て──、

「間違いない、死んでいる……!」

 ──と、驚愕の表情を浮かべた。

「おかしいのだわ! あの眼鏡兵士が出てから、そう時間は経ってないはず。なのに、なんで温もりが少しも残っていないの!?」

 パニックを起こしそうになる頭で、ローザは咄嗟に思考を巡らせる。

 温もりが微塵も残っていない死体。恐らくこの兵士は相当前に死んでいたはずだ。

 ということは、眼鏡の救護兵は、この兵士達が既に死んでいると分かっていて、黙っていたとなる。でも何故──。

「ローザ様、もしやあの兵士は、敵の内通者なのでは!?」

女性兵の言葉に、ローザは横に首を振り、その可能性は低いことを説明し始める。

「それはないと思うのだわ。もし内通者だとするなら、死体を発見される可能性がある以上、ここを開け放して水汲みに行くことはしないはずなのだわ」

「た、確かにそれはそうかもしれませんが……ローザ様、とにかくここを離れま──」

 刹那、女性兵の顔が強張った。──と、その同じ瞬間に、相方である男性兵の顔も目に見えて引き攣る。

そんな二人の姿に疑問符を浮かべていたローザは、彼らより五秒ほど遅れて、その表情の理由を知ることとなった──。

「帰って……きたのだわ……」

 ブーツの音と鼻歌を響かせながら、先程の眼鏡の男が徐々に救護室へと近づいてくる音が室内まで明確に響いてくる。

「ローザ様! 我々の後ろに!」

 男性兵の言葉に、ローザはすぐに、彼らの背後へと隠れ──、刹那、救護室の扉が重い音を立てながら開いた。

「ありゃ? ヴァイセンベルガー様? 来ちゃダメって言ったじゃないですか。万一でも、負傷兵からアスタロトの毒でも出た日には、俺は貴女のお父上様に何と言われることか」

 至って平然とした兵士は、次の瞬間、自分へと向けられた男性護衛兵の剣に気付き、両手を挙げながら首を傾げる。

「え? 何、何事?」

「……アンタ、どういうつもりなの? 彼がもう息絶えているのを黙って、何を企んでいるわけ?」

 張り詰めた空気の中、ローザの問いに、眼鏡の男は「へ?」と間の抜けた声を出した。

「いやいや、勝手に殺さんで下さいな。コイツら生きてますからね? さっきまで普通にって言っていいのかはあれですが……うん、まあ普通にみんな呻いてましたから。何かの勘違いでしょ、それ」

 疑惑は晴れた、と言わんばかりに両手を下ろした眼鏡男は目の前の男性兵を押し退け、寝台の横に設えた椅子に腰掛ける。刹那──。

「う……うぅ……」

 ──死体が、呻いた。

「ホレみなさい。よしよし、今タオル替えてやるぞ」

「……!?」

 ローザの心臓が音を立てて跳ねる。

 必死に悲鳴を堪えるローザの横をすり抜け、男性兵が眼鏡男の襟を掴むと、力任せに後方へと引きずり倒した。

「あいだぁ! ちょっ、何をするの君!」

「下がれ、眼鏡! コイツは間違いない死体だ!」

「へ……?」

 その男性兵の態度から、冗談などではないと察したのだろう。眼鏡男の顔がすっと青ざめる。

「てことは、何ですか? 俺はずっと……?」

「あなたは死体(グール)と同じ部屋にいたってことなのだわ……」

「あ……やっぱり?」

 その瞬間──男は卒倒した。

「ローザ様! とにかく部屋から出て下さい!」

 二人の私兵が死体へと剣を向けながら、ローザへと声を張り上げる。

「あ、うん。すぐに出るわ!」

 気絶した男の腕を全力で引きずりながら、ローザは急いで出口へと向かった。

「さっきはコケたけど、床がツルツルで助かったのだわ……!」

ローザは眼鏡男を引っ張りながら、そう小さく呟く。

 何故なら、非力な女性でも、滑らせながらなら、気絶した大の男を運ぶことができるのだから──。


「二人とも! 外に出たのだわ!」

 ローザの声に、死体へと注意を向けていた護衛兵達が、じりじりと後退るように部屋から出る。そして──。

「よし、施錠!」

 扉の錠を、気絶した男の腰から失敬した鍵で男性兵が施錠し、ローザ達はようやく大きく息を吐いた。

「い……生きた心地がしなかったのだわ……」

「本当ですよ……」

 身体中に嫌な汗をかいたローザは、扉を見つめながら、ぶるりと身を震わせる。

「でもあの死体……なんで襲って来なかったのかしら」

「恐らく、アスタロトの指示がスイッチになっていると見るのが妥当でしょう。その指示が、どういった形のものなのか、想像もつきませんが……」

女性兵の声に、ローザは「多分そうなのだわ」と呟いた。

 生きて帰ったと思わせて、敵の懐に潜り込ませ、敵を撹乱させる。

 作戦としては上々だろう。

 ローザは気絶した眼鏡男の懐で首を傾げていたニクスを両手で掬い上げ──。

「……」

「ローザ様?」

 急に黙りこくるローザに、女性兵が「どうされました?」と首を傾げる。

「相手は太古の悪魔なのよね。……なら、出払っているツバキや天使のみんなに頼らずとも、ここにいるアタシ達で、この件はどうにかできないかしら?」

 きっと、向こうは七天使総動員でも勝てる保証などどこにもないような、途方もない能力の相手なのだから。

「アタシ達はアタシ達で、みんなが悪魔を討伐して帰ってくるまで、ここを守るのよ」

ローザの言葉に、二人の護衛兵はしばらく考え込み──、

「……本当はすぐにでも連絡を入れないといけないんですけどね」

──と、彼女の意思を汲んだのだった。

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